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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
132/180

十月の脇役 その七

「あ、おきた」

 まず目に入ったのは知らない天井、ではなくて、黒い毛布だった。まぁ、一気に上体起こしたからね。天井じゃなくて膝付近が目に入るよね。

 どうやらこの毛布、誰かが眠っている私に掛けてくれたらしい。何気なく触ってみる。フワフワした気持ちのいい布地だった。ぬいぐるみとか作ったらすごくいいんじゃないかな、これ。

 もふもふのふあふあ……。(うっとり)


「はい、どうぞ。喉乾いたでしょ?」

 目の前に差し出されたコップを反射的に受け取って遠慮なしに飲み干す。いやぁ、なんかもー、タヌキ寝入り含めると相当寝てたからね! あれだけ寝てれば喉も乾くし、夢と(うつつ)の境目も曖昧にもなるってもんだよね!

 空になったコップにもいちど水が注がれて、私はやっと、自分の世話を焼いてくれる人物に視線を移した。


 ……えーと、はい、実はわざと視線逸らしてました。いや、なんとゆーか、聞き覚えがある声で、なおかつそうであってほしくない人物だったもので、つい。

「向原くん、だよね?」

「うん。お久しぶり、盛沢さん」

 そこには水差しを片手に微笑む元クラスメイトがいた。ほぼ半年ぶりに見た彼は……異様に色っぽくなっていった。

 え、なにそれこわい。私の知ってる向原君とチガウ。あのチワワっぽさはどこへやった?


 ほら、向原君って言ったらさぁ、華奢で(今も華奢だけど)、顔色悪くて(今も青白いけど。発光してんじゃないのって感じだけど)、かわいくて(かわいさに磨きがかかってまぶしいほどの美少年になってるけど)、貫井さん大好きっ子で(むろん、貫井さんと一緒に行動してるんだろうけど)、そしてそして……恨みがましい目でぷるぷるしながら私を睨む(ある意味)ほほえましいイキモノだったはずじゃん!

 それなのに目の前の彼は、ぷるぷるしてない! 睨んでない! ほほえましくない! むしろこわい!


「あやめちゃん呼んでくるね」

 立ち去る後ろ姿は相変わらず細くて頼りなくて小さい。なのにその小さな背中に視線を引き寄せられる。

 なるほどこれが吸血鬼の魅了の力、なのかなぁ? 昔はふらっといなくなってもなかなか気付かれないくらい、存在感薄い子だったのになぁ。

 ところでやっぱり、彼は私が眠っているのを眺めてたんだろうか。


 彼が貫井さん一筋で、ほかの人間なんてカボチャくらいにしか思っていないのは重々承知なんだけど、あれでも一応男の子なわけだし寝顔とか寝起きとかできれば見られたくなかったんだけどな! 保護者(貫井さん)は何してるんだ。そしてここはどこだ?

 色々言いたいことはあるけれど、まずはいい加減起きようか。なんかもう、ずっと寝たきりだったせいで背中が痛いし。


 ベッドから降りて、数時間ぶりに自分の足で立ち上がって、私は初めて「異変」に気がついた。き、着替えさせられてるううううう!

 具体的に言うと首回りが大きくV字に開いたノースリーブのワンピース姿になってる! そんでもってレギンスも脱がされて素足になってる! なんで? いつから?


 もうこれって、あからさまに血の吸いやすさを最優先したデザインじゃない? さっき夢の中で言ってた事を実行する気満々じゃない?

 いや、血ぃ吸われるのにはそろそろ慣れたっちゃ慣れたんだけどさぁ、久しぶりだし、さすがに衣装替えまでされるのは初めてだからちょっと怖いよ。気合入りすぎだよ。干からびるまで吸われたらどうしよう!


 えーっと、落ち着け。とりあえず大きく開いたデコルテと腕をなんとかしようか。冷えるし。スカーフかなんかないかなぁ、毛布巻きつけとこうかなぁ。


   ふわっ。


「ひゃっ」

 適当な布を求めて視線をさまよわせている私の視界を奪うように、いきなり黒い布が降ってきた。

 び、びっくりしたぁ。例えるならアレだ、いきなりクモの巣に引っかかっちゃった感じだ。あれはクモが好き嫌いに拘わらずゾワっとするよね。誰だって変な声の一つも出るよね、仕方ないよね! ちなみに私、クモは好きでも嫌いでもないよ!

