九月の脇役 その二
ケセラン様に「地球の猫は自分の事を小説に書いたりしない」となんとか理解してもらった記念すべき日から数日。
本日の戦隊会議のお題は「危険手当の必要性について」だ。個人的には必要だと思うし、ぜひとも今のお給料に上乗せしてあげてもらいたいところだけれど、下手にこの話題に口を挟むと芋づる式に私がもらっている3万円にまで類が及ばぬとも限らないから黙って聞いている。
だってこの中にはお菓子代と称して彼らの時給から100円ずつ天引きしている分も入ってるんだもん。後ろ暗い事情ゆえにあえてお口にチャックです。
会議はいつもどおりダラダラ長引いて、とうとう紅茶も一人3杯目。
一人3杯と言っても7人分×3だから21杯入れている計算だ。さすがに私だけキッチンに立たせておくのも悪いと、水橋さんと中山君が手伝ってくれているから、べつにいいんだけど。紅茶入れるの好きだし。
……私、将来紅茶専門の喫茶店とかやってみたいなぁ。喫茶店と言えば中山君のご実家がそうだけど、彼のところはコーヒー専門らしいからダメだ、嫁げない。
今日の紅茶は少し薄めに入れた方がおいしい種類なので、砂時計が落ちきる前にポットからカバーを外し、少し揺らしてから中を見てみる。よし、ちょうどいい。
お茶菓子の追加係を任命された水橋さんと中山君は、ロールケーキをものすごく慎重に7等分しているところだった。カットする水橋さんの手がものすごくぷるぷるしている。
ちょっとくらい大きさ違ってもいーじゃん、どうせ竜胆君食べないんだしさ。そして彼の分はケセラン様の口に入るわけだけど、どう考えても本体の大きさに比べて摂取量が多いのが不思議でならない。ケセラン様の口はブラックホールにでも繋がっているんだろーか。
根岸さんとケセラン様の主張は平行線で、なかなか決着がつきそうになかった。福島君は、もう諦めたのか最近買ったらしいスマホをいじっているし、竜胆君に至っては、私の勘違いでなければ居眠りしている。腕組んで目を閉じて難しい顔してるけど、瞑想してるんじゃなくて寝てるんだよね、たぶん。まぎらわしい。
「評価アップのためとかぬかして、盛沢さんまで巻き込んで撮ったビデオがあったでしょ。あれはどうなったのよ! お給料アップしてもらえる予定だったんじゃないの?」
「……答える義務はないなう!」
「はん、どーせ怒られたんでしょ」
「そんなことないなう!」
「じゃぁ少しぐらい上乗せしなさいよ」
あぁ、例のアレか。「絶滅危惧種の密売摘発時に逃げ出した子竜の保護」作戦で、私を囮に使ったプロモーションビデオ。
あれは、うん。怖かった。あやうく宇宙の彼方にお持ち帰りされる所だったし。
しかし私は知っている。ケセラン様はあの一件で減俸処分を喰らっているという事を!
理由は、無力な民間人(私)を巻き込んだってのが一つと、保護対象にトラウマを植えつけてしまったというのが一つ。あと、「プロモーションビデオとか浮かれてんじゃねーぞ」みたいなお叱りも受けてたんじゃないかな。全部ケセラン様の愚痴からの推測だけど!
「そういえばこの前中山君と福島君を海に潜らせて何かしてたみたいだけど、アレはなんだったの? 何時間も意味もなく泳がされたらしいじゃない。特殊任務手当てがついたって聞いたけど、それなら危険手当てもつけなさいよ!」
「特殊任務に関する質問は受け付けないなう」
その特殊任務、多分「泳いでいるモーションのキャプチャリング」とかだと思うよ。とは言えぬまま曖昧に笑って、ポットをひとまずテーブルに置こうとしたところでインターホンが鳴った。
むむ、アポもないし、荷物が届く予定もないし、戦隊もいるから居留守使っちゃおうかな。何かの勧誘だと面倒だし。あぁ、でも住人さんが鍵を忘れて閉め出されている可能性もあるのか。
仕方ない、とりあえずカメラを確認するかと観念して振り向くと、中山君が今まさに応対しようと受話器をとり、ボタンを押す姿が目に入った。
あああああああああ!
や、あの、お手伝いしようって気持ちはありがたいんだけど、住人さん達は3階フロアに私が一人暮らししてるって知ってるんだしさ。男の子が出たら何事かって思うじゃないか。
それに、もしうちの両親が「いきなり行ってびっくりさせちゃおう」なんて考えて来たんだとしたらあらぬ誤解を招きかねないじゃないか!
いや、その前に画像で確認しようよ、不審者だったらどうする!
