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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
125/180

九月の脇役 その十

「えっと、ジャックさん遅いね?」

 未だ頭の中で繰り広げられる竜胆君のお父さま妄想(取材先で事件とか解決しちゃってたりぃ、実はものすごく強くてここぞという時には纏う空気が変わっちゃったりなんかして~。きゃっ)を振り払うべく、私は強引に話題を変えた。幸い竜胆君はそういう細かい事を気にしない人だ。どうしてそうなっってしまったのかは、今日わかったよ! みなまで言わないけど。


「またせたでござるっ!」

 そこへ、噂をすればのタイミングでジャックさんが駆け込んできた。なんか、埃だらけなんですけど。そしてカビっぽいにおいがするんですけど。今まで何してたの?

「いやぁ、ソレガシ用の防具を捜していいと言われ、つい夢中になっていたでござる!」

 どうやら私を呼びつけたことをすっかり忘れて、朝から倉庫の整理をしていたらしい。しつれーしちゃう! 自分の名前の漢字バージョンも作ってもらえるってんで舞い上がっちゃったんだろうなぁ。

 なんで外国の人って漢字にそんなロマンを感じるんだろう。そんなにえきぞちっく? くーる?


 ジャックさんは辛うじて空いている空間にどかりと腰をおろした。あわわ、絶妙のバランスで積まれていた本が崩れるぅ! 慌てて本を積みなおす私を手伝おうともせず、キリっとした顔で竜胆君に詰め寄る。

「それで、二人の祝言の日取りは決まったでござるか?」

「いや……」

 え、なにそれ。何が「それで」なのか全くわからない。そもそも祝言云々どころかおじいさまに反対されちゃってますがなにか?


「兄弟子を差し置いてソレガシが嫁を迎えるのは問題でござる。だから今日、場を設けたというのに……。早く師匠を説得するでござる!」

 つまり、おうちの皆様の勘違いの原因はジャックさんだったらしい。どこまで竜胆家に迷惑かければ気がすむんだろう、この人。これ以上余計なお世話をされる前に、とっとと本題片付けちゃおうっと。


「あー、そうそう、ジャックさん。例の天使さんなんですけど!」

「何かわかったでござるか?」

「あ、はい。去年のクラスメートでした」

「おおおっ!」

 はい、ジャックさんのテンションが目に見えて上がりました。頬が高潮して目がキラキラしています。まさに恋する乙女!


 期待しすぎだよ、なんだか心が痛いよ。

 だって残念な事に、篠崎さんは色んな意味で難しい子なんだから、諦めてもらわないと。ほら、例えば霊感0のクセに霊能者気取りですぐに人に難癖つけるし、一回目をつけるとしつこいし、高飛車だし……ってこんな事語ったら私こそ嫌な子みたいだな。(否定はしないけど隠していたいお年頃)

 ええと、何かないかな、性格は関係なく、誰が見ても無理そうって思える何か。あ、そうだ。村山君がいたじゃん!


「でも、彼女にはその、親しい男の子がいまして」

 彼を男の子って言っていいのかどうかはちょっと疑問だけどね。だってひいおばあさま以来、家系単位でストーカーをしている鬼だし。でもまぁ、見た目は同年代の男の子だからいっか。

 篠崎さんの恋人の存在(実際は未満であろうと推測されるけどね?)を匂わすと、ジャックさんはこれまたみるみるうちにしぼんだ。表情豊かだなぁ。ギャンブルとか不得意そう。よくもまぁ、一時期とはいえラスベガスで生きていられたものだ。


「そんなわけで、彼女に深入りするのはお勧めしません」

 ごめんねジャックさん。でも、傷は小さい方がいいとおもうの。

「しかし、心変わりするかもしれないでござる」

「そりゃ、ないとは言えませんけど……」

 でも、世代を超えて待っている村山君相手に争うなんて無謀だよ。勝ち目薄いよ。

 ってゆーか、これでウッカリ篠崎さんの心をジャックさんが掴んじゃったら村山君不憫すぎるじゃないか。お願いだから引いてあげて!


