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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
134/180

十一月の脇役 その一

「では、これでこの件に関しては和解、ということでよろしいですね」

「……はい」

「それでは」

 黒スーツの二人組が車に乗り込んで去ってゆく。

 普通ならニコッと愛想笑いの一つも浮かべて「お気をつけて」と言うところだが、さすがにそんな気にはなれなかった。礼儀知らずって思われたってへーきだもん! ヤツらとはもう二度と関わらないことになったからいいんだもん!


「ねぇねぇ、塩とか撒かないでいいの?」

 隣でニヤニヤと笑いながら、貫井さんが私をつついた。撒かないよ! もったいないじゃん。塩だってタダじゃないんだし、連中に使うなんて作ってくれた人にしつれーじゃん。

 ところで今日の貫井さんは女の子バージョンなので、とっても気が楽です。男性バージョンはちょっとこう、落ち着かない。カッコよすぎて。


 え~、それはともかく朗報ですよ。たった今、これをもちましてあの……そういや組織名聞いてないな、とにかくあのよくわかんない魔女狩り団体との不可侵条約が締結されました。

 吸血鬼、魔女連合との間にどんな取引があったのかは知らんが、少なくとも今後私の周辺1キロメートル圏内及び私が居住する建物近辺は中立地帯として、一切の争いを禁ずることになったのです!


 や~、私はまた、この事件も加害者達にすっかり忘れられてはいオシマイになるものと諦めてたんだけどね?

 せっかくだからこの機会にあの連中をネチネチいじめておきたい、という魔女さんやら人外の有志の皆さまのご協力のお蔭で、今回こういうありがたいお申し出をいただくに至ったのです。やったー!


 しかし、だ。右手にずっしりと重いアタッシュケースが私の心を休ませてはくれない。

「どーせあぶく銭なんだから、ぱーっと使っちゃえばぁ? あ、くぅちゃんはむしろ貯蓄派かしら?」

「貯蓄っていうか……。これ、そもそも私だけがもらっていいものじゃないと思うし」


 コレ、慰謝料という名目で渡された現金が入ってるんだけど、命の代金にしちゃ少なくて、かといって成人もしていない女の子が持っているには過ぎた額なんだよねぇ。さてどーしよう。うぅん、と唸りつつココアを一口。(紅茶派の私がココアを飲むようになった理由はもちろん……貧血対策ですがなにか?)


 本来ならこれは光山君と竜胆君にも渡すべきだと思うんだけど、二人とも受け取ってくれなそうなんだよなぁ。やっぱりあの後すごく大変だったみたいだから、何かお詫びをしなきゃいけないんだけど。


 例えば光山君。

 あらかじめ掛けてあった蘇生魔法が発動したまではよかったものの、術の気配のせいでお城中が蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。何せ蘇生魔法だもんね。物騒だよね。

 意識が戻って事情を説明したら、今度はお姫様達が「そんな危ない所にクミさんをおいてはおけませんわ! こちらで保護します!」と言いだしてさぁ大変。

 

 リリア様は光山君の御実家の座標を覚えているものだから、押しかける勢いで暴走したそうな。えぇもう、しょうがないから私、久々にフォレンディアに行きましたよ、ご挨拶に。

 そんでもってご機嫌取り兼ねてこちらが(普通であれば)安全だと理解していただくために、我が家のハロウィンパーティーにご招待したよ!


 リリア様は魔女っ娘達にまた会えたもんだから大喜びだった。ルビア様、レミア様もさっくり意気投合して……6人(と、お野菜がいくつか)がかりで光山君との仲を問い詰められて、私は精神的に虫の息になった。

 もうね、会わせちゃいけない人々だということを忘れてた。


 現在、そんなこんなで再燃してしまったレミア様主催婚約披露パーティーの話題からのらりくらりと逃げる毎日です。針の筵です。でもまけにゃい!

 一回あのお姫様達に流されたら、あれよあれよという間に次は結婚式(って、あっちの世界はあるのかな?)なんて事になるに違いないんだから!


 一方竜胆君は、というか戦隊の方はもうちょっと深刻な事態に発展しているようだ。

 事件の翌々日、やってきた根岸さんが一通り説明してくれたところによると、竜胆君が倒れたのは最悪のタイミングだったみたい。

 うぅ、よりによって大物を捕獲する寸前だったなんて聞いてないよ! 問題ない、なんてやっぱり嘘じゃん。心配させないようにというお気持ちはうれしいんだけど、そういう事は言ってよ……。あ、いや、私じゃなんの役にも立たないだろうから、言うだけ無駄かもしんないけど、気分的に。


 彼が倒れて動揺した戦隊の隙をついてターゲットは逃げてしまい、現在も逃亡中だとか。ケセラン様は機嫌悪いし、ジャックさんは無駄にやる気を出して朝から晩まで駆けずりまわっててウザいし、散々だそうな。


 どうやら竜胆君、倒れる寸前にぽつりと私の名前を呟いていたらしいんだよね。う、うん。はた目から見ると意味深だったかも。

 ほんとのところは、あの指輪が発動する予備動作を感じて思わず呟いたんだろうけど、仕組みを知らない人にとってはなんちゅーか、まんま死亡フラグっちゅーか?

