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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
122/180

九月の脇役 その七

 なんか、月に一回は地元に帰ってる気がするなぁ。

 実家の最寄り駅から更に一駅下ったところで、電車から降りた。ここから竜胆君のおうちまで歩くのだ。もちろん道順なんか知らないから、竜胆君がお迎えに来てくれる事になっている。

 なぜお迎えがジャックさんではないかというと、私がバイクでのお迎えを断固拒否したからである。ほら、ジャックさんはとにかくバイクで移動したがる人だからさぁ、折り合いがつかなくてね……。


 だって私、子供の頃から「オートバイには乗っちゃダメだぞ」と父に言い聞かされて育ったんだもん。私みたいに体力もなくて運動神経が悪くて運にも恵まれていない人間の乗っていい乗り物じゃないからね! かっこいいけど。気持ちよさそうだけど。

 加えて、アレだ。彼の大好きなレイちゃんのイラストがね。すごくスタイリッシュだけど、目立つよね、うん。本体だけでも目立つっちゅーのに……。


 教えられていた通り、駅の南口に出ると、そこには既に竜胆君が立っていた。なんだかものすごい目でこっち睨んでるんだけど、なにごと? もしかして私遅刻した? いや、してないよね。むしろ予定より一本早い電車で来たし。

「おはよう、竜胆君。あの……ごめんね?」

 よくわかんないけどとにかく謝っておこう。考えてみれば彼が不機嫌になる要素は十分にあるんだった。私がジャックさんに押し負けたせいで、せっかくの休日に私を迎えに来るハメになったわけだし。 ってゆーか、そもそも竜胆君のおうちにお邪魔する意味がわからない! 天使の正体だけ聞いて、そのまま会いに行けばいいじゃん、ねぇ?


「勝手におうちにお邪魔する事になってて、やっぱり迷惑だったよね?」

 私が決めたわけじゃないんですけどね! 全部ジャックさんの段取りで、私は従ってるだけなんですけどね!

「いや……盛沢が悪いわけでは……」

 竜胆君は珍しく歯切れの悪い返事をして(いつもは短いけどはっきりしてるよね)、眉間の皺を押さえた。


「盛沢」

「うん?」

「……すまん」

「なにが?」

「家族が、迷惑を掛ける」

 え、なにその断定。そんな事言われると怖いんですけど。

「えっと、都合が悪いなら場所変えない? どこか適当なお店でも……」

 やっぱり喫茶店にでも入って、ジャックさん呼び出した方がよくない? と提案すると、竜胆君はまるで手遅れの患者さんを前にしたお医者さんみたいに深刻そうなため息をついて、首を振った。

「いや、うちに来てくれ」

 うむむ。


 竜胆君は私の手から紙袋を取り上げると(一応、お土産買って来た。まだ暑い日が続くから、今日はゼリーのお菓子)、「こっちだ」と言って歩き出した。私は不安を抱えたまま、彼の後について歩く事しかできない。無口な人ってこういう時に困るよね!

 いっそのこと見失った振りしてフェードアウトしちゃおうかな~、なんていけない考えが過ぎったりもしたけれど、彼ってばたまに立ち止まって振り返るものだからそういうわけにも行かないんだよね。

 なんか、アレに似てる。散歩中の犬。自分のペースでてってけ歩くんだけど、たまに振り返って飼い主が付いて来てるか確認する子みたいだ。

 ……どうあっても私を家に連れ帰らねばならん理由でもあるんだろーか?


「竜胆君は、ジャックさんの、ええと、天使さんに会ったんだよね?」

 せめて竜胆家での滞在時間を短縮するべく、私は切り出した。

「天使?」

「え。いや、ジャックさんが『天使』って」

「あいつが?」

 困惑したように首をかしげた竜胆君を見て、私の中にあった仮説が確信に変わった。すなわち、これは、翻訳腕輪とジャックさんの思い込みによって起こった悲劇、いや喜劇に違いない!


