八月の脇役 その十九
「お迎えに参りました、盛沢様」
地下の部屋からお屋敷の裏側へ抜けると、そこにはリムジンが一台、で~んと停まっていた。
うん。おっきいね。運転手さんもついてるね。車の鼻先についているアレは、確かロールスロイスのシンボルだよね? そしてドアを開けてくれてるのは今朝方ヘリで飛び立ったはずの執事さんだよね? 中で元気に手を振ってるのは佐々木さんだよねえええええ!
……いや、わかってる、わかってるよ。ヘリで本土へ向かったと見せかけて、実はもう一つのお屋敷の方に移動して監視カメラで見てたんでしょ。うふふ、こんなにおっきな車が通れる道も整備されてるなんてびっくり。見事に騙されてたよ。
あぁもぉ、お金も手間もかけたドッキリだな!(きぃぃ)
「盛沢様のお荷物は全てお運びしました。昨日のお召し物も、勝手ながらクリーニングに出しておきましたので後ほどご確認ください」
「アリガトウゴザイマス」
声がぎこちなくなったのは不可抗力です。怒っていいのかお世話になった事に素直に感謝すべきなのか葛藤しているんです、察してください。
できればちょっとは罪悪感感じてください。
私は執事さんに促されるまま、ノロノロと車に乗り込んだ。
「盛沢さん、お疲れ~」
きゃ~、とテンション高く迎える佐々木さん。もちろん、包帯は巻いていない。なんかもう、なんか……!
「佐々木さん、無事でなにより」
こめかみをぴくぴくさせつつ、皮肉のつもりで言ったセリフは、見事に空振りした。
「心配してくれたんっ? うわぁ、うわぁ、うれしいわぁ。やっぱり友達っていいもんやねぇ」
「素晴らしいご友人ですね。旦那様方もお喜びになるでしょう」
キラキラした目で本気で感動する佐々木さん。 裏側の意味をちゃんと受けとっているだろうに、スルーする執事さん。
ヤバい、こいつら手ごわい……!
「では、盛沢さん、ゆっくりやすんでくださいねぇ」
「明日の夜には出番があるんだから、ケガなんてすんじゃないよ~」
ツグ先輩とはっちゃん先輩のお見送りの言葉のあと、ドアが閉じられた。どうやらあの二人は裏方としてやることがあるとかで、あのお部屋に残るらしい。
ほんとは私もあのお部屋で隠れててもよかったんだけど……思い切ってわがまま言いました!(てへ)
だって疲れたんだもん。一人になりたかっんだもん。あの二人から「痴話喧嘩の理由は?」なんて根掘り葉掘り聞かれたくなかったんだもん。痴話喧嘩なんかじゃないやい!
どうせ幽霊役の私は「消える」んだから、もういいよね? あとはせいぜい甘やかしてもらうよ。今度こそ予定通り「なんちゃってお嬢様生活」を堪能させてもらうよ、遠慮なくな。そしてこの心を癒してもらうんだ……。
「あ、そうそう、盛沢さん!」
まずはゆっくり寝たいな、とため息をついている私の頭に、いきなり紙吹雪が落ちてきた。続いて、佐々木さんと執事さんがクラッカーを鳴らす。私は座席に座ったまま飛び上がった。
「ひっ」
「盛沢さん! 合格おめでとー!」
「おめでとうございます。佐々木家と光山家は事業の提携なども多くしておりますので、末永くお嬢様をよろしくお願いいたします」
……あぁ、佐々木さん、すごく生き生きしてるなぁ。
やばい、ちょっとイラっとする。具体的に言うとさっき光山君達に制裁を加えた右手がうずく。また凶暴化しそう。
「りっくんから試験の事聞いた時はどうしようかなって思ってんけどなぁ。でもほら、これも何かの縁かなって。あ、二人の式では友人代表の挨拶させてな! 私ってキューピッド役やんな?」
くそぅ、どいつもこいつも。
多分彼女もグルだろうとは察していたけれど、必要以上にノリノリじゃねぇか。どう考えても映画に必要なさそうなシーンも、このノリで書いたんだな、迷惑なっ!
