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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
130/180

十月の脇役 その五

 意識が戻ってからどのくらい経っただろう。私は今、新たなる敵と戦っている。

 敵の名を、睡魔という。


 ……我ながら神経太すぎだよね!

 だってさ、ほんっとヒマなんだよ。情報集めようにも薄目開けて見た限り、暗くて広い部屋の真ん中に転がされてるなぁ、くらいしかわかんなかったし。暗い部屋で目を閉じてじっとしてれば、そりゃぁ眠くもなるわ!

 あ~考えてみれば、夕食用のカボチャのポタージュ作りかけで出てきたんだよなぁ。冷蔵庫に入れといて本当によかった。あぁおなかすいた。おなかすくと力が抜けるよね。ねむい。(ぐぅ)

 ……はっ!


 とゆー、このサイクルをもう何度繰り返したことか。そういや、こういう拷問方法聞いたことあるな。ひたすら寝かせないってやつ。これは想像してた以上に効果がありそうだ。だって眠いのに眠れないのって、本当にキツイもん。狸寝入りのために目を閉じているからなおのことだよ。ねむい。(ぐぅ)

 ……はっ!


 いかんいかん、何か頭を働かせないと。じゃぁ、もう何回か前にやった気がするけど現状の把握。私が転がされているのは暗くて広いお部屋の真ん中あたりの台の上。ここに鎖で手足を繋がれている。

 いやー、貴重な体験ですわ~。時代錯誤と言うか変態ちっくと言うか……。

 部屋の明かりが蝋燭ってのもある意味ポイント高いよね。自分の身に起こってるんじゃなきゃ「わぁ、小道具まで凝ってるぅ」と感心しちゃったと思う。

 ところで蝋燭の明かりってゆらゆらして眠気を誘うよね。ねむい。(ぐぅ)

 ……はっ!


 えーと、えぇと、少なくともさっきの会話の様子だと、私を攫ってきたアイツはお仲間の内でも浮いちゃってる存在っぽいし、彼らの「お師匠様」とやらが帰ってきたら「なにやってんだこの変態っ、犯罪者っ、お馬鹿っ、人間のクズ!」って怒ってくれるかもしれない。

 そしたら私は平和的に解放されて、ついでに謝罪されちゃったりして、晴れておうちのベッドで眠れるに違いないんだ。ねむい。(ぐぅ)

『……ね。…………』

 くすくすくす、と頭の中で誰かが笑った。

 ……はっ!


 やばい、今度こそ寝てた。絶対寝てた。それでもってなんかものすごくスッキリしてるよなんだこれ。いやむしろ今までの異常な眠気はなんだったんだ。

 仮にも攫われて拘束されて、頼みの綱の光山君と竜胆君は現在休眠中だというのに何で安心してるんだ私! あほかっ!


 にしても、さっきの夢は普通じゃなかった。黄泉比良坂に逆戻りした感じではなかったんだけど、なんか自然じゃない夢だった。

 ネコが過ぎったような感じで、尻尾がちょろっと目の端に映って「アレ?」って気が付く感覚に似てる。なんか、大事なことを忘れちゃったみたいな気分。


 夢の尻尾をなんとか捕まえようとぐるぐる考えていると前触れもなく(ノックされたらそれはそれで困るけどな!)ぎぃぃ、と扉が開いて、それから押し問答らしきやりとりが聞こえてきた。

「えーと、やっぱりまだ寝てるみたいです。あの、あの、お師匠様はまだ……」

「そうか。下がっていい。あとは我が片をつける」

「で、でもっ、お師匠様がお戻りになるまで彼女のお世話はボクがするようにってセンパイから言われてて」


 うっわぁ……。彼らのお師匠様とやら(常識人であることを切望)が来る前にヤツが来ちゃいましたよ~。

「あ、あのっ、片をつけるって何をするつもりなんですかっ? ソレであの子に何するんですかっ?」

 少年の声には明らかに怯えが混じっている。ってゆーか「ソレ」ってなんだあああ! ほんとに私に何をする気なんだああああああ!


 ヤツは少年の必死の制止にも関わらず部屋に入ってきた。あぁ、やっぱりダメだったか。期待してなかったけど使えない門番であった。


 こつ、(ずるるっ)こつ、(ずるるっ)こつ、(ずるるっ)こつ、(ずるるっ)。


 靴音と、何かを引きずる音が近付いてくる。

 心臓がどくん、どくんと大きく脈打つのを感じる。

 でも、本当だったらさっき撃たれたトラウマ(なにせ、危うく精神だけ消えかけるくらいのショックだったんだ)やらこれから起こるかもしれないことに対する恐怖やらで震えたり涙が出たりしてもよさそうなものなのに、私は相変わらず寝たフリを続けることができていた。なんで?