 それで、何かを感じ取った根岸さんは自分でもよくわからん使命感に駆られてその様子を伝えに来てくれた、というわけだ。なんかもう、ごめん。


「というわけで、とにかく心苦しくて」

「あの二人は、そんなつもりであなたを守ったわけじゃないとおもうんだけどねぇ」

 貫井さんはふあぁ、とあくびをして、ソファから立ち上がった。

「じゃぁ、そろそろ悟がヤキモチ焼いちゃうから行くわね」

「ぜひともいそいで帰ってあげて!」


 そうだそうだ、元々謝罪の立会として来ただけだったね、この人。うっかりベラベラしゃべりすぎちゃったなぁ。だって話しやすいんだもん。

 いつの間にかほとんどぜ~んぶぶちまけちゃってた。アレおかしいな……。ま、いっか。

「じゃぁ、お別れに一口」

 そう言って唇を寄せる貫井さんを、私はぐいぐいと押し返した。まだ貧血気味だから! 無理だから! え、なに、なんで匂いを嗅いでんの! 


「くぅちゃん、なんか『死の匂い』がする」

 え。

 思わず押し返す手から力が抜けた。え、なにそれ。先月のアレの後遺症?

「くぅちゃんじゃなくて……。なにかしら? でも『死の匂い』がする」

 確認したいから一口、と、さして深刻さもなくねだる彼女に、私は仕方なく首を差し出した。


 まぁ、そんなこんながあって、一週間。

 大学に行ったり、魔女っ子とお出かけしたり、「サヴァイヴ・サプライ」の事務仕事したり、九頭竜さんに突っ込みいれたりとゆー、日常生活(あれ、私の日常おかしい?)に戻った私なのですが。

 気になる人が、できました。(きゃ)


 三日前、彼は私の斜め前の席で居眠りをしていた。……気難しいと有名な教授の講義で!

 もうね、それだけでも私にとっては気になって気になって(だってあの教授、怒りが一定のラインまで達すると途中で講義打ち切って出て行っちゃうんだもん!)仕方がなかったわけなんだけど、彼ってばしばらく穏やかな寝息を立てていたくせに、突然「はっ!」って叫んで飛び起きたんだよ? しかも、ちょうど教授が大事なことを口にして、みんなの理解を確かめるように見回している最中に。


 講義室中に、そりゃぁもう重~い空気が広がりましたとも。気まずいっていうか、自分がやったんじゃないけどゴメンナサイ的な空気が。

 それなのに彼はそんな空気は一切気にせず、教授から突き刺さる絶対零度の視線もなんのその、頭をふりふり「夢……。いや、違う! くそっ、今は……!」とかなんとかぶつぶつ言いながら立ちあがって、そのままどこかへ行ってしまったものだから、そりゃぁ当然気になるよね人として!

 主に「あたまだいじょーぶ?」的な意味で。


 教授は瞼と口元をピクピク痙攣させながらも、怒りの源が立ち去ったことでなんとか気を取り直して、講義を続けようとしたんだけど……。数分後、外から悲鳴と怒号が聞こえてきて、更にパトカーと救急車の音で一気にうるさくなったせいでプッツンとキレ、「授業にならん!」と出て行ってしまった。

 まことに残念極まりない。私たちのせいじゃないのになぁ。


 あとで聞いたところによるとあの騒ぎ、誰かが屋上からベンチを落っことして、女の子があやうく下敷きになりかけたせいらしい。こわっ! そりゃうるさくもなるわ。

 たまたまそれに気がついた人がその女の子に体当たりをして避けさせて、間一髪助かったんだってさ。

 あ、アレ、なんか似たような経験したような気がするよ、幼稚園の頃に。女の子が恩人さんをきちんと覚えてることを願うよ、(頭上から信じられないモノが落ちて来るの会における)先輩として。


 次に彼を意識したのは翌日の渡り廊下。

 私の数歩前を歩いていた彼が、突然ぶるぶるっと震えたかと思うと「またここか! 一体どうしろってんだよ!」とか吐き捨てて、いきなり走りだした。

 ……私は遠回りして次の講義に向かうことにした。や、なんとな~く嫌な予感がして。


 翌日、目白さんが腕に包帯をしていたので聞いてみたところ、渡り廊下の先で業者さんが搬入していたガラスが倒れて、何人かが怪我をする、とゆー事故があったらしい。幸い、誰かが気付いて声をあげたお蔭もあって大事に至った人はいなかったという。

 なんか最近事故が多いよね、お互い気をつけようね、と言っておいた。


 で、そのまた次に彼を見つけたのはカフェのオープンテラス。彼は小動物系の女の子とお茶をしていた。

 にこやかにおしゃべりしながらアイスコーヒーを飲んでいる姿はいかにも普通の大学生って感じで、ちょっとほっとしたんだけど……。しばらくすると彼は「ぶごふっ」とコーヒーを噴き出して、むせた。そして「くそっ、またアレをやれってのかよっ!」と叫んで、いきなり女の子の座っている椅子を蹴り飛ばし、女の子を抱えて地面に転がったのである。


 え、まさかの白昼堂々のDV? とあっけにとられる周りの人々。

 びっくりして目を見開いたまま、地面に押し倒された女の子。

 いやもう、私もびっくりした。びっくりしたけど、次の瞬間カフェのオーニングを支えていた支柱が倒れて、さっきまで女の子のいたところに直撃した時はもっとびっくりした。そして、確信した。

 貫井さんの言ってた「死の匂い」って、コレなんだなって。


 とにかく、私は目下彼に夢中なのだ。……そう、彼の「観察」に。


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