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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
116/180

九月の脇役 その一

 お風呂のあと、リビングのソファに寝転んで本を読むのが最近の日課になっている。母に見られたら「お行儀悪い」って叱られちゃうだろうなぁ、な~んて思いつつ3人掛けのソファの上で仰向けになったり腹ばいになったり、とにかく楽な体勢になってごろごろするこの至福。あぁ、幸せ。


 あれだよね、身の丈にあった贅沢が一番だよね、ほんと。下手に人様のところに厄介になるもんじゃないね! 無駄に恥ずかしい目にあったし。

 は、だめだめ、思い出しちゃダメ! はい、深呼吸して~、本に集中して~!(どきどき)


 未だに気を抜くと発作のように襲ってくるあの記憶に悶えつつもなんとか気を逸らそうという私の努力は、ベランダの窓をどんどんとたたく音で中断された。ここは3階で、あの窓は戦隊の出入り口になっているわけで、ってことはきっと戦隊の誰かに違いなくて、こんな時間にいきなり押しかけてくる戦隊メンバーなんて。

「け、ケセラン様、こんばんは……」

 毛玉くらいしかいないわけで。


 珍しい事に今日の彼は光っていなかった。光ってないケセラン様なんて寝てる時しか見た事ないよ? へんなの~。

 彼は部屋に飛び込むと、私がカーテンを閉めてからようやくピカピカやりだした。思うにあの点滅はケセラン様のこだわりというか、なんか、自己表現の一種なんだろうなぁ。

「いるならさっさと開けるなう! 誰かに見られたらどうするなう!」


 ええー! え、いや、もうこいつの理不尽な物言いには驚かないけど、「誰かに見られたら」という気遣いに本気でビックリした。各国の気象衛星やら軍事衛星には思い切り写真撮られちゃってるくせに今更何言ってんの? バカなの?

 な~んて言えないから、ちっちゃな声で「ゴメンナサイ」と謝る。これは負けじゃないよっ、社交術だよ!


「えっと、特にお約束とか聞いてないんですけど。緊急会議ですか?」

 緊急会議ったって、彼らの会議のお題なんてものすごくどうでもいいことばかりだ。この前の議題は中山君提案の「ケセラン様ご宿泊先の持ち回り制度導入について」だったんだけど、彼が4対1で負けるまでの2時間、ひたすらここで飲み食いしてだべってただけだったし。

 だから、断じてこんな時間……夜の10時なんかに始める必要はないと思うんだけどな!


 ケセラン様は「うむ」と頷いて、机の上のジュエリーボックスに収まった。去年の5月に光山君からお土産としてもらったアレ。この前お手入れしたあと、ちょっとリビングに置いといたらいたく気に入られてしまって、以来ケセラン様の指定席と化している。

 いや、だってさ、ちっちゃなクッションまで持ち込んでちゃっかり巣作りまでするもんだからしまうにしまえなくて。きっと本能で高級品だってわかったんだろうなぁ。図々しいなぁ。


「とりあえずはワタシとオマエだけの会議なう。菓子は一人分でいいなう」

 クッションに収まってもふっと膨れたケセラン様は、当たり前のようにお茶とお菓子を要求した。あぁ、今すぐ蓋を閉じて鍵を掛けてしまいたい。鍵はどこだっけ、ヤツのクッションの下か。じゃぁ無理だ。

 私は仕方なくお湯を沸かし始めた。夜だし、カフェイン抜きのお茶がいいよねぇ。ストックあったっけ。(ごそごそ)


「それで、今日はどうしたんですか」

 大変不本意ながら、ケセラン様との二人会議はこれが初めてではない。彼はたま~に、本当にたま~に一匹(毛玉だから一個と数えるべきなのだろーか)で訪ねてきて、お茶をねだり、お菓子を食い散らかし、戦隊のみんなや上司についてぐちぐちと語って帰って行くのだ。カツアゲされた事もあるんだから!

 で、まぁ、今日もまた査定の結果が思ったほどよくなかったとか、そういう話題だろうなぁと気軽に話しかけたわけだけれども、ケセラン様は重々しくこうのたまった。

「ストーカーに、狙われているなう」


 ……。すとーかー。ストーキングする人。対象の気持ちも都合も考えずに付きまとう迷惑な人。えーっと。戦隊関係者でストーカー被害にあいそうな人といえば。

「水橋さんがっ?」

「ワタシに決まってるなう!」

 ケセラン様は一際強く光った。これはあれか、激昂した人が机をバァン、ってやるみたいな意味合いだろうか。こんな毛玉に好き好んでついて回るのなんてせいぜい埃くらいだろうと思われるので、きっと勘違いじゃないかな!


「なんでケセラン様に? 根拠はなんですか?」

 自意識過剰なんじゃないですか? という最後の一言は飲み込んで生暖かい視線を向けてやると、ケセラン様はより一層光った。あの、もうカメラのフラッシュみたいになってるから。眩しすぎるからやめてください、ごめんなさい。


 お茶を入れて、バームクーヘンと、ついでに例の天使印キャンディーを出してやり、改めてさっきの質問を繰り返すと、ケセラン様は私にメールの画面のようなものを見せた。

 リビングのソファに座って紅茶を飲みながら、突如空中に浮かび上がるグリーンの文字を読む私。これなんてSF?


