十月の脇役 その二
18年間生きていて、銃を突きつけられるのはこれで2回目です。これって世界全体の平均では多いの? 少ないの?
「穢れし魔女め。今すぐ己が行いを懺悔せよ」
これがもし銃社会だったとしても、未成年の間に2回は多い方なんじゃないかなぁ。そして日本では更にレアなケースだと思うんだけど……。
あーいや、もしかすると、世間一般に知らされていないだけで、実は銃による被害ってものすごく多かったりするのかな? アンケートとってみたら「実は何回か経験がある」とか答える人がいっぱいいたりして?
「さぁ、闇の宝珠をこちらに寄越せ。そして跪いて神の許しを請うのだ」
日本全体がいつの間にか物騒になったのか、それともやっぱり認めたくないけど「私だから」こうなのか。
あ、ちょっとやだやだ、やめて。銃口押し付けないで、ゴリゴリしないでっ! 服が汚れるだろーがっ! ホールドアップはできませんよ、お客様の大事な財産抱えてるんだから。
「すみません、あの、どちらさまですか」
私は侵入者を上から下までじっくり観察した。……すごく怪しい人だ。
倉石さんの恋人、じゃぁないよなぁ? うん、ないない。ないよ。
突然挨拶もなく部屋に侵入して(あ、しかも土足だ!)、初対面の人間に銃をつきつけ、物を寄越せと言うからにはおそらく強盗。
しかもさっきから口調がアレだ。なんか、こう……アレだ。「穢れし」とか「跪いて許しを請え」とか、創作物でしか許されないような口調でしゃべって平然としているところを見ると、多分こじらせちゃった系の人だ。
そうだよなぁ、服装からして、うん。なんて言ったらいいんだろう。聖職者っぽいんだけど、すごく動きやすそうで、かつスタイリッシュすぎるというか。
つまりええと、ゴシック風?
左胸にこれまたスタイリッシュにアレンジされた十字架が大きく描かれているけど、これだけじゃぁなんのヒントにもならんなぁ。
十字架ってのはいろんな宗教でシンボルにされているらしいし、ただ単にカッコイイような気がするという理由でファッションに取り入れる人も多いし。うぅむ、コスプレ、なんだろーか。いやむしろコスプレであれ!
顔は可もなく不可もなく、すごく普通。これで恰好と口調が普通だったら好感度高いんじゃなかろうか。今は殺気丸出しだからそうは見えないけど。
あぁ、こういう人って何が刺激になるかわかんないから、対応に困るなぁ。
心が麻痺しているのか、不思議と「怖い」とは感じないのが救いっちゃぁ救いだ。いざとなれば右手の指輪が守ってくれると信じてるよ。仮にもあの光山君が寄越した本物の魔法具なんだから、なんの役にも立たないってこたぁないだろうさ。
だから、だからしっかりするのよ私っ!(どきどき)
「貴様のような不浄の者に名乗る名などない」
ふ、不浄の者とか言われたあああああ!
ちょっとあんた、私はねぇ、世界によっては巫女姫(ニセモノだけど)だったりするんだけど! 一体私のどこを見たらそんなセリフ出てくるのさ。どこからどうみても、可憐でか弱い女の子でしょー?
「悪魔に魂を囚われし空虚なる器の分際で、神の遣いたる我が名を問うとは不遜なり!」
やばい、やばいよ。単語自体は理解できるんだけど、何言ってんのかわかんなくなってきた。ホント何言っちゃってんのこの人! えーと、ええと、ちょっと彼の言っている事を整理しようか。
いち。私は魔女で、不浄の存在で、えーと、悪魔に魂を囚われている?
に。私が今手にしているのは「やみのほうじゅ」である。
さん。彼は「かみのつかい」である。
……魔女ねぇ。
話の流れから察するに、ですよ。これはきっと、本来なら倉石さんの身に降りかかるべきトラブルだったに違いないんだよね。
ってことは当然、身に覚えの無い誹謗中傷は本来倉石さんに向けられたものであって、私はただ間違われただけの被害者なんだよね? だよねぇ?
え、倉石さんってホントに魔女なの? この人の思い込みとかじゃなくて? 見るからに怪しいからという理由で魔女認定しただけだったら笑える……。(いや、この状況は笑えないけど!)
