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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
109/180

八月の脇役 その十六

「なんにせよ、この本はかなりのヒントになるに違いないな」

 助監督が監督から本を受け取って(てゆーか取り上げて)調べ始めた。本には付箋が貼ってあるようで、彼はパラパラと、そのページをめくっては頷いている。


「『3人の賢い男』か。我々のうち3人を船か何かで片付けるつもりだったのか?」

 3人の賢い男云々っていうのはよく覚えてないんだけど、おわんの船で3人の男の人が旅に出てそのまま沈んじゃうっていうのがあった気がする。しかしこの状況で3人だけを船に乗せるというシチュエーションが全く思いつかないなぁ。

 ってゆーか、賢い男って。たぶん自分も数に入れて「賢い」って。ぷぷっ。(と意地悪言ってみる)


「『てんとうむしてんとうむし』『ねんねんころり』……それにしても、物騒な詩ばかり載った本だな」

 てんとうむし? わっかんないなぁ。ねんねんころりは知ってる。赤ちゃんが木の枝のゆりかごで眠ってるという微笑ましい描写から、いきなり「風がふいたら赤ちゃんごとおちちゃうネ!」という、とんでもない帰結をするんだよね。心臓に悪いわ!

 で、今度はどんな目的でこの本を出してきたのかねぇ、真犯人さんは。


「つまり、計画ではあと5人消す予定だったというわけだ。船の事故で3人、火事で1人、転落事故で1人。……もっと早く気付いていれば、今朝の事も防げただろうにな」

 ふぅ、と疲れたようにため息をつき、彼は本を閉じた。

「な、なによ、私のせいだっての?」

 責められたと感じたのか、コガネ先輩が顔を真っ赤にして喰って掛かる。


「しょうがないじゃない。まだ全部読んでなかったのよ! 大体あんたがちゃんと見張っておかないからツグがあんな事になったんじゃない! そうよ、メイドさんの時だってゴトウ君とヒワダ君がちゃんと見張ってなかったせいでしょっ!」

 ありゃりゃ、ヒステリー起こしちゃった……。そりゃ、今の言い方じゃまるで「お前がもっと早くこれを出していれば」って聞こえたからね。その通りなんだけど。特に、私を疑ってたなら尚更だよね。

 なんでさっさと出さなかったの? やっぱり、最後に名探偵役したかったから?


「まさか、こんな連続で起こるなんて思わなかったのよ! なんなのよ、もう!」

 う~ん、コガネ先輩の異常な攻撃性は精神の脆さの裏返しなのかもしれんなぁ。防衛本能というか……。過剰防衛というか……。何かトラウマでも抱えてるんじゃなかろーか。


「もうイヤ! 耐えられない! その子、迎えの人が来るまで逃げられないところに閉じ込めちゃってよ!」

 ひとしきりわめくと、コガネ先輩はしゃがみ込んでわっと泣き出した。いやいや、泣きたいのはむしろこっちなんだけど。なまじ理性とプライドがあるからそういう行動にうつれないんだよなぁ。損してるよなぁ。

 まぁ、ごく普通の生活を送っていた女子大生にとっては、非日常極まりない話だからな。ストレスに耐えられなくなったんだろうよ。

 私はなんだかんだ言って耐性があるからね。ぜんっぜんありがたくないけど!


「証拠が捏造されたものだとは考えないんですか? 私を陥れようとしている誰かがいるとか」

「確かに、怪しすぎる人間は逆に無実だったってのが、探偵モノのセオリーっスよね」

 おおっ、ゴトウ先輩いい事言った! いいぞもっとやれ!

「そうそう! どうせならもっとうまくやりますよ、私! アリバイは抜かりなく作りますよ!」

「……あぁ、実はそういうキャラなんだ」

 はっ、しまった! 余計な事言っちゃった? 今、ゴトウ先輩の私に対する好感度がにゅるっと下がったような気が……。


「もちろんここまで芝居がかった事件ではその可能性も十分あるが、かといって明らかに疑わしい者を野放しにするのはナンセンスだ。盛沢君が第一容疑者である事は変わらない」

 うわぁ、この人「疑わしきはとりあえず吊るしちまえ」って考え方なのか! ダメだよ、そんな短絡的な考え方じゃ。

 まぁ、推理ごっこのゲームなんかでは私もそういうプレイが好きだけどさぁ。やられる前にやっちまえ、みたいな?(だってまどろっこしい事キライなんだもん。どうせ容疑者を次々に消していけばいつかは犯人に当たるじゃないか)


「仕方ない。とりあえず盛沢君を隔離する事にしよう。海人、一緒に来てくれ」

「……はい」

 とゆーわけで、可哀想な私はとうとう、軟禁どころか監禁される事になったのでした。くっそー……。


 連れて来られたのはこれまた「ここはどこっ?」と言いたくなるような場所だった。

 さっきも思ったけど、助監督はなんでこんなにこの屋敷に詳しいの? 昨夜、夕食前に光山君と隅々まで探索していたそうだけど、それにしたって詳しすぎないか?


 現在私達がいるのは、塔のような建物の最上階の小部屋。こんな塔、正面から見たときには気が付かなかったなぁ。この建物は一体どうなってるんだ!

 部屋にはおあつらえ向きに古びた家具が置いてあって、こんな状況でなければ捕らわれのお姫様ごっことかやりたいくらいだ。うふふ、早く助けに来て王子様。姫はここです~。(現実逃避)


「この部屋なら窓からの出入りは不可能だ。ドアの外で俺と海人が見張っていよう」

 唯一ある窓から下をのぞけば、断崖絶壁一直線。……うわぁ、身の危険を感