十月の脇役 その八
舞台の右側にはアンティーク風のデイベッドが置かれていて、私はそこに腰かける形で降ろされた。
物語でお姫様がうたたねしていそうなかわいい家具にはしゃぎたいところなんだけど、いかんせん環境が悪い。あぁ、これが自分のお部屋だったらなぁ……。
舞台の下は黒いドレスの女性達で溢れていた。あ、よく見れば燕尾服姿の男性もちらほらと。やっぱりこの人達、み~んな魔女さんなのかなぁ。
彼らがキラキラ(ってゆーかギラギラ)した目つきで見上げているのは舞台の真ん中でスポットを浴びる向原君。うわぁ、熱そう。そしてまぶしそう。
吸血鬼のはずなのに、ほんっと、日光とか強い光とか全く気にしてないよね。俗説なんて嘘っぱちだよなぁ。
「さて、準備しましょうね」
「へぁっ?」
ぐぐっと顔を寄せられてのけぞる私。面白がって迫ってくる貫井さん。こっちにはスポットが当たっていないにもかかわらず目ざとい観客が指さして「きゃああああ、菖蒲さまがぁっ!」とか騒ぎだしちゃってるんだけど、いいのっ? なんか視線で殺されそうなんですけど。
「じゅ、準備って何」
「悟が吸いやすいように、目印をね?」
ストールをくつろげて、貫井さんの指が首筋をつっと撫でた。あーもー、こうなるといつも催眠に掛けられたみたいになって逃げられなくなるんだよね。うぅ、最初の一噛みが一番苦手なんだよぅ。
「いただきま~す」
かぷっ。
体の奥でつぷんっ、と音がして、続いてすっと体が冷えた。ん? これは吸ってるね。絶対吸ってる。あれぇ、目印付けるのに吸う必要あるのかな~、かな~っ?
おそらく3口分ほど吸って、貫井さんはいったん牙を引き抜いた。
「さぁ、どうぞ。悟」
さぁどうぞじゃねーよ。
これから提供されるのは私の身体が造ってる私の血だよ。ってことはそのセリフを言うのはどっちかってーと私であるべきだよね? と文句をつけたいところなんだけど、意識に反して身体がとろんとしちゃってて唇さえ動かせない。悔しい。
向原君は振り返ってにこりと笑い、貫井さんから私の身体を受け取った。ええい、モヤシっ子だったくせに力持ちさんになりおって。
彼はぐったりしている私を見下ろして、それから貫井さんの噛み跡を指で……ぐりぐりした。力の限りぐりぐりした!
マヒしてるこの状態でもちょっと痛い。いやかなり痛い、いたい、いたたた! ええっ、そこはアレでしょ、どう考えても優しくそっと撫でるシーンだよねぇ、色っぽく!
「ふふ……。盛沢さん? ねぇ、痛い? 悔しい?」
ちょ、なんでそんなうれしそうなのこわい!
「僕ねぇ、盛沢さんの血を吸うあやめちゃんを見るのが、すごく悲しくて苦しかったんだぁ。でもね……」
ふふふ、と笑う彼の眼は、昏く、紅い光を放っていた。やだこの子、変な方向に歪んじゃってる? もしかして病んでる? こわっ!
「そんなに……。僕がいながら浮気しちゃうくらい盛沢さんがおいしいなら、僕もぜひ、ごちそうにならないと、ねぇ?」
どうやら吸血式とやらの生贄に私が選ばれた理由は、一見かわいらしく見えて黒々しい向原君の嫉妬から来る復讐心故、だったらしい。
ち、チワワの復讐こわああああああ!
翌日。
えー、私は生きてます。生きて自室のベッドにいます。生還オメデトウ、私。
あの恐ろしい血の宴(ってゆーかサバト? あれこそ現代のサバトじゃない?)の最中気絶した私は、イベントが終わるまで舞台裏の控室で一人寝かされていたらしい。ちなみにイベントはオールナイト。つまり朝まで放っておかれたことになる。
ねぇ、酷くない? 酷すぎない?
なるほど魔女狩りはともかくサバト取り締まりはもっと積極的に行われてしかるべきだという気分になっちゃわない? 倉石さんの弟さんの組織、もっとガンバレ!
目を覚ました私は貫井さんに運ばれてやっとこさ愛しの我が家へ。そして今、へばっている私の横で倉石さんが梨を剥いてくれている。
「ほんと、ごめんなさいねぇ」
彼女は今回のことで責任を感じて、私の看病に来てくれているわけだけども……寝込んだのは限界ギリギリまで血を吸ってくれた向原君のせいですから!
もちろん、精神的疲労もあるけどさ。増血効果のある怪しいお薬だかアイテムだかのお蔭でなんとか意識は取り戻したものの、まだ起き上がるには血が足りないんだよ。くっそぅ、おぼえてやがれっ!