私の不穏な様子に気付かず、佐々木さんは改めて島について説明してくれた。
この島を佐々木家の三代前の当主がある一族から格安で譲り受けた(つまり、借金のカタだった可能性はかなり高いと思うんだけど、その辺を突っ込むのはヤボだよね)のは本当だそうだ。前の所有者が島を二等分していがみ合っていたのも本当だし、それぞれの家の娘と息子がウッカリ恋に落ちてしまったのも本当。
しかし、その結末は想像していたような悲劇ではなかった。
「それで、ヤケになった男のほうがなりふり構わず屋敷中の使用人に頭下げて、協力してくれって説得して回ったんよ。最後には娘をさらって崖から飛び降りるって両方の親を脅迫までしてな。で、とうとう許されて結婚できたらしいんやけど……」
けれどもその二人、恋愛には大層情熱的ではあったものの事業の才はからきしで、結局島を手放すハメになったらしい。その後の消息は佐々木さんも知らないそうだ。ハッピーエンドとは言えないけど、まぁ、うん。
……さては、船の中ではコガネ先輩が怖がって遮るのを織り込み済みで、わざと意味ありげにボカしてたんだね? うっわぁ、悪いんだぁ。
「それからしばらくして、バルコニーに白いウェディングドレス着た影が出る、っちゅー噂になって。最初はみんな気味悪がってんけど、陰陽師さんに視てもらったら悪いものじゃないって言われたらしいん。そしたら今度はいつの間にか『あの影を見ると幸せな結婚ができる』って伝説までできて。だからこの島勤務志望のメイドさん、結構多いんよ~」
あくまでも別荘地としての島なのに、若いメイドさん達の勤務希望は絶えない。
そんなわけでこのたび、佐々木家はあのお屋敷を「しあわせの結婚式場」としてオープンする事にしたのである。それによって雇用の需要を増やして、皆さんに幸せを還元しようという、まぁ、半分ボランティア的な企画?
お金持ちの考える事ってわかんにゃ~。
「ほんとはなぁ、そのプロモーションも兼ねた映画にって考えてんけど」
それがなんで『ゴシックホラーサスペンスミステリー大正ロマネスクラブストーリー』になってしまったのか! 全然プロモーションできてないよ? むしろ不吉なイメージでマイナスだよ? もしかしてあの試験のせい?
「やー、ちゃうねん。なんかな、ハッタ先輩はゴシックホラーやりたいって言うし、ヒワダ先輩はサスペンスイチオシで、ツグ先輩はミステリー小説マニアだし、ゴトウ先輩は、隠してるつもりみたいやけど大正ロマンものが好きなんよ。そんで、やっぱりラブストーリーははずせんやろ? プロポーズって言ったら!」
「……そだね」
「で、せっかくだからぜ~んぶ叶えてあげたいって思って書いてたら、いつの間にかなぁ」
佐々木さんはアハハ、と照れたように頭をかいた。
「……がんばったんだね」
でも、目的見失っちゃったんだね。いかんよ、着地点だけは間違えちゃ。
「まぁええわ。みんなが楽しめるんが一番」
その「みんな」の中に私も勘定してくれてるのかなぁ……。とは聞けないまま、私はぐったりと座席に身体を預け、目を閉じた。
うたた寝してしていたらしい私は、佐々木さんに肩をゆすられて目を覚ました。うぅん、思ったより疲れてたみたい。主に精神が。
重いまぶたを無理やりこじ開けながら、私は車を降りる。はやく寝たい。もう、今日はお食事いらないからずっと眠っていたい。
「「「「「お待ちいたしておりました、盛沢様」」」」」
ずらりと並んだメイドさん達に丁重にお出迎えされ、よろよろとお屋敷のドアをくぐると、聞き覚えのある声に出迎えられた。
「あ、おかえりぃ」
アレレ? てこてことこちらにやってきたのは、ええと……キノエさん?
そうだ、井戸に落ちて絶賛行方不明中のメイドさんじゃないか。メイド服着てないけど。
「ただいま戻りましたぁ」
対する佐々木さんの言葉も、とてもメイドさんに対する口調ではない。
「あ、盛沢さん、お疲れ~」
キノエさんはひらひらと手を振って気さくに挨拶する。ということは、だ。
「本物のメイドさんじゃ、なかったんですね?」
「あぁ、うん。ワタシ、サークルメンバーなの。言っとくけど、あっちにいたのは執事さん以外みんなメンバーだよ? コガネのやつ、自分が追い出した役者の顔も忘れてるなんてちょームカつくよね!」
執事さんが相変わらず執事さんなものだから、てっきり他のキャストも本物なのかと思ってたのに! ん? じゃぁ、シェフとパティシエのご夫婦がニセモノで妊婦さん設定も嘘だとして、あのお料理は誰が……。
まさか、と執事さんを振り返ると、彼はサラリと何でもない事のように言った。
「私、一時期料理人を目指していた事がございます」
……よもやまさかの万能型執事! どこまでお約束なんだ、恐ろしい!
「それはすごいですね……。演技もとてもお上手でした」
「お恥ずかしながら私、大学の演劇祭で賞をいただいた事があるのでございます」
久々の演技はとても楽しゅうございました、と微笑む彼に隙はなかった。この分だと各種格闘技やら護身術やら、全部免許皆伝に違いない。
……さっき、車の中で感情に任せて佐々木さんに頭突き喰らわせなくてよかったぁ。