 天使がなんちゃら、とジャックさんがトンチンカンなことを言って帰って行ったあと、私も自分なりに色々考えたわけですよ。ロジックパズルみたいに。……で。

   ヒント1:ジャックさんの基本行動範囲は竜胆君の家から遠くない地域である。

   ヒント2:竜胆君も「天使」に出くわしていて、その人物を識別している。

   ヒント3:「天使」は私と竜胆君、両方の知る人物である。

 この3つの条件から考えると、その人物は間違いなく高校で一緒だった誰かに違いない。そう思い至った私は卒業アルバムを引っ張り出し、片っ端から名前をチェックして、そしてとうとう見つけたのだ。条件にあう人物を、一人。

 見つけたら見つけたで、すごく、うん。あたってほしくなかったんだけど。


 私は恐る恐るその人物の特徴を口にした。

「もしかして、ジャックさんが気になってるのって、髪の長い子?」

「あぁ」

「どのくらい? 腰より長い?」

「あぁ。もっと長い」

 ……そんな根性の入った長髪の女の子なんて、やっぱり彼女しかいないじゃないか。

「篠崎さん、だよね?」

 竜胆君はこくり、と頷いた。あああああああ。


 あーぁーぁ、やっぱりね~。そうだと思った。篠崎さん。篠崎杏樹。あんじゅ。

 そういえば中学生の頃、アンジュというのがフランス語で天使を意味すると知って「似合わないなぁ」なんて思ったことがありました。あんまりにもイメージからかけ離れてたものだから、すっかり忘れてたよ。

 確かにねぇ、ジャックさんの大好きな「蜻蛉レイ」ちゃんも、真っ黒な髪をおしりの下まで伸ばしてるもんねぇ。つまりあぁいうのが好みなんだな。


「……私にできることなんて、あるのかなぁ」

 思わず立ち止まって呟くと、振り向いた竜胆君がぽんぽん、と私の頭を撫でた。


「まぁまぁまぁ! いらっしゃいませ」

「宗太がねぇ……。そう、この子なのねぇ」

 古びてはいるけれど立派な門をくぐると、玄関の前で二人の女性からの歓迎を受けた。玄関の中ではなく、前で。

「……祖母と母だ」

 竜胆君が相変わらずむすっとしたまま、必要最低限の紹介をしてくれた。まぁ、玄関前に立ってるわけだから、身内じゃなきゃお客様だからね。二択だし、予想はついてたよ。


 おばあさまとお母さまは、お二人とも絽の着物を着ていらした。おばあさまは藤色、お母さまは薄い緑。綺麗に髪を纏め上げてるし、えーと、これって訪問着? もしかして今からお出かけなのかしら。

「はじめまして。お邪魔します。盛沢と申します」

 ぺこりと頭を下げて、大人受けのいい笑顔でご挨拶すると、お二人はにっこりと嬉しそうに笑った。


「こんなかわいらしいお嬢さんがいらっしゃるなんてびっくりしたわぁ」

 おばあさまが何故か涙ぐみながら私にお辞儀をした。

「宗太がお世話になってます」

「あ、いいえ、私のほうこそお世話になっております」

 私は主に彼の成績のお世話を。一方彼はたまに私を身の危険から救ってくれているので、多分ギブアンドテイクだよね。あっと、そうそう、お土産。

「竜胆君、それ、ありがとう」

 さっき竜胆君に預けた紙袋を返してもらい、改めて差し出す。

「皆様、ゼリーがお嫌いじゃないといいんですが」


 竜胆君のお母さまはまた「まぁまぁまぁ! ご丁寧に」と言いながら受け取って、冷蔵庫に入れなきゃ、とぱたぱたと中に入っていった。……もしかして、わりとせっかちなタイプなのかな?

「あぁ、こんな所で立ち話じゃお気の毒ね。さぁ、お入りください」

「お邪魔します」

 おばあさまに促されて中に入ると、うっすらとお香の香りが漂ってきた。わぁ、いいなぁ、この雰囲気。和室のない我が家ではまず焚かない種類だ。う~ん、なんだろう。やっぱり秋を意識して沈香ってやつかな? 詳しくないからわかんないけど。


 池を右手に見ながら廊下を歩いて奥へ。

 あ、アレ、もしかしてお座敷に案内されてない? たかがジャックさんの恋愛相談なんだから、お茶の間とか、でなきゃジャックさんまたは竜胆君のお部屋で十分だと思うんですけど。そしておばあさまとお母さまはお出かけよろしいんですかね?

 おろおろする私に座布団をすすめて、おばあさまは「あまり緊張なさらないでね」と言い残し、去っていった。……緊張ってナニ。


「竜胆君、あの……?」

「すまん」

 竜胆君はなぜか、私にふかぁく頭を下げた。



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