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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
110/180

八月の脇役 その十七

「まったく、迷惑な話だ。よりによってこの俺が『見極め役』を仰せ付かるとは」

 助監督、改め阿刀先輩は心底うんざりとでも言いたげにため息をついた。

「うちの母が余計な事を言い出したせいとはいえ、叔母様も気が早い。まだ二人とも学生だというのに」

「……すみません」

「まぁ、ひとまずこれで、盛沢君はお前の花嫁候補として正式に認められることになる。よかったな、海人」

「彼女にはまだ、そこまでの覚悟はないと思うんですけどね」


 とりあえずもうちょっと情報を集めるまで二人のやり取りを黙って聞いていようと思ってたんだけど、今、すっごく聞き捨てならない単語が出てきた気がするよ? これは突っ込むべきところだね? そうだ、そうに違いない。

 久実、いっきま~す!(混乱中)

「はなよめこうほっ?」

 あ、声が裏返った。


「あぁ、合格した以上は説明したほうがいいな。盛沢君。知ってのとおり、光山家はそれなりに格式のある家だ。当然しがらみも多い。人の上に立つ者にはそれなりの忍耐を強いられるというのは理解できるな? 無論、その家族もしかりだ」

「それは、まぁ」

 私が曖昧な表情で頷くのを確認すると、阿刀先輩は眉間に皺を寄せつつ腕を組んだ。


「故に、次期当主の妻となる者には試験が課せられる事になっている。かつては家柄、容姿、礼儀作法、教養レベル、料理の腕前まで細かく審査されたものだが、最近は簡略化しているのでそのあたりのハードルは下がったと思っていい。オムレツが作れないくらいなら、減点対象ではあるがそれほど大きな失点ではない」

「はぁ……」


 あれ、今うっすらと「てめーにゃそこまで期待してねーよ」って言われたような気がしたんだけど勘違いなのかな? かな~?

 そしてこの一族にとってオムレツってそんなに大事なんか? 言っとくけど、他のお料理はふつーにできるんだからねっ! あ、いや別に、是が非でも光山君と結婚したいとかいうわけではこれっぽっちもないんだけど名誉のために。


「それでも最低限の素行調査はあるんだが、幸いな事に君はクリアしている。多少の噂もあったようだが潔白のようだしな。そこで、最終試験として『忍耐力』を試してくるように、とお達しがあったんだ」

「忍耐力……?」

「光山家の当主の妻ともあろうものが、簡単に取り乱したりヒステリーを起こすような人間では困るからな。君はまぁ、今回の異常な状況下でよく耐えたのではないか? 本当であれば、あと2つ程事件が起こるまでは伏せておきたかったのだが……肝心の探偵役がアレでは仕方がない。台本を書き換える必要がある」


 えーと、ええと。落ち着け私。ちょっと状況を整理しよう。

 光山君とこの先輩は従兄弟同士で、先輩は何かの見極め役で、その何かってーのは私が光山君のお嫁さんに相応しいかどうかの試験で、私は迂闊にもそれに合格してしまった、と? この二日間の理不尽なできごとに見事耐え切っちゃったから?

 え、なんで私の意思とかそういうものは丸無視されてそんな事になってんの? あと、探偵役、とか台本書き換えの話に至っては、意味わかんない! 試験とやらは終わったんだよねぇ?


「ちょっと待ってください。そもそも私と光山君が結婚するなんてお話、寝耳に水なんですけど」

 出た声は、私にしてはとても低かったと思う。光山君がひくり、と肩を震わせた。よしよし、私が怒っているだろうという予想くらいはできてたわけね。うふふ。


 一方、先輩はま~ったく悪びれずに胸を張った。

「しかし伯母様の話によれば、今まで海人がなんとなく流されて付き合っていた恋人達とは扱いが違うし、君の母親とも交流があるそうじゃないか。二人は真剣に将来を考えているらしい、と嬉しそうになさっていたぞ? だから、式場の下見を兼ねてここで試験をしてくるように、とおじい様が……」

