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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
123/180

九月の脇役 その八

 うん。すごくまずいことが進行中な気がするんだ。

 察するにコレって「息子が彼女連れてきちゃった」イベントじゃなかろうか。いやむしろその上位の「息子が婚約者紹介してくれるみたい」イベントっぽくないか? おばあさまとお母さまの格好からして既にお見合いみたいだし。まだ大学1年生の息子に何を期待してるんだ!


 あ、いや、そういや竜胆君ってば、高校の卒業式でぷろぽぉずしてくれたんだよね……。ってことはやはり、竜胆家にはそういう慣習があるのだろーか。「成人までに結婚相手を見つけること」、みたいな。

 どうしてこのおうちの人は揃いも揃って、お付き合い段階すっ飛ばして結婚を意識するんだろう?


「もしかして、皆さん誤解なさってる?」

「……あぁ」

 こんな大事な時に「あぁ」だけとか、そりゃぁないぜ!

 ……うん、わかってる、わかってるよ。竜胆君も一応、なんとかしようとはしたんだよね? でも、言葉不足ゆえに力が及ばなかったんだよね? ってことはもう、私が自分で何とかするしかないんだよね?


 せっかく歓迎してくださっているお気持ちに水を差すのもアレだから、なるべく、こう、お互いに気まずい思いをすることなく誤解を解きたいなぁ。

 なるべ~くソフトに、遠まわしに、しかしわかりやすく。かつ、竜胆君の面子を潰さずに、私が悪役にならずに、勘違いをしたおうちの方に謝らせたり恥をかかせたりする事なくですなぁ……。って難易度高っ! なんかいい言い訳ないかなぁ。


 な~んて悩みはじめた私の横で、竜胆君がすっと居住まいを正した。ただでさえ姿勢がよかったのに、更に背筋が伸びている。もしやと思って廊下の方に目をやると、障子に人影が差しているではありませんか! アレ、なんかよくわかんないけど変なプレッシャー感じるよ?

 障子がすっと開いて、その人物が入ってくる。


 ど、どうしよう、まだ何一つ作戦立ててないのに、とパニックになりかけながらも、時間稼ぎを兼ねてことさら丁寧に頭を下げた。ええい考えろ私っ! きっとこの人が鍵を握っているはず!

 ところでさっき、視界に足袋と袴の裾らしきものが入ったんですけど。え、え。よもやまさかの羽織袴? なんでそこまで気合入ってんの? 結納でもするつもりか?


「まぁ、楽になさい」

 そんなことおっしゃらずに、もうしばらくこのまま考えさせてください、とは言えずに「はい」と小さく返事して顔を上げると、目の前に竜胆君の顔を5割増して険しくしたご老人(紋付袴!)が座っていた。

 こわっ! なにこの眼光、こわっ! 竜胆君が「子供が泣き出すレベル」だとしたら、このおじいさまは「泣く子が気絶するレベル」だよ?(ぷるぷる)


「はじめまして、お嬢さん。宗太の祖父、竜胆宗右衛門です」

「は、はじめまして、盛沢久実と申します」

 動揺のあまりフルネーム名乗っちゃったし。

 なんとゆーか、この方は無駄に迫力がありすぎるんじゃない? 理由もなく「申し訳ございませんでしたっ」とか言いそうになるよ。問い詰められたら無実の罪まで自白しそうだよ、勘弁してっ!


 竜胆君のおじいさまは私をじっと見て、そして頷いた。

「なるほど。お嬢さん、剣道は?」

 経験か? もしかしなくても剣道の経験聞かれてるのか?

「いえ」

「では、何か武道の心得は?」

「いえ、なにも」

 ふふふ、残念ながらその手のことは壊滅ですのよ。


 唯一、大学生になってアーチェリーを始めたけれど、しょせんお遊び程度だし。きっとこの方のおっしゃる「武道」とは言えないよなぁ。弓道だったらともかく。

 アーチェリーってのは「とにかく当てりゃいいんだよ」的でスポーツ色が強いんだけど、和弓はアレでしょ、立ち居振る舞いの美しさが大事で、当たるか当たらないかは二の次。侘び寂とか武士道とか、そういうイメージだよね。おじいさまの求めてるのはそういうものだと思われる。

 ところで、こんな事を聞くってことは、アレですね? おじいさまとしては、お嫁さんには武道の嗜みがあるほうが望ましいと思っておいでなのですね?