 はたしてその内容は、私をドン引かせるのに十分だった。数十通に及ぶと思われるそれに書かれているのは、音読すればすべて同じ言葉。「Aitai」「アいtai」「ア痛い」「アイタイ」「アイたい」「あい隊」「あいたい」「愛たい」「合いたい」……えとせとらえとせとら。


 つまりケセラン様に会いたいと言っているんだろうけど、なにこれこわい。きもちわるい。

 差出人は全て同じで、「Jack」と書いてある。うわ、いかにも偽名っぽ~い。

「これは確かに、怖いですね」

「鬱陶しいなう!」

 私がやっとまともに取り合ったので、ケセラン様はとりあえず満足したらしい。紅茶をストローでちゅーっと吸い上げて頷いた。まだ熱いのに、なんであんな飲み方して火傷しないんだろう。


 ジャックさんは会社PR用のSNSに2時間ごとにアクセスしてはコンタクトを要求するらしい。仕事依頼でもないくせに、とケセラン様のお怒りもごもっともなのだが。

 ここは話の腰を折って突っ込んでいいだろうか。


「会社って、一体いつの間にっ?」

 確かにこの毛玉、意外とお金を稼いでいる。一時期株にハマって、まぁ、その、うん。ちょっと褒められないような手段を使いつつも、とにかくガッポリ稼いだはずだ。毎月秘密基地お家賃兼お菓子代として3万ほど(これは戦隊一人あたりの月給とほぼ同額なので、大変後ろめたい)もらっている身なので、それはわかっている。いずれ会社を作って戦隊を雇ってやる、と言っていたのも知っている。

 でも一体いつの間にそこまで話が進んだのか。そして何の会社にしたのか。


「何言ってるなう! 会社名をつけさせてやったのを忘れたなう?」

「え?」

「たかだか700時間前の事も覚えていられないとは……。オマエはそれでもワタシのしもべの助手なう?」

 700時間。えーと700わる24で、多分一ヶ月くらい前か。一ヶ月前というとちょうど佐々木さんの別荘にご招待された頃だ。

 そういやケセラン様がふらりとやってきて、なんか言ってたっけなぁ。旅行の準備に気もそぞろでほとんど聞き流してたんだけど、あの時か? 会社の名前がどうのこうの言っていたような記憶もあるし。てっきり、もっと先のお話だと思ってたんだけどなぁ。


「あ、あー。『サヴァイヴサプライ』!」

「忘れるなんて信じられないなう!」

 そうそう、戦隊と言えばやっぱりこの単語は欠かせまいと「じゃー『サヴァイヴァルなんとか』でいいんじゃないですかね」と適当に相槌打ったんだった。で、『サヴァイヴァルサプライ』にするというケセラン様に「語呂が悪い」とダメ出しして、あえて動詞に変えさせたんだった。

 ええー、あんな適当な会話でそんな大事な事決めちゃったのか! なんとゆー取り返しのつかない事を……。


「それで、何をする会社なんですか」

「モーションキャプチャーのデータを売るなう」

「あー……」

 ゲーム好きのケセラン様らしい選択だ。どうせ戦隊の動きを勝手にキャプチャーして売り捌こうと考えたに違いない。せめて給料上げてやれよ、可哀想に。

「じゃぁ、その会社宛の依頼の一種なんじゃ? メールだけじゃなくて直接会って依頼したい、とか」

「会社のHPに仕事用のメールフォームは用意したなう!」

 ケセラン様、わりと真面目に会社経営するつもりらしい。


「ちょっと、そのSNS見せてください」

 一体何がそこまでジャックさんの気を惹くのだろうか。まさか超美人なお姉さんの写真を無断使用して、挙句に「19歳、彼氏募集中!」なんて適当な事書いてたりしてないよね?

 不安になって、とりあえず確認してみようと思ってケセラン様に見せてもらった画面には、信じられないものが映っていた。


 ケセラン様、ご本体のお写真である。


「ダメじゃないですか、写真なんか出しちゃ!」

 そりゃ、SNSの写真にペットやらぬいぐるみやらイラストやらを使う人達は多いから、ケセラン様の事だって普通は「へんなぬいぐるみ」って思うだけだろうけどさぁ! でもあんた、国際手配レベルで警戒されてるんですよ? 私が教えてないから気付いてないのかもしれないけど。


「何故いけないなう? 犬や猫だってやってるなう!」

「それは飼い主がやってるんです!」

 ええい、この毛玉、本当に地球の犬猫が自力でやってると思ってたのか!

「しかもなんですか、このバカ正直なプロフィール!」


   名前:毛勢 走(Kese Ran)

   性別:♂

   年齢:29歳(地球人年齢換算)

   職業:宇宙警察、個人会社「サヴァイヴサプライ」社長


 いやいや、「毛勢走」て。モーションキャプチャーのデータ売るより育毛剤の会社のほうが大成しそうな文字当ててるし。

 とにかく、どうみてもこれが悪いと思うんだ。大抵の人はネタ扱いで終わりだろうとも。しかし、しかしだよ? あのメールからして、差出人は特殊な人に違いない。ウッカリ真に受けた宇宙人マニアか、そうでなかったらどっかの国の回し者が接触しようとしてるのかもしれないじゃん。ヤバいよ!

 あ、あと、ケセラン様が地球人換算で29歳だってのも心底驚いた。じゃぁいくつに見えると聞かれると困ってしまいますが!


「個人情報の取り扱いは慎重にっ!」

 私は一晩掛けて、ケセラン様にSNSの光と影について講義するハメになった。


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