倉石さんはするすると器用に梨を剥きながら、いかに弟さんが厄介であるかを滔々と語った。
「一応実家に合いカギ預けてたのが裏目に出ちゃったみたい。弟には隠しておくように言っておいたのに」
あー、セキュリティがそこそこしっかりしてるはずのこの建物に侵入できたのは、そういう理由だったのね。ある意味安心した。これで鍵屋さん頼まずにすみそうだわ~。
「菖蒲さまがしっかりオシオキしてくださったし、もう大丈夫だと思うわ。だから安心してね」
貫井さんが彼に何をしたのか、知りたいような知りたくないような、いややっぱり知りたくない。とりあえずあのヤバい人が二度と私にちょっかい掛けてこないくらいビビらせてくれたのならそれでいいや。
あっ、それよりも今回の一番の被害者達の安否確認しなきゃ! 二人とも同時送信でいいかな。まだ指が震えるし……。
「すみません、ちょっとメールを……」
通常の3倍くらいの時間をかけて、「こっちは片がついた、いつでもいいから都合がついたら連絡がほしい」という内容のメールを作って送信したら、それだけで力尽きた。血が、血が足りない……! 今なら私も倉石さんから吸血できそうな気がする、な~んて物騒なことを考えちゃったりして。
ぶんぶんと首を振って手元に視線を下ろすと、メール着信を知らせる点滅が目に入った。おおっ、さっそく返信が?(ぽち)
Frm:竜胆 宗太
Sb:戻った
心配するな。
……うん、シンプルすぎるよね。とりあえず意識は戻ったのはわかったけど、あんまりにもシンプルでかえって不安になるよね? 本当に平気なんだろーか。あとで根岸さんあたりに問い合わせなきゃなぁ。
そして光山君からは返事がないって事はやっぱりまだあっちにいて、こじれちゃってるんだろーか。大騒ぎになってたりして? うわぁ困ったなぁ。
「なぁに? 彼氏から? 別れ話でも届いたの?」
思わずきゅっと眉を寄せていると、「すごく難しい顔してるわよ」と倉石さんが私の額をつついた。
「かっ、彼氏じゃありませんっ!」
強めの口調で否定が出た理由は、まぁ、うん。色々あるんです。後ろめたさとかそんなのが。だからあの……微妙な空気にしちゃってゴメンナサイ。話題を変えましょか。
「えーと、あ、そうだ! 水晶玉みたいなの、無事でした?」
いや~結局アレを持ったまま撃たれて気絶したもんだからその後が気になっちゃってて。私のせいだとは一概に言えないと思うし(むしろ被害者だし)、弁償とかは勘弁してほしいな~。
倉石さんは急な話題転換にも戸惑わず(大人の対応!)、「水晶玉?」と首をかしげて、それから「あぁ、アレね」と頷いた。
「あれ、ガラス玉よ。通販で買ったの。占いしてる時、飾っておいたらちょっとイイ感じかな~って。私、普段はタロットがメインなのよ」
「え……」
「在庫セールで安かったから、衝動買いしちゃって」
……わ、私は、……私は通販で衝動買いされた在庫処分のガラス玉を命がけで守っていた、のか……。(ガクリ)
「オーナーに持ってきてほしかったのはイベントのチケットだったの。保管場所間違えて伝えちゃったって気がついて急いで電話したんだけどつながらないし、開場時間は近づいてくるし、ほんと焦ったわぁ」
「……ソウデシタカ」
「そしたら弟から久しぶりに電話がかかってきて『仲間を預かった。返してほしくば今までの悪行を懺悔して我にひれ伏せ』とか言うじゃないの。もうね、何が起こったのかはすぐわかったわ」
「ソウナンデスカ」
「あわてて事務所に駆け込んだら菖蒲さまがね~! もう、オーナーったら菖蒲さまと知り合いだったなんて、もっと早く教えてくれたらよかったのに!」
「ソウデスネ」
「菖蒲様の登場シーンは素敵だったわねぇ。男女両方の二重音声とか、すっごく豪華じゃなかった?」
「……ハハハ」
あぁ、あれは貫井さんによる一人二役だったんだ。道理で男性バージョンの貫井さんの声に覚えがあるなって思った。
燃え尽きたような私に構わずきゃいきゃいとミーハーにはしゃぐ倉石さん。今度は「あ、そうだ」とバッグから一冊の冊子をとりだした。
「これ今月の『月刊WITCHCR@FT』ね」
差し出された表紙には向原君の笑顔が写っていた。
少し影を背負っているのがチャームポイントですか。今月の特集は「簡単キレイ、魔方陣アート」「月の魔力でもっとキレイになる!」「SATORU~三日月と猫~」えとせとらえとせとら。う、うわぁ、興味があるような無いような。え、なに、これ貸してくれるの?
「オーナーの血は菖蒲さまとさとるんのお墨付きだから、ぜひ定期購読お願いしますって事務所の人が……」
「すみません疲れたのでねますっ」
私はがばっと毛布を頭まで引っ張って、耳をふさいで丸くなった。ぁ、激しい動きしたせいで眩暈が……、そしてほんとに、ねむ、い……ぐぅ。
起きたら夕方になっていて、サイドテーブルにはペットボトルと倉石さんのメモが一枚、そしてあの雑誌。んーと、梨は冷蔵庫。おや、ポタージュ完成させてくれたんだ? あとは、ん~、ふむふむ。……よし。
私は『月刊WITCHCR@FT』を手にとり、ゴミ箱にむかって力の限り投げた。興味? ないない。ないったら無い!
絶対、絶対定期購読なんてしないんだからねっ!