「……聞けば、大層な家のお嬢さんだとか。跡は継がなくて良いのかね?」

「大した家柄ではありませんが、一人娘です」

 うちの両親は、幸いな事に「お家存続!」みたいな意識が薄いので、実を言うと跡継ぎとかそういう事は考えなくてもいいんだけどね。


 まぁ、なんだ。突然降って沸いたぴんちを切り抜けるには、そのあたりの条件の不一致でなぁなぁにするのがよさそうだから黙っておこう。いずれどうしても竜胆君と結婚したいってことになったら、その時はその時でまた別な攻略法を考えるとして。


 私の返答は案の定、おじいさまのお気に召さなかったようだ。ますます眉間に皺を寄せている。

 ……割り箸を間に挟んで割る一発芸とか、できそう。

「あなたが大切に育てられた良いお嬢さんだというのは一目見てわかりました。しかし、宗太はいずれこの家と道場を背負って立つ身。失礼ですがあなたのようなお嬢さんには、少々荷が重いでしょう」

 おじいさまは私にそう言うと、竜胆君に視線を移した。


 えーとすみません、こちらに嫁ぐつもりがあったというわけでもないんですけど、なんかショックです。こうして面と向かって不合格の烙印を押されるのって、やっぱりショックです! せめて私が帰ってから、お身内だけの時にしてほしかったです。

「宗太。気の毒だがこの話は……」

 おじい様の口から、「なかったことに」と最後通牒を言い渡されようとしたまさにその瞬間。


「しつれいしま~す」

   すっぱーん!

 真後ろから竜胆君のお母さまの声がしたと「同時(重要)」に、ものすごい勢いで襖が開いた。続いて、がこん、という音。そして、ビックリして硬直している私を竜胆君がいきなり引き寄せた。ちょ、ワンピースで正座してる人間にそんなご無体なっ。

 強く腕を引かれて座布団からずり落ちる。竜胆君の胸に飛び込むような形で、私は姿勢を崩すハメになった。ひぃぃぃ、おじいさまが見てるのにっ!

 スカートの裾が風圧でふわりと浮く。……ん? 風圧?


 あれ、おかしくない? と振り返った私が見たのは、さっきまで座っていた座布団に襖が倒れてくる光景だった。え、ちょっと。危うく直撃コースだった?

「あ、ありがとう」

「いや、母がすまない……」

 竜胆君が沈痛な面持ちで私を身体の後ろに隠す。つまり、まだ油断するなってこと? なんなの、何が起こってるの。今の竜胆君ってばものすごく反応よかったけど、まさかこれ日常茶飯事?


「あらあら、まぁまぁまぁ! 私ったら!」

 おそらく犯人であろうおかあさまは、てへぺろ、と言わんばかりの悪気のない笑顔で私に謝った。

 あの、息子さんが助けてくれたからよかったものの、直撃したらちょっとアレですよ。痛いだろうし、なんかコントみたいで恥ずかしくて、私がものすごく可哀想な事になってたと思うんですけど。


「ごめんなさいね、怪我しなかった? ここの襖、外れやすくって」

「襖は静かに開けなさいと、いつも言っているだろう」

 おじいさまもおじいさまで、なんでそんな平然としてるの! もっと厳しく叱ってもよさそうなシチュエーションなのに。日常すぎて感覚がマヒしちゃってるのか! それとももしかして嫁(仮)イビリの一環かっ? そうなのかっ?

 更に追い討ちをかけるように、開け放たれた襖の向こうから、なぜか薙刀を持ったおばあさまが現れた。

 もうやだ、こわい。


 おばあさまは、だむっ! と床に薙刀の柄をつき立てて、それからおじいさまを睨みつけた。

「宗右衛門様! あんなに、あんなにっ、お願いしましたのに!」

 薙刀の刃がギラリと光る。いかにも切れそうに見えるけど、まさか刃は潰してあるんだよね? ね?

「宗太が選んだお嬢さんですよ? 何故暖かく受け入れてあげないのですかっ。世の中は変わったのです!」

「全て時代に乗れば良いというものではない。第一、このお嬢さんにこの環境は酷だろう」


 はい、おっしゃるとおりです。これが日常となると、ちょいと厳しいです。心が休まりません!


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