「もう少し、ご自分の気持ちを見つめなおしてください。気の迷いということもあるかもしれませんし……。ほら、ジャックさんって、本気だったらご自分でどんどん押せる人だと思うんです! そうする気が起きないってことは、やっぱりまだ決定的じゃない何かがあるんじゃないですか?」

 実際は、見かけによらず草食系なのでもじもじしてるだけなんだろうけど、この人は単純だからこういうおだてに引っ掛かりやすいはずだ。

 なにせテキサスの男性というのは、とにかく肉食的行動こそ誇りだと思ってるらしいからな、テンプレ通りであれば!


「……そうか。そうでござるな!」

 案の定ジャックさんはその気になってくれた。ふ、ちょろいぜ。

「そうそう。ですから早まらず、余裕を持って考えるといいですよ」

「わかったでござる!」

 というわけで、ジャックさんの恋愛相談はひとまず終了したのでした。

 ……竜胆君が物問いたげにこっちを見つめていたのは気にしない事にします。


 はぁ。

 家まで送るという竜胆君とジャックさんの申し出を断って、私は電車で帰った。電車って、考え事するのにいい空間だよね。適度に気が散って深刻になり過ぎなくてすむあたりが特に。……人様の恋愛感情を気のせい呼ばわりした事に対する罪悪感が全くないわけじゃないんだよ。でも、だって面倒だったんだよ! ごめんなさい!

 駅近くのデパートで適当にお惣菜を買っててくてく歩く。


 最後に竜胆君が寄越した視線の意味だって、なんとなくわかってる。彼や光山君の気持ちにちゃんとした答えを返してないのはズルい事だとは思う。

 思うけれども、嫌いでもないし、どっちかっていうと好きなんだけど恋愛の意味での好きかどうかはわからない、というこの気持ちをどう表現したらいいのかわかんないんだもん。しょーがないじゃん!

 あぁ、はやくお部屋で悶えたい。お風呂で反省したい!


 ところがそんな殊勝な気持ちは、エントランスのところで吹き飛んでしまった。なぜならば、最近すっかり見慣れてしまったハーレーが一台、で~んと停まっていたから。

「え、え?」

 まさかジャックさんが先回りしたのだろうか。それとも私の罪悪感が見せる幻覚か。

 あれ、でもなんか違う。そうだ、蜻蛉レイちゃんの絵が入ってない。確かこの辺に大きく描いてあった筈なのに。もしかして失恋のショックでペンキで塗りつぶした? ……でもなさそうだなぁ。(こしこし)


「あぁ、オーナー。こんにちは」

「こ、こんにちは」

 知っているようで知らないオートバイの側面をこっそり撫でていると、矢切さんが中から出てきた。ヤバイ、今の行動は不審だったかもしれない。よくよく見ればジャックさんのとはナンバーも違うし、って事は所有者はうちの住人さんの可能性が高いわけで。

 この前見せられた雑誌の件から鑑みるに、これはきっと……。


「あの、これ……どなたのかご存知ですか?」

「はい、先ほど届いたのでこちらに置かせていただいてますが、本日中に基地に移動させます」

 やっぱり九頭竜さんのだった! まぁね、雑誌に載るくらいだもんね。そして正義の味方マニアな彼が欲しがらないわけないよね。

「実は、これは機密事項なのですが」

 矢切さんがぐっと声を潜めて私の耳元で囁く。ちょっとくすぐったい。

「例の謎の組織に動きがあったようで。コンピュータ内から全てのデータを消去されてしまったのです。九頭竜はそのせいで……大変気落ちしておりまして」

「ソレハザンネンデシタネ」

「ですから、少しでも慰めにと取り寄せたのです。あぁ、これは最近現れた新たな未確認ヒーローの乗るハーレーと同じ型の……」


 どうやらジャックさんのハーレーはネットや雑誌の宣伝効果で、売れに売れているらしい。よかったね、木を隠すなら森の中。ジャックさんの痛ハーレーも、きっとうまく紛れる事だろう。

「九頭竜さん、元気になるといいですね」

 私は、買ってきた荷物の中からコーヒーゼリーを一個矢切さんに渡して、部屋に戻った。

 ……つかれたぁ。


 翌日、せっかく買ったお惣菜を冷蔵庫に入れることさえせずにソファで寝こけている自分を発見して、私はますます落ち込んだのでした。

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