 心の中で誰に向かってだかわからない釈明をしている私の肩を、誰かが抱き寄せた。


 あ、オトコノヒトの手だ。だって骨ばっていて、大きい。

 その手は布を器用に整えて、ストール風にかけなおしてくれた。な、なんか恥ずかしい。人さまにお着替え手伝ってもらったりするのは初めてじゃない(ただし異世界とイベント時に限る)けど、男の人にこんなことしてもらう日が来るとは思わなんだ。いやん、どきどきしちゃう! 顔が赤くなっちゃう!


「あ、ありがとうございます……」

 それでも、相手に視線も合わせずにお礼を言うのはどうかと思われるので、私は気力を振り絞って顔をあげ、そして絶句した。

 いかにも……いかにも吸血鬼ですと言わんばかりの恰好をした美形のおにーさんがいりゅうううう! ドレスシャツに細身のパンツに裏が赤地の黒マントとか、なにそれ。大サービスすぎる。

 ちょっと今、言葉にならない何かがこみ上げてきた。転がりたい。つまり萌えた!


「どういたしまして。さ、行こうか」

 彼は私の手を引いてドアに向かって歩き出した。

 いやいやさすがに流されやすい私といえども、知らない男の人に、行き先も聞かずに付いていくようなことはしないですよ、と言いたいところだけど、この人って多分アレだよね。

「貫井さん、ですよね?」


 顔も身体も声も男の人なんだけど、これぜ~ったい貫井さんだ。間違いなく貫井さんだ。

 ここ1年半ほど、正統派から残念系まであらゆる美形を見てきた私の勘がそう告げている。このヒトの中身は知り合いだ、と。

 そしたら今までの流れからして貫井さん以外あり得ないもんね~、だ!


 彼(推定貫井さん)は、一瞬眉を吊り上げ「つまんないの」と口をとがらせた。

「も~。くぅちゃんってばそういうところだけ鋭いんだからぁ。ここは、謎の美青年に有無を言わさずエスコートされる戸惑いと恥じらいなんかを期待してたのにぃ」

 ほらみろ、貫井さんだった。


 ま、まぁ同性だと思って油断していたアレコレを思い出してちょっと落ち込まないでもないけど、知らない人に引っ張られるよりずっと安心だ……とほっとしたのも束の間、貫井さんの手がドアを開けた途端私は再び凍りついた。だ、だってだって、だって!


「「「きゃぁぁぁ、菖蒲さまぁぁ! はやく戻っていらしてぇ」」」

「悟くぅん、私の血を吸ってぇぇ!」

「「「わたしもおおおおおお!」」」

 とゆー、謎の悲鳴がカーテンの向こうから聞こえてきたんだもん! ってゆーかほんとここどこ。ライブハウスの舞台裏?


「な、なにこれっ」

「今から悟の『吸血式』でね」

 なんじゃそりゃ。

「初めて人間から直接血を吸う記念すべき日ってやつ。ほら、さっき教えたパーティの余興を兼ねて」

「はぁ……」


 ってことは向原君ってば、よく吸血鬼モノの漫画で見るみたいに、今までは輸血パックとかからストローで飲んだりしてたわけですか。それですんでたならこれからも続けりゃいーじゃん、ねぇ? なんでわざわざ猟奇度アップさせんだよ!


 貫井さんは迷わずカーテンの方へ歩みを進める。

 私はぴたっと足を止めた。そのまま全体重をかけて踏みとどまる。イヤっ、わたしそっちにいきたくないの! だって嫌な予感がするからっ!(ぐぐぐぐぐっ!)


「くぅちゃん。舞台で悟が待ってるんだけどぉ?」

「いやいやいや。なんで私が待たれてるのっ。ワケわかんない。ほら、吸ってくれって叫んでる人もいるし!」

「あの中から一人選んだりしたら暴動になるし、元々くぅちゃんが悟のご指名だったから」

 今回の事がなくても迎えに行く予定だったからね、と言うが早いか貫井さんは私をひょいと抱き上げた。お、お姫様だっこはおんなのこのゆめ! とは言えどもこれは酷い。帰らせてほしい!


「イイ子にしてないと、無理やり大人しくさせちゃうからね?」

 にぃ、と唇を吊り上げて牙を覗かせる貫井さん。そんな相手にこの私が逆らえようか、いや、無理。

 かくして、私は彼女(彼?)に抱きかかえられたまま、スポットライトと悲鳴渦巻く舞台に登場するハメになった。


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