「いたいけな少女のふりをして、人心を惑わせこの世に絶望を撒き散らすは何の意図あっての事だ? お前が仕える悪魔の名を吐け」
「あのぅ、お話の腰を折ってすみませんが」
日常会話ではまず使わないような単語をつなぎ合わせつつ、なおも私を非難する男に、私は恐る恐る話し掛けた。
「私、このお部屋の住人じゃないんです。頼まれて忘れ物を取りに来た大家でして……」
つまりは通りすがりのようなものなんです。あなたが渡せと言っているコレがなんなのかも知りません。ただの、善意の第三者なんです。
ぷるぷる震えながら、ちょっと涙目(色んな意味で泣けてきて、普通にそうなったよ?)で男に訴える。喰らえっ、可哀想なオンナノコ攻撃っ!
甲斐あってか、彼はとりあえず私を罵るのをストップした。はぁ、これだけでも大分状況が改善したとかほっとしちゃう私って、ほんと可哀想。
「神に誓えるか?」
服の中から取り出した変わった形の十字架を目の前に突きつけられる。一々大袈裟だなぁ、ちっ、鬱陶しい。とは言わずに(だって怖いもん)私はこくこくと頷いた。
しかしまぁ、なんとも悪趣味ですなぁ。
十字架に掛けられているのは鎌をもった骸骨(多分死神?)で、十字の交差部分に蛇が2匹、8の字状に絡まっている。お互い尻尾を喰いあって、しかもその頭はサレコウベ、という……。なんかもう、ものすごく欲張って色んなモチーフ詰めすぎ。足し算だけじゃなくて引き算も大事だとおもうの。
まぁ、そういうのにケチつけると碌な事にならなそうだから、引き続きお口をちゃっくで。沈黙は金。雉も鳴かずば撃たれはすまい。
男はしばらく大変胡散臭そうに私を見おろしていたが、やがて頷いた。
「では、神の前で証明してもらおう」
どうやって? と私が言うより早く、右手の指輪が小さく震えだす。
え、え? 今までうんともすんとも言わない、ただの謎の呪いの指輪だったのにっ? じゃぁもしかして、今度こそ本当のぴんち?
彼は私に突きつけていた銃を構えなおし、小さくブツブツ祈り出した。あぁ、これはもう撃たれるに違いないのに、振動が気になってどうしようもないよ。ぶぅんぶぅんと、身体の奥をくすぐるような小さな震えがね、こそばゆくって。
「これは邪悪なるものを屠るため、神より与えられし武器。銘を『慟哭』と称す。我が手に廻りくるまで幾人もの狩人達がこの銃を手にしたが、業の深さゆえに3ヶ月と正気を保てた者はいなかった。この銃は持ち主を選び、相応しくない者の魂を冥府へと誘うという」
あ、アレ、なんか指輪のせいだけじゃないこそばゆさを感じる。心臓の裏辺りが痒いよ。なんだろうこの気持ち。走り出したいような、「もうやめて!」と叫びたくなるような。
聞かされている私がなんだかいたたまれなくなって悶えそうになっているのに、なんでこの人平気なんだ? 自分に酔ったように語る様子はとても正気に見えないんだけど……。
あ、もうそれ使い続けて5年目ですか。なるほどなるほど、正気を保てる3ヶ月を大幅に過ぎちゃってますね。
彼は私の相槌を褒め言葉と受け取ったようで、満足げに頷いた。
「この銃に倒れなかったならば、それはその者が正しき者であるという証明になる」
「すみません、参考までに、その銃で撃たれて倒れなかった人っているんでしょうか?」
「幸いにして、未だ邪悪ならざるものにこの銃が向けられたことはない」
ひぃぃぃ! なんとゆー後出しジャンケン。それ、問答無用で撃ち殺して「殺された方が悪い」って言うパターンじゃん! タチわるっ。
これだから思い込みの激しすぎる人って怖いんだ。うわぁあん、誰でもいいから助けて!
「さぁ、カウントダウンだ。神に祈れ。スリー、ツー、ワン!」
ぱんっ!
額の真ん中に衝撃を感じて、私はそのまま後ろにひっくりかえった。