「ま、まって!」
「はい、どちらさまですか~?」
私の制止は間に合わず、能天気な中山君の声が訪問者に尋ねる。
水橋さんが、遅ればせながら「カメラ」のボタンに気付いてぽちりと押した。モニターに、何かの影が映る。その途端。
「「きゃあああああああああああっ」」
いきなりの悲鳴に、竜胆君がぱちりと目を開いた。やっぱ寝てたな。
福島君も顔を上げ、根岸さんは「人様のおうちでさわがないっ!」と一喝。ケセラン様はこれ幸いと、キャンディーをもぐもぐ。なんとゆー十人十色な反応。
水橋さんはモニターに張り付くようにしてその画像を凝視、中山君は受話器片手に顔を真っ赤にしてうつむいていた。
うん、今の女の子みたいな悲鳴の発信源は、水橋さんだけじゃなかったもんね。咄嗟に驚いて出ちゃったとはいえ、恥ずかしかったんだね。……武士の情けでスルーしてあげるよ。
「……どしたの?」
私が聞くと、悲鳴を上げた二人はぱっとこちらを振り向いてまくし立てた。
「ゆっ、雪男みたいなのが!」
「クマちゃんが!」
中山君は若干取り乱し、水橋さんはむしろ嬉しそうだ。まぁ、彼女のセンスは独特だから参考にならんなぁ。
とりあえず二人の証言からして、毛むくじゃらの何かがいるらしいことはわかった。うちのマンションの入り口に。デザイナーズマンションの入り口に。
……えっ、営業妨害じゃんっ!
「二人とも、ちょっとどいて?」
モニターを遮る二人をやんわりと押しのけると、確かに雪男かクマにしか見えない何かが映っていた。いや、でもたぶんこれ人間。ちょっと髪も髭も伸ばし放題で、モニターのカメラに向かって吠えているから迫力がありすぎるだけで、多分。
……ほんとに人間か?
中山君の持つ受話器越しに、クマ男(クマちゃんと雪男をあわせてみた)の声らしきものが聞こえる。こりゃ、相当大声でしゃべってるなぁ。
「どうしよう、警察呼んだ方がいいかな」
マンションの入り口にあんなのがいて叫んでいたら、住人さんだけじゃなくてご近所にも迷惑だし。戦隊の会議より大事な案件だよ、これは。
「警察ならここにいるなう!」
「いえ、そうではなくて……」
そういう、「うちうけいさちゅ(笑)」みたいなのじゃなくて、もっとちゃんとしたほうの組織にお願いしようかな、と。あ、でもこれはまだ民事不介入とかであしらわれちゃうレベルなのかなぁ。
「ねぇ、何て言ってるのかしら」
ケセラン様との不毛な話し合いを中断して、根岸さんがモニターを指差した。そうだよね、まずはその確認だよね。私はおそるおそる「スピーカー」のボタンを押した。
『HEY! IS ANYONE THERE?』
リビング中にきぃぃん、と響き渡った音割れしそうな大声に、慌ててボリュームを絞る。
誰かいませんかって、さっき中山君が出た時点で誰かいることは確定だろうが! なんでそんな事叫ぶんだ、このクマ男っ!
「が、がいこくのクマちゃんっ?」
「グリズリーかっ」
英語を聞いた途端に動揺して、トンチンカンなことを言う水橋さんに福島君がすかさず突っ込みを入れる。あぁ、ありがとう福島君。私はちょっとそこまで手が回りそうにないから引き続き突っ込み係をヨロシク。
「盛沢さんの知り合い……じゃないわよねぇ」
「う、うん。知らない」
しかし、なんとか辛うじて言葉によるコミュニケーションは可能なようだ。よかった。
「一応、名前と用件聞いてみて。竜胆君、逃げ出したら捕まえられる?」
「あぁ」
何故か根岸さんが生き生きと場を仕切りだした。
宇宙人相手の捕り物より不審者の取り締まりの方がお好みらしい。そういや、将来の夢は刑事さんだったもんなぁ、彼女。今となっては夢のまた夢って感じだけど。でもほら、宇宙警察だって似たようなものじゃないか。アレ、そうでもない?
竜胆君がベランダのところに立ったのを確認して、根岸さんが私に頷いた。私は恐る恐る、叫ぶクマ男に話しかける。
「ふ、Who are you? Where are you from?」
本当は「落ち着け、騒ぐな」と言ってやりたいんだけど、帰国子女でもない日本人の私としては、出だしはこんなもんだ。ヒアリングはともかく、いざ自分でしゃべろうとするとそううまくは行かないよね。
クマ男は反応があった事に興奮したのか「HOOOOOOOO!」などと叫んでいる。ええい、やかましい。
「Please be quiet or I’ll call the Police!」
『Oh no!』
私の脅しに、相手は声を落とした。そして哀れっぽい口調で訴えた。
『I’m from USA. I want to meet Mr Kes! Mr Kes,are you in there?』
アメリカから、ミスターケス、という人に会いに来た、と。ミスターケスなんざいねーよ、帰れ帰れっ、ってどう言うんだろう。ええと……。
ん、ケス?
『Mr Kes! It’s me. Jack!』
じゃっくだとおおおおおおおお!
「ケセランさま……」
どうしてここに。
「どうして『ジャック』さんがここに訪ねてきたのか、説明してください」