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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
111/180

八月の脇役 その十八

 阿刀先輩が立ち去ると、光山君は私の手を引いてベッドに近付いた。

 え、ちょっと? いや、もちろんいかがわしい目的じゃないというのは空気でわかるんだけれども、それでもそういう家具に近づくのはどうかと思うな。さっきの今っていうか、改めて意識したばっかりで、ってひぃぃぃ、なに言ってんだわたしっ。(じたばた)


 私は彼の手を振り払って、部屋のドアに張り付いた。そうだよ、年頃の男女が狭い部屋で二人きりになるなんていけませんよ。我が家の教育は古風なんだよ、悪いかっ!

「はっ、話ならここで聞くからっ!」

 光山君はそんな私に苦笑して、ベッド脇のチェストの後ろに手をのばした。すると、なんとゆーことでしょー(棒読み)、暖炉の下に階段が現れたではありませんか! ここはビックリハウスかっ!


「ここでゆっくりしていたいのはオレも同じなんだけど、向こうで待ってる人がいるからね。行こう」

「……それって、今までの『被害者』の皆さま?」

「そう。ハッタ先輩とツグミ先輩」

 じゃぁ、あの爆発炎上した橋に、二人は元々いなかったんだなぁ。あぁ、ちょっとでも心配して損した。


「ねぇ、私の試験だったんでしょう? なんでお芝居は終わりじゃないの?」

 私はわざと、聞き分け悪くドアにしがみついたまま光山君をにらみつけた。

 困らせてやる、絶対困らせてやるぞ~。そして私が便利で都合のいい子なんかじゃないと思い知らせてやるんだからっ。

 とにかく、もうちょっと説明してくれなきゃ動かないんだからね! でもフォレンディアには行かない。そんな気分じゃないもん。今、ここで、限られた時間で私を説得してみせるがいい!


 光山君は私に叩かれた方の頬をそっと撫で、言い辛そうに視線を逸らした。なに、私がまた殴りたくなるような事?

「気を悪くしないでほしいんだけど、キミの試験はメインじゃないんだ」

「ほぅ」

 ここまで酷い目にあわせておいてオマケと抜かしやがるか! 私はぎゅっと拳を握って続きを促した。


「色々事情が入り組んでるらしくてね。タテマエとしては、これは映研の自主制作映画なんだよね。屋敷中に設置されてる隠しカメラの映像とゴトウ先輩の隠し撮りを組み合わせて、B級テイストに仕上げたいんだって」

「へぇ」

「ところがその真の目的は、コガネ先輩に対するドッキリというか……。台本を見る限り、嫌がらせに近いものを感じたけど。まぁ、彼女を怖がらせるだけ怖がらせて、そのどさくさに紛れて監督がプロポーズする、という作戦?」

「……は?」

 理解を超える説明に、私は怒りも忘れて、思わずこてん、と首をかしげた。


「ぷろぽおず?」

「うん」

「え、殺人事件もどきとホラーで? しかもドッキリ?」

「……脚本書いた佐々木さんいわく、『ゴシックホラーサスペンスミステリー大正ロマネスクラブストーリー』らしいよ?」

「らぶ?」

「らぶ」


 光山君は真面目な顔で頷いた。

 いやいや、そんな真顔で繰り返さないでよ、恥ずかしい。ここはスルーするか突っ込むかでお願いしたかったのに。


「え、どのへんがラブなの?」

 監督がやたらコガネ先輩を甘やかしてイチャイチャしてるとこか?

「それは、このあとのシーン、かなぁ」

 困ったような顔で「とにかく、行こう」と促す光山君にウッカリ毒気をぬかれ、気が付くと私は彼と一緒に謎の隠し階段へと足を踏み入れていた。


「おー、おつかれー。って、なにその顔っ」

 地下に作られた秘密の小部屋(元の持ち主の趣味室、らしい。ざっと見ただけでカウンターバーにビリヤード台、ルーレットなんかが置いてある。贅沢ぅ)で私達を出迎えてくれたはっちゃん先輩は、光山君の顔を見て飛び上がった。


「見事に紅葉じゃね? どーすんの、犯人役が紅葉とか!」

 とりあえず氷、氷っ、と駆け出すはっちゃん先輩。

 その紅葉の作成者は私ですが、私が悪いのではアリマセン。悪しからず。


「盛沢さん、おつかれさまですぅ」

 ツグ先輩が、あの青白い顔はなんだったのかと問い詰めたくなるほど通常運転で出迎えてくれた。

 いや、今はもうわかってるんだけどね。毒を盛られたのは演技で、あの顔色ははっちゃん先輩による即席メイクだったって。どうりで最初にうずくまった時に二人してむこう向いてたわけだ。うまく隠して寒色系のカラーパウダーはたいたんですよねっ!


「ツグー、タオル用意してー」

「はぁい」

 はっちゃん先輩がバタバタと戻ってきて、手際よく氷を砕き、即席の氷嚢を作る。うぐぐ、私は悪くない、悪くないんだけどなんかすみませんっ!