「兄さん、ですからっ……」


 光山君が珍しく焦ったように声を出したのと、私が先輩の鳩尾に拳をめり込ませたのはほぼ同時だった。

 先輩は「ごふっ」と声をもらし、そのままげほげほと咳き込み始める。うまく入ったな。命に関わらず、なおかつ苦しみそうな場所を狙ってよかった。

 さてと、次だ。


 私がにっこり笑って振り向くと、光山君は観念したような顔で両手をあげて立っていた。いわゆるホールドアップ。おとなしく殴られようって意思表示と受け取らせてもらおう。

「つまり私は、あんた達のよくわかんない都合でここ二日ほど理不尽な目にあわされてきたってわけね? 私の意思を全く無視して、結婚とかなんとか……」

「……今回ばかりは、本当に悪かったと思ってるよ」

「っ! 喰らえぇっ!」

 私は大きく右手を振りかぶって、光山君の頬に平手をお見舞いした。

 ばっち~~ん、といい音が響いて、光山君が(あの光山君が!)ふらりとよろける。私の手だって無事ではなかったが、ざまぁみろ、だ! あぁ、すっきりした。


 ……ほんとはこんな事したくなかったんだよ? だって私、暴力嫌いだし。いや、ほんとほんと。

 そりゃ、想像の中ではちょくちょく殴ったり蹴ったりしてるけどさ。2回ほど、身体の上で気絶してる人を蹴り落としたりもしたけどさ。でも、こう、積極的かつ意図的な暴力はやっぱり得意ではないとゆーか。(あ、だから私、魔女っ娘に選ばれなかったんだろーか)


 それというのも、子供の頃、私が平均的な女の子と比べて「ちょっとだけ」力持ちさんであると知った父から散々言い聞かされたからである。「その気がなくても、当たり所が悪ければ人は簡単に死んでしまうんだぞ」と。「だから、腹が立ったらまずは他の方法がないか考えて行動しなさい」と刷り込まれてきたわけだ。


 しかし!

 やってやった。とうとうやってやったぞ、私は! これで先輩が逆切れして「やはり不合格!」とか言い出してくれたら本望だ。

 もーいい。もーやだ。なんだよこいつら。人をなんだと思ってんだ! もーもーもー、腹が立つっ! 手だってひりひりするしっ!


「ひっ、人を馬鹿にするのもいい加減にしてっ。恋人だとか婚約者だとかもうヤだ!」

「ごめん」

「いっつもいっつも自分の都合ばっかり押し付けてっ! そりゃ、私は便利かもしれないけどっ……!」


 怒りで目の前が真っ赤になる、というのはこういう状態を言うのではなかろうか。あんまり腹が立って、涙までこみ上げて言葉がうまく出てこない。

 違うぞ、断じてこれは泣いてるんじゃない。怒ってるんだ。だから慰めようとすんなあああああああ! 抱き寄せんなあっ!(きいいいいい)


「ごめん。オレが勝手だったね。でも……」

 彼はぎゅーっと私を抱きしめて(さりげなく右手を押さえられたのは、2発目を警戒しての事だろーか)繰り返し「ごめんね」と謝った。

「でも、君との将来をオレが望んでるのは本当なんだ。それさえも、許せない?」


 許せない決まってんだろうがっ! とはさすがに言えずに私は口をぱくぱくさせた。く、くそう、こんな時にちょっとときめいた私の乙女心のバカバカバカ!

 ここでキッパリと「迷惑です!」と言えるほどコイツを嫌えないのは何でなんだ。ここまでコケにされてなおぐらりと揺らぐなんて、私はほんとにどうかしてるんじゃないか? プライドないんか? それとも彼のチート能力(対女の子用)にでも毒されてんのか?


 不完全燃焼の怒りをもてあまして、私は拳を握ったり開いたり。やがてだんだん頭が冷えてくると、今度は羞恥心で身体が固まった。

 そこへ止めを刺すように、こほん、とわざとらしい咳払いが聞こえた。

「……まぁ、あくまでも俺は見極め役だから、あとはどうなろうとお前達の勝手だが、そういう事は全て終わってから、二人きりのときにしてくれ。次の『事件』まで、時間が押している」


 ぎゃあああ、そういえば思いっきり人前だった! うわああん、ちくしょー。光山君のばか、あほ、人でなしっ!(じたばた)

 比較的自由なほうの左手を振り回して光山君の身体をべしべしと叩くと、彼は一つ深呼吸して私を解放した。その頬には見事に真っ赤な手形が残っている。あ、うっすら腫れてるかも?


「兄さん、少し二人きりで話す時間がほしいんですけど。彼女を送って来るので、少し誤魔化しておいてください」

「いいだろう。どうせ彼女の存在はこのまま『消える』からな」

 先輩はアッサリと許可を出した。


「盛沢君! 本意ではなかったとはいえ、女性に酷な事をしたとは思っている。だから今回の事は不問にしよう。くれぐれも、早まった結論は出さないように願っている。一族を、代表して」

 不問にしようとか、ちょー偉そうなのはどういうことだ。跪いて許しを請えとは言わんが、もう少し殊勝な態度で謝ってもいいシーンじゃない?

 やっぱりこの人、好きになれないなぁ。でも、これ以上一緒の空間にいてもストレス溜まるだけだし、もういいや。あとは光山君に償ってもらおう。


 私は渋々「はい」と返事をして目を逸らした。


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