8月の脇役そのいち
8月。蝉がうるさくて憂鬱だが、学校が無い。
この開放感は何にも勝るので、何年も土の中で過ごして地上では一週間で終わる命の叫びにも寛容になれる。だって学校に行かなくて良いんだもの。
学校に行かなくて良いということは、家から出なくても良いということで、ということは会長の愚痴を聞かされないし、5人戦隊が突然挙動不審になって走り出した理由を説明しなくても良いし、最近あからさまに増えた不審者も女王親衛隊の結界のお蔭で敷地内には入って来れなくて安心だし、本当はこれっぽっちも興味の無い他人の恋愛の行方について相談されたりもしないし、当て馬にされる心配も無いのだ。
あぁ! 夏休み!
なんて浮かれながら本を読んで転がっていたらメールがきた。
Frm:光山 海人
Sb:ちょっといいかな?
相談したい事があるんだ。
今から図書館で会えない?
……はい、ナメられてますよね。どうせお前なんか友達も彼氏もいないんだし家で暇そうに転がってるんだろうと言われてますよね? お察しの通りなんだけどね?
ついでに両親は私を置いて旅行に行っちゃってるけどね? でもわたしさびしくないもの! おうちからでたくないんだもの! (は、幼児退行していた)
とにかく、年頃の女の子に突然呼び出しのメールとか、絶対私を馬鹿にしてると思うんだ。こんな不条理な呼び出しに応じてたまるものか。
To:光山 海人
Sb:Re:ちょっといいかな?
今、人が来てるから…。
メールじゃだめですか?
ぽちっと。え、嘘じゃないよ。我が家は私と父が散らかし屋なので、母がキレて、以来週に一回家政婦さんをお願いしてお掃除に来てもらってるのだ。まぁ、彼女は鍵も持ってるので、勝手に施錠して帰ってくれるんだけどね。
どうだ! この、何一つ嘘をつかずに「無理そうだ」と勝手に想像させるメール。
ちなみに、タイトルが「Re」なのはわざとだ。
以前見た番組で、「狙った男の子にメールするときには、メールごとにタイトルを付け直す事☆ こうする事で、あなたに気があるのよってアピールできちゃうゾ☆」とかほざいていたためである。その逆の効果を狙っている。
できればフェードアウトしたいんだゾ☆ みたいな。
Frm:光山 海人
Sb:できれば直接。
メールだとちょっと。
じゃぁ、家に行っていい?
なにが「じゃぁ」だコラぁ! お前、ちょっとモテるからってあんま調子のるんじゃねーぞ。呼び出しよりなお性質が悪いわ!
あー、もう、メールに気付かなかった事にして無視すればよかった。馬鹿だ、私。旅行に行ってる事にすればよかった。しかし、家か図書館かの二択なら……。
To:光山 海人
Sb:Re:できれば直接。
2時になったら出られます。
2時半に図書館で。
緑公園の図書館ですよね?
くっそー、負けた。送ってから気が付いたけど、絶対今、いいように操られた。
確か心理トリックでこんなのあったね、「すごく無理」なお願いをして、断られてから「ちょっと無理」なお願いをすると、最初に断った罪悪感で二つ目を了承してもらいやすい、っていうの。あぁ、やられた、負けた。
8月の午後2時半というのは、一番暑い時間なのではないか、と気が付いたのは家を出て5分程歩いた頃だった。
日傘は大した慰めにならず、アスファルトが照り返した熱は容赦なく私を茹だらせる。私の馬鹿馬鹿馬鹿まぬけ、何で夕方にしなかったのさぁ、と自分一人でケンカしながら公園への道をたどった。
蝉は親の敵のように鳴き続ける。熱でゆがんだアスファルトの上に陽炎が見えた。
あぁ……夏休み。