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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
113/180

八月の脇役 その二十

 むこうのお屋敷で通されたお部屋より更にいいお部屋に案内された私は、昼食を断ってお昼寝する事にした。昨日とは違って謎の鐘の音なんか聞こえないお部屋でありがたい限りです。(イヤミだよっ)


 例の、私にしか聞こえなかった鐘の音はベランダに仕掛けた超指向性スピーカーから流してたんだってさ。くそぅ、まんまと騙されたっ! あの廊下だって何のことはない、隠し迂回路を案内されていただけという……。謎が解けたらどれもこれも子供だましじゃないか、ちっくしょ~! 


 フテ寝から目が覚めたのは、ノックの音のせいだった。はて、今何時だろう。なんとなく感じる光線の具合からしてきっと夕方だよね? まだまぶたが重いんだけど、どうしよっかなぁ。

 起きる、二度寝する、の二択で心が揺れる。お腹がすいてるからそろそろ起きた方がいいような気もするんだけど、この睡魔には勝てそうにないよ……。ぐぅ。


「盛沢さん、盛沢さんっ」

 どうやら起こしに来たのは佐々木さんらしい。お嬢様自ら来るとか、どんな用があるってんだ。もういいじゃん。私の役目は終わったんじゃないの? あー、そういやもう一回出番があるみたいな事をはっちゃん先輩が言ってた気がするなぁ。でもそれは今日じゃないはずだしなぁ。


「盛沢さ~ん。そろそろ起きて~。夕食前にちょっとお願いがあるん」

 佐々木さんは根気よく私に呼びかける。お蔭で意識が中途半端に覚醒してしまった。こうなってくると起きても構わないんだけど、困った事に身体が動かないとゆー……。なるほどこれが金縛りですね、わかります。

 まさか罰当たりにも実話を捻じ曲げたお芝居したせいで祟られたんじゃあるまいな? 私が悪いんじゃないんだけど。


「盛沢さ~ん。入るで~?」

 いやいや、家主だからってそんな勝手な。

「お邪魔しまぁす」

 部屋のドアが開く音がして、佐々木さんと、あと何人かが入ってくる気配がした。私はといえばなんとか起き上がろうと努力中。多分あんまり安らかな寝顔じゃないと思うから見られたくないんだけどな!


「ん~、疲れてるんやねぇ」

「そのようでございますね」

「起こすのはお気の毒かもしれませんねぇ」


 どうやら一緒に入ってきたのはメイドさん達みたい。いや、起きてるんですよ。既に意識はしっかりあるのに、身体だけが寝てるんだよ。だからもうちょっとだけ待ってほしいな~?

「まぁ、途中で起きるやろ。時間ないし、始めちゃって」

「「はい」」


 佐々木さんがぱん、と手を打つと、誰かに抱き起こされた。そのまま布団をはぎとられ、ベッドに腰掛ける体勢にされる。なんと強引な!

 ぷちぷちとパジャマのボタンを外されるところからして、私にお着替えさせようとしているな? なんだなんだ、何を着せられるんだ?


 私が必死で、離れたくないとぐずる上まぶたさんと下まぶたさんを引き離そうと努力している間に、メイドさん達はてきぱきと私をひんむいた。ひ、ひどいっ! いや、着替え手伝ってもらうのはそれこそ巫女姫様(偽)で慣れたっちゃ慣れたからいいんだけどさぁ。でもさぁ。

 ちょっとムッとしたせいか指先に感覚が戻ってきた。よし、この調子だ、頑張れ私。


「ぅ~……」

 やっと声が出た。と思ったら、いきなり腰周りをとんでもない力で締め上げられて一気に意識も身体も覚醒した。なんとゆー荒療治っ。

「ごふっ?」

「あ、おきた? 今コルセットつけてるからもうちょっと我慢しよか」

「ぎ、ギブです! ギブギブ!」


 寝起きになんてことすんだ、あんた達っ! もうちょっといけそうなのに、と残念がるメイドさんをなんとか止めて、私は乱れた呼吸を整えた。

「なんでコルセット……?」

「うん、ちょっとこれ着てほしいんよ」

 そう言って佐々木さんが私に見せたのは、なんだかアンティークなドレスだった。鹿鳴館とかの写真で見るような、あんなの。あれ、そういえばなんか見覚えがあるような?


