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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
128/180

十月の脇役 その三

 くらい。

 私はぼんやりと思った。


 身体の感覚がない。指がピクリとも動かない。

 もしかして私、目を開けていないんじゃなかろーか。いやでも、それにしたって暗いよ。まぶた越しにだって多少の光は感じられるはずなのに、それすらないってことは完全な闇じゃぁないか。

 なんでまた、そんなところに、わたし、は……。


 ……さん、もり……さん。


 あぁ、それにしても眠い。恐ろしい勢いで睡魔が私を絡めとろうとしている。

 いつだったっけ、なんか、謎の黒い手に取り込まれそうになったときみたい。絡み付いて、巻きついて、引きずり込んで、でも、あの時みたいに気持ち悪くはないや。むしろきもちいい……。そしてひたすらねむい。


   ……ダメだよ。おきて。


 溶ける。そうだ。これを「溶ける」っていうんだ。身体のかたちもわからなくなって、意識もあいまいになって、そうしてわたしは、どこかに。

 なにかのいちぶになって、ふわふわと、ゆれて、まざって、きえて……。


「久実、いい加減起きないと……!」

「ぅひゃぃっ?」

 「無い」と思っていた耳元で聴きなれた声に囁かれ、私は「私」を取り戻した。

 なんてゆーか、うん。自分に身体があることを思い出した感じ。むしろ今私何してた? どうなろうとしてた? あと、なぜか後ろから抱きすくめられてるような気がするんだけどコレってどういう状況?


「え、え、えぇ?」

 振り返らずともわかる。この声、この香り、この腕、身長! 光山君ですね、間違いない。ちょっと苦しいんですけど力緩めてもらえませんかね、このこのっ!(ぺちぺち)

「盛沢っ」

 そして竜胆君が間近で私の顔を覗き込んでいるんです。なにこの状況。なんでちょっと目が潤んでんの? ますますご近所のシベリアンハスキーみたいだよ、やめようよ!


 竜胆君は震える指で私の顔を繰り返しなぞった。こっちもどういう意図だか知らんがくすぐったい。やめれ!

「な、なに? 何が起こったの?」

 すごく気持ちよく、泥のように眠っていたところを無理やり起こされたような気がするんだけど。まさか寝入っている女の子の部屋に押し入って無理やり起こした、というわけでもないよねぇ、この人達に限って。


「こっちが聞きたいんだけど」

 光山君は「はぁ」とこれ見よがしにため息をついて、やっと力を抜いた。

「まさかいきなり銃で撃たれるなんて、一体なにがあったの」

 ……えーっと。

「わたし、撃たれたの?」

 驚きの単語に反応して振り返ると、久々にあの「できの悪い生徒をなんとかしなきゃと悩む先生」のような顔をした光山君と目があった。ぐぬぬ、なんだこの敗北感。


 ま、まぁ、落ち着こうや。それで、ちょっと思い出してみようか。確か私は、店子さんの部屋にいて……あれ、なんでそんなとこにいたんだっけ?

「あ、そうだ。忘れ物」

「忘れ物?」

 竜胆君が私の頬に手を当てたまま、眉を寄せた。あのぅ、今更なんだけどいい加減二人とも離れません?

「そう。マンションの住人さんの忘れ物を届けてほしいって頼まれて、その人のお部屋に入ったの。それで……なんだっけ?」


 真っ暗な部屋の中、手探りで電気を探り当てた。クローゼットから、水晶玉のようなものを取り出して、それで。

「変な格好した変な人が、その忘れ物を寄越せって言ったの」

 だめだ、自分でも何言ってんのかよくわからん。

 これはあれだ、さっきの意識混濁の後遺症のようなものだ。私の知能指数がガッツリさがったわけじゃない、と思いたい。


「つまり君は、他人の強盗殺人事件に巻き込まれた、ということ?」

「え? え~っと……うん? あ、でもそれだけじゃなかったような?」

 そうそう、だんだん思い出してきた。なんか、非日常な単語をいくつも聞かされた気がする。跪いて許しを請え、とか懺悔せよ、とか

「神様の御遣いが、正気を保てなくなって魔女狩りに来た、という設定だったみたい」

「設定って……。つまり心神喪失で無罪狙ってる強盗ってこと?」

「どうなんだろ。本人はいたって真面目で、簡易魔女裁判をやってるつもりだったんじゃないかなぁ」


 私は、今度は頭をなでなでし始めた竜胆君の手をはしっと掴んだ。

 もうね、いいから。慰めようとしてくれてるのはわかるけど、髪とかぐちゃぐちゃになっちゃうし。あと、あんまり至近距離で見ないでほしいな! そばかすとか見えちゃうと恥ずかしいから!