「まったく。んで、どーしてそうなったワケ?」

「……オレの自業自得です」

 光山君は氷嚢を当てながら曖昧に微笑んだ。そうだよ、自業自得だよっ! まぁ、わかってたからこそ甘んじて殴られて、魔法で治そうともせずにいたんだろうけど。


「……もしかしてぇ、盛沢さんって今回の真相は、説明されてなかったんですかぁ?」

 ツグ先輩がおっとりと、しかし鋭い事を言った。

 そう、そうなんだよ。知らなかったんだよ、私が肝心な「幽霊役」だったなんてな! 驚きのあまり、さっきは階段から転がり落ちるかと思ったわ!


 私が頷くと、ツグ先輩は「なるほどぉ」と手を打ち鳴らした。

「ゲスト出演なのに演技がうまいなぁって思ってたんですよぅ。気丈な中にも見え隠れする不安の表情とかぁ。困ったようにきゅぅっと眉を寄せる表情なんて、すごくイイって評判でしたからぁ」

 ……褒められてるのに嬉しくにゃー。


「あー、真相を知らなかったワケ? んじゃ、まぁ、怒るのも仕方ないか? でもさぁ、よりによって顔って……。しかもどんな強さでひっぱたいたんだよ……」

 せっかくの客寄せパンダが~、真犯人役が肝心な部分で顔腫らすとかナイダロー、とはっちゃん先輩の嘆きは続く。


 光山君の役割。それは「真の復讐者」である。例のホラーもどきのお話の、心中の片割れ。あの次男筋の家の子孫であり、なおかつ悠之輔さんに半分ほど意識を乗っ取られている、とゆー……。

 なんで次男筋の家人が長男筋の屋敷でふくしぅに精を出しているのかと言うと、島ごとぶんどった佐々木家に対する逆恨みなのだ。


 で、私の役どころはと言うと、玉緒さんの幽霊で、実は光山君とコガネ先輩にしか見えていなかったオチになるらしい。

 玉緒さんは、悠之輔さんを心配してなんとか止めようとして出てきたんだけど、力が弱くてうまく行かない。目の前で起こる悲劇の連鎖を歯がゆく思いながら見守るのだ。困り顔ばかりピックアップされて褒められたのはこの事に起因するんだろうなぁ。


 先ほどの阿刀先輩の「彼女の存在はこのまま『消える』」云々ってのはつまり、これからコガネ先輩以外の皆さんは私に関する記憶を無くしたように振舞って、元々「盛沢 久実」なる人物は来ていなかったと言い張る予定、って事なのだ。

 コガネ先輩はますます混乱するに違いないね。さぞや恐怖に顔を引きつらせるだろうよ。


「……ちょっとわからないんですけど、どうしてコガネ先輩をそこまで怖がらせる必要があるんですか? プロポーズ、なんでしょう?」

 ドッキリにしてもちょっとタチ悪いんじゃないですかね?


「監督はですねぇ。コガネさんにプロポーズするの、これで5回目なんですよぅ」

 ツグ先輩は、私にアイスティーを入れてくれた。……氷嚢用に砕いた氷ですよね、これ。や、文句なんてないんですけど。


「ストレートに『結婚してくれ』でフラれ、ロマンチックな演出でフラれ、家の前で恥も外聞もなく取りすがって見せたら殴られ、コガネの友達買収して協力させようとしたのがバレて踏まれ……、ってカンジで、ネタが尽きたワケ」

 はっちゃん先輩は「笑えるっしょ?」と言いながら実際笑っているんだけど、笑えないよ! そこまでフラれたならおとなしく身を引こうよ。悪いけどそんなにあきらめ悪いとストーカーみたいだよ、特に3回目以降。


「それでぇ、もう、いっそのこと恐怖と混乱のうちに無理やり頷かせてしまおうということになってぇ」

「吊橋効果も期待できるかもしれないっしょ?」

 映研のお二人はニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべている。あぁ、はいはい、スタッフの皆様にとってはコガネ先輩に対する復讐も込みなんですね。


「まぁ、あの二人の間には、簡単に頷けない理由がありますからねぇ」

「あー、うん。ロミジュリ的な?」

「ロミオとジュリエットとは、また違いますよぅ。おうちの人が反対してるわけじゃないですしぃ」

 ふむ、それならどうして?


「えっとですねぇ、監督の名前は『河合想』っていうんです」

「かわい、そう……」

 そいつぁわかりやすく可哀想だ。

「んで、コガネは『金持黄金』っつーの。わかる? コガネムシの歌」

 おおぅ。金蔵建ててから家を建てた虫さんですね。子供の頃は苦労してそうな名前だなぁ。あの過剰防衛系の性格からして、絶対嫌な目にあっていたに違いない。可哀想。


 あー、つまり、二人とも結婚によって苗字を変えたいのに、この組み合わせではどちらかが現状維持になってしまうわけですな。……悩ましい。


「監督は『婿養子にしてくれ』ってゴリ押ししてるワケ。だからコガネは毎回突っ撥ねてんの。方法が悪いわけじゃないんだよね」

 でも、面白いから教えてやらないんだ? ……この人達、監督に対しても思うところがあると見た。


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