 靴音は私の頭のところで止まった。ん、顔を覗き込んで……るのかな? 乙女の寝顔を覗き込むなんて紳士の風上にも置けない行為だと思うんですけど~。

 彼は私の耳のすぐそばに、コトリ、コトリと何かを配置してゆく。いち、にぃ、さん、……きゅぽん、とくとくとく。液体か? 聖水(自称)とか?


「哀れなる贄の娘。その魂の穢れを清めん」

 あ、もしかしていつの間にか魔女扱いから被害者っぽい立ち位置に変更された? と油断した瞬間、額の真ん中にポタリと冷たい液体が落ちてきた。

 んぎゃああああ! なんてことするんだよビックリしてのけぞりかけちゃったじゃん! ってゆーか身体跳ねたし!


 こりゃさすがに起きてるのバレちゃったかな? この人とこれ以上無益なおしゃべりしたくないから、話の通じそうな人が来るまで寝ているということにしておきたいんだけど。 

 ここはひとつ悪あがきでもしておくか。

「ん~……あめ……? むにゃ」

「やはりこの程度では起きぬか。よほどの深淵まで引きずり込まれているに違いない……」

 バカだぁ! ここにバカがいる。でもバカで助かった!


「仮初の楽園より、この者の魂を救いたまえ」

 い、いだだだだだ!

 今度はなんか棒みたいなもので額ぐりぐりされてる、痛い! ここまでしても起きないと思ってるの? それともいい加減起こそうとしてるの、どっち!

 だ、誰か止めてー、私がキレて飛び起きる前に。


「何してんだっ! 勝手な儀式は禁止されてるだろっ!」

 ばぁん、と音がして、息切れ交じりの怒鳴り声が部屋に響いた。助かった! きっとさっきの「センパイ」だ。カツカツカツカツ、とせっかちそうな靴音がこちらへやって来る。

「お前な! 一般人にソレはないだろ。訴えられるぞ!」

「我が『慟哭』はこの娘が魔に憑かれていると示した。故にこの哀れな贄を救済せんと、この祭壇の間に繋いだ。師の帰りを待っていては手遅れになる可能性がある」


「うん、あのな。教義に忠実なのはケッコウだけどさぁ、これは犯罪なんだっつの」

「では問おう。闇に喰われんとする魂を救わんとする行為は罪なのか?」

「少なくとも、本人の同意ナシじゃな。確かにさぁ、ハロウィンも近いしサバト取締まり強化週間だし、いつもより力が入るのはわかるけどさぁ」

 なにその交通違反取締りみたいな扱い。


「あと、前々から突っ込もうと思ってたんだけどさ、その口調やめねぇ? 普段のキャラと違いすぎてこっちも話しにくいし」

「神の遣いとして相応しき振る舞いを心がけているまで」

「たぶんそんな難解な言葉でしゃべんなくてもカミサマ許してくれると思う」

 全くですよ。むしろ誰にでも理解しやすいようにしゃべってよ。無闇に難しい言葉並べりゃいいってもんじゃないよ? もっと言ってやれ!


「そもそもお前、なんでそこまで魔女憎んでんの?」

「……魔女は、憎むべき存在だから、です」

 低い、とても低い声。まるで唸るような答えに、ぴたりと「センパイ」が口を閉じた。だって目を閉じててもわかる。今のは地雷だ。多分、聞いちゃいけない事だった。

「私は、魔女に全てを……奪われたんです!」


 右耳のすぐそばを空気が横切った。がしゃ~ん、とガラスの割れる音。

 どうやら私の周りに置いたものを振り払ったらしい。そんな激しい感情表現って、冷静になった時に後悔するからやめたほうがいいよ。お片付けする時「なんであんなことしたんだろう」って思っちゃうよ、絶対。


「魔女に関わった者は不幸になる。私は身をもって、それを知っています。あなたとは、違ってね」

 先ほどの一撃で何もなくなったと思われる場所に、今度は拳を打ち付ける。いやほんと、何があったか知らんが落ち着け。

「私は、私はっ……!」

 ガンッ、ガンッ! ガツン!


 えーと、なんだ? 下のほうで金属でも蹴ってんのかな?

「姉が魔女になったせいでっ……!」

「わ、わかった。もういい、悪かった。それ以上何も言うな」

「あのおんなのせいでっ!」

 べこ~ん!


「就職活動に、失敗したんだっ!」

 がこ~ん! がらん、がらん……がらら……。


 ……気まずい沈黙の中、私はとりあえず思った。

 たぶんそれ、おねーさんだけのせいじゃない、と。


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