 しかし、掴んだはいいものの、このあとどうしよう。振り払うとまた傷つけてしまうような気がするし、困ったなぁ、と悩んでいると何を勘違いしたのか竜胆君は私の手をぎゅっと握り締めた。いや、あの、ちがうんだけど……モウイイデス。

「怖い思いをしたな」

「う、うん」

 善意が痛い。


 それにしても、あの後一体何が起こったらこんな状態になっちゃうんだろう。額を撃たれたと思った途端、次の瞬間ここにいたわけだけど。

 もしかしてあのまま気絶して、倒れてたところを二人に回収されたのかな? 指輪を通して危険を察知した二人が駆け付けてくれたと考えればそんなに不思議はない、けど、でも……。


「ねぇ、ここって……なに?」

 でも、地面の感覚がないんだ。つまり、足の裏が下についている感覚がないって事なんだけど。これってやっぱり何か変だよね?

「ここは、まぁ……。言うなれば夢の中かな?」

「私、撃たれたんだよね? 指輪が助けてくれたのはなんとなくわかるんだけど……」

 その直後からの展開にあまりに整合性がなさすぎる。だって、夢の中って。撃たれたショックで眠っちゃったって事?


「俺にもよくわからない。例の石が熱くなって、気が付いたら、盛沢が……」

 竜胆君の手に更に力がこもった。り、竜胆君、そんな思いつめた顔しなくていいんだよ? よくわかんないけど私は無事だったんだし。

「盛沢が、消えかけていて……っ」

 ほほう、消えかけて。消え……消えかけてたって、えええ? 


「肉体のダメージはオレ達で肩代わりしたけど、精神のほうのダメージが強すぎたんだね。オレもまさかこんな事になるとは思ってなかったから焦ったよ」

 え、何。え? なんか今、すごく怖いことさらっと言われた! 肉体のダメージ肩代わりって、それはまさかあの、額のど真ん中撃ち抜かれそうになったアレをっ?

「え、二人こそ大丈夫なのっ?」

 普通に考えて、あれ喰らったら即死だと思うんだけど。


 でも、竜胆君は例の腕輪で瀕死(ってゆーか死亡)状態からのダメージ回復が付いてるし、光山君は確か蘇生魔法がなんちゃら、と言ってたような気がする。だからきっと、最悪の事態にはなってないよね! ね? ないと言って!

 ってゆーか、あの指輪ってそういうものなの? さすが呪いの指輪だよ、ひどいよっ! 二人に対する罪悪感でものすごいスリップダメージ喰らってる気分だよっ!


「オレと竜胆君の身体は、回復のために一時的に深い眠りについてるよ。さすがに、すぐには起きられないと思う」

「ご、ごめんなさい……」

 まさかそんなカラクリで守られているとは露知らず。すごくのんきに「よくわかんないけどきっと便利なまほーが掛かってるんだ」くらいに受け止めてました。お二人の覚悟を甘く見てました。ほんとすみません。


「自分で決めたことだ。気にしなくていい」

 気になるよ! でもありがとう、助けてくれてありがとう、二人とも。ご恩は一生忘れません。私にできる形でお返ししたいと思います。

 できる形で。……できる限り。(だって命に報いるお礼って簡単には思いつかないんだもん!)


「でもよかった、間に合って。盛沢さん、さっきまで足がなかったって気付いてた? オレ達がこうしてたのは、君を引き戻すためだったんだよ」

 はい、ぜんっぜん気付きませんでした。もうアレだね。まんま幽霊だよね、それ。

 そういえば、今にもなにかに溶けそうだった気がする。声が聞こえて、誰かが私に触れていると感じて、お蔭でやっと正気に戻れたんだった。


 光山君はここを「夢の中」って言ったけど、本当は「あの世の入り口」とか、そういう表現の方が正しかったんじゃないかな。私が怖がると思って言わないだけで。

 きっと私、自分で思っていた以上にあの状況が怖かったんだ。怖くて、身体より先に心が死んじゃうところだったんだ。まぁ、額に銃突きつけられてて、相手は絶対に寸止めなんかする人間じゃなかったし、怖くないわけがないよね!


 ……あ、ところで、足も元に戻ったことだし、そろそろ放してくれても大丈夫だと思うよ、二人とも。


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