「ほら、昨日の夜みたんちゃう? あの写真のドレス。な~? うまく合成できてたやろ~?」

「あー……。例の、ご令嬢の」

 そうそう、と佐々木さんは頷いた。


「これ着て、夕方の廊下を歩いてるシーン撮りたいってゴトウ先輩が言い出してな。今日の光線の具合が理想的だから今すぐにって。ごめんなぁ」

「ゴトウ先輩もこっちに?」

「そそ。ゴトウ先輩も被害者役だから」

「盛沢様、こちらへ」


 メイドさんが私の手を取ってドレッサーの前に連れてゆく。そして、何かのマニュアルを見ながらメイクをし始めた。もう一人のメイドさんが髪のセットを始める。

 なにこの本核的なお支度。舞踏会? あぁ、はっちゃん先輩の指示ですか、そうですか。

 動けない私に気を使ってか、佐々木さんは鏡越しに私に色々話しかけてくれるんだけど、頷く事はおろか口を動かす事さえ躊躇われる状態だからちょっと困る。へぇ、とかふぅん、とかうん、しか言えないよ。ゴメン。


「しかしなぁ、コガネ先輩が思ってたより鈍くて困ったわぁ」

 佐々木さんのシナリオによれば、コガネ先輩はもっと早期にマザーグースに気付くはずだったのだという。彼女ってば実は帰国子女で、短い間ではあるがイギリスにいたんだって。

 まぁ、イギリスにいたからってマザーグース知ってるとは限らないから、仕方ないと思うよ……?


「私の予定では、コガネ先輩は最初盛沢さんを疑うんやけど、りっくんのあからさまな盛沢さんへの追求に逆に疑問を持って、それで今度はりっくんに標的を移すはずだったんよ」

 ところがコガネ先輩は目論見どおりには動いてくれず、阿刀先輩と一緒になって私を突き上げ続けた上に、とうとう私を監禁しろとわめきだしたものだから大幅に計画を変えることにした、と。

 ……うん。あの理不尽攻撃の理由にはそんな裏があったのね。


「普通あれだけあからさまに動機っぽいのがあって、アリバイがなくて、証拠だらけだったらむしろエサだってわかるやろ? なぁ?」

 佐々木さんが口を尖らせるとメイドさん達も口々に同意する。

「ええ。『お約束』ですよねぇ」

「むしろ絶対に真犯人に狙われる役ですものねぇ」

 ……デスヨネ。


「でも、盛沢さんが冷静で助かったわぁ。もし二人の追及に耐え切れなくなって泣き出したらどうしようってヒヤヒヤしてたんよ。そしたらもう、撮影どころじゃなくなるやん? さすが、光山君の彼女やってられるだけの事はあるわぁ」

「いや、その……」

 もごもご。


 とかなんとか話しているうちにお支度ができて、私は撮影するための廊下へと連れ出された。

「おぅ、ご苦労さん」

「やー。合格おめでとう」

 廊下にはカメラを抱えたゴトウ先輩と、何故かヒワダ先輩の姿まで。

 ゴトウ先輩は聞いてたけど、ヒワダ先輩まで一気に「殺された」事になってるの? ってゆーか、合格おめでとうって、ヒワダ先輩は試験の事知ってたんだ?


「さっそくで悪いが、この廊下を……そうだな、まずは普通に歩いてくれ」

「はぁ」

 その廊下は、あちらのお屋敷で最初に通された迂回路とよく似ていた。幅の広い廊下に敷かれた赤い絨毯。古びたランプが左右に、等間隔に並んでいる。

 真っ赤な夕日の光に照らされながら、私は何度も何度も歩かされた。堂々と顔を上げて、うつむいて、悲しそうに、困ったような顔で。ええい、いい加減飽きるっちゅーの!


「お二人はもう、出番は無いんですか?」

 あらかたパターンを撮り終わって、日が完全に翳ってからようやく私は疑問を口にできた。だってしゃべっちゃだめって言うんだもん。幽霊役だけに死人に口なしってか。


「俺は……確か階段から落ちたんだっけか?」

 ゴトウ先輩はGoosey,Goosey ganderのうたをモチーフに、左足骨折してついでに意識不明という役どころ。ヒワダ先輩はその付き添いとして部屋に篭っている事になっているらしい。

「あれ、それじゃぁまだあちらにいないといけないんじゃ?」


「コガネさんがお見舞いに来るとは思えないしさぁ。オレもほら、明日の朝にはどうせ行方不明になる予定だったから」

「ヒワダ先輩はどうやって消える予定なんですか?」

「確か『だらしない男』ってヤツかな。手とか頭とかバラバラに散らかってたってやつ。部屋中に服脱ぎ散らかしてきた」

 あぁ、あのグロいやつね。


「オレ、よく物なくすからピッタリだってことになってさぁ」

 あ、ちなみにさっきの照明なくしたってのはホントなんだけどどうすっかなぁ、と笑うヒワダ先輩の頭を、ゴトウ先輩がぺしりと叩いた。


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