九月の脇役 その九
テキサスにはガラガラ蛇がいる。開拓の時代、入植者達はそれはもうヤツラを恐れた。そして、ガラガラヘビ避けになるというインディゴで染められた丈夫なパンツ……つまり、ジーンズを愛用するようになった。らしい。
そういやジャックさんはいつもジーンズを穿いてるよね。少なくとも最近のジーンズにその効果はないと聞いたんだけど、やはりテキサスの牧場主の息子としてのたしなみとか、そんな感じなんだろうか。
えーっとですね、なんで今そんな事を思い出したのかというと、いつの間にか部屋に入ってきていた着流し姿の男の人が、私達の前ですぅっと紙を広げたせいなんです。そこに書いてあったんだよ。『蛇開銅鑼門戸』と。
一瞬なにごとかと思ったけど、これはアレだよね。ジャック・ドラモンドの当て字だよね? たまに見る、横文字の名前にカッコイイ漢字当てはめてみたアレだよね。
……なんだって今、この人はこのタイミングでそんなものを見せるのか。
ハブとマングースみたいににらみ合っているおじいさまとおばあさま、外れた襖を戻す作業を始めた(だよね? お座敷を破壊しようとしてるんじゃないよね?)お母さまが見えませんか? もっと大事なことがあるんじゃないですか?
具体的に言うとケンカの仲裁とか、被害の拡大を阻止するとか。
「どうかな、彼らしいと思うんだが」
「いいんじゃないか」
「そうだろう。やはりテキサスは蛇だからね」
竜胆君がナチュラルに対応しているところを見ると、この人は不審者ではないんだろうなぁ。ってゆーか、多分お父さまだよね、ぜんっぜん似てないけど。あ、でもなんか見覚えがあるような気もするから、やっぱりどこかしら似てるところがあるのかも?
「ところで、今日はなんの騒ぎかな? 今朝から母さん達が忙しくしてたみたいだけど」
……家族、なんだよね? 一人だけなんにも知らされてなかったんだ? お気の毒に。お部屋に入ってらしたのにも、目の前に立たれるまで全く気付かなかったし、きっと普段から空気状態なんだ、きっとそうだ。
「苗字の方はね、彼が来た時の事を再現してみたんだ」
「あれか……」
竜胆家に何をした、ジャックさん! 字面からすると、門になにかしたっぽいな。銅鑼を鳴らすみたいに、力いっぱい叩いたとか?
そこで初めて、お父さまが私に気付いた。……存在感がないのはお互い様、か。(ふ)
「あれ、そういえばこのお嬢さんは?」
「はじめまして。お邪魔しています。盛沢と申します」
あわてて笑顔を作って(ちょっぴり引きつっっちゃったのは、周りの環境のせいだからね!)お辞儀をする。とりあえずどんな人相手でも第一印象がいいに越したこたぁないからね!
「あぁ、君が宗太の。そうかそうか、それでこの騒ぎに……。うん、わかった」
このおうちでは、私の名前には何らかの共通の認識があるらしい。それが何かは、深くは考えるまいよ。私の心の平安のために!
お父さまはうんうんと頷くと、竜胆君の肩をぽんと叩いた。
「あとは父さんが何とかしておくから、二人とも書斎に行っていなさい。ジャックも向かわせるから」
「わかった。こっちだ」
「あ、えっと」
このグダグダな環境から逃げ出せるのはありがたいけど、ご挨拶もなしにフェードアウトなんてしていいんだろうか。あぁ、でもでも、竜胆君は歩き出しちゃったし、お父さまはにこにこしながら手を振ってるし! ええいしかたない。
「あの、また後ほど改めてっ!」
早口で告げると、ぺこっと頭をさげ、小走りで竜胆君を追いかけた。聞こえたかどうかはもう気にしない。
退却、退却~ぅ!
玄関から庭に出て、道場を通り越して裏へ。
どうやら書斎は独立した建物らしい。裏木戸のすぐそばに、小さなお茶室のような離れがあった。入り口には『留水庵』という庵号が立てかけられている。いかにも手作りっぽい。わ~、いいないいな、隠れ家みたい。
中に入ると、まずは本に圧倒された。
日当たり? なにそれおいしいのといわんばかりに、壁という壁がスライド式の本棚で隠れている。なんかもう、出入り口のせいで本棚が一つ置けなくてさぞ悔しいだろうなぁ、というくらい、本、本、本。はみ出した本は床にうず高く積み上げられている。いくつか雪崩を起こしてる山もあるんだけど、大丈夫かな? 底が抜けたりしない?
いやぁ、うちの家系も相当読書家だと思っていたけど、祖父の家の書庫だってこれにはかなわないかもしれないね。わー、きっとあれは初版本なんだろうなぁ。さわりたい、よみたい!(うずうず)
「すごいコレクションだねぇ」
お香と古書の香りに囲まれた空間で氷出しのお茶をいただきながら、私はそっと息を吐き出した。あぁ、お座敷での騒ぎが嘘のようだ。そうだよ、私の竜胆家のイメージはこうだったんだよ。純和風で、静かで、穏やかで……。間違ってもあんなガチャガチャした、げふんげふん、もとい、賑やかなご家庭だとは思ってなかったんだよ。
あぁ、イメージと現実のギャップが憎い。
「……古本屋やってるらしい」
「え、そうなの?」
「看板があっただろう」
「あれは庵号なんだと思った」
私の言葉に、竜胆君は少し眉をしかめた。
「しょっちゅう家を空けては本を抱えて帰ってくるし……、たまに客が来ているようだから、たぶん」
う、うぅむ。竜胆君ったらお父さまに興味がなさ過ぎじゃないかね。もうちょっと愛情をもって観察するとか、「どこに行くの?」って話しかけてみたりとか、したほうがいいんじゃないかな! まぁ、各家庭、方針ってのがあるんだろうけどさ~。
「ちょっと見て回ってもいいかな? 触らないから」
「あぁ」
まぁ、ここでダメとは言いにくいよね。ゴメンネ。
立ち上がって、右の壁から順に見て回る事にした。ちらほらと見覚えのあるタイトルがあって、なんだか嬉しい。おっとあぶない、ここにも本の山が。
あ、これはうちの父が集めてるシリーズだ。武士の世界についてふかぁく、マニアックに掘り下げられていて、そういうのが好きな人にはたまらない作品だと思う。私も一冊読んでみたけど、残念ながらちょ~っと、ピンとこなかったんだよねぇ。
大のつくベストセラーで、有名な映画監督が是非とも映画化したい、と作者さんを訪ねて直接交渉したにもかかわらず断られたらしいという噂まであったはず。作者さんの名前は確か……、あ、あったあった。『林道宗八』先生。そうそう。りんどう、そうはち。
「……竜胆君、つかぬ事をおうかがいしますが」
私は約束を破って、そっと第一巻を手に取った。うん、間違いない。父が持ってるのと全く同じ。この本だ。帯に書いてある「この夏最高の一冊! なんとか先生も大絶賛」とかいう煽り文句まで一緒だから絶対そう。
「お父さまのお名前は?」
「宗一」
確かこの本、カバーに作者近影があったはずだ。えーと、表表紙の方だったかな?
めくるべきか、めくらざるべきか、それが問題だ。だってほら、家族には内緒にしていたいのかもしれないし? 竜胆君の反応を見ている限り、少なくとも彼はこの本と自分の父親が結びついていないみたいだし。……うん、やめとこ。
私は本を山に戻した。
知らない知らない、竜胆君のお父さまが有名な作家さんかもしれない、なんて。
旅行というのは取材の旅で、ここにある古書は売りものじゃなくて資料で、たまに来るお客さんは編集者さんかもしれない、だなんて。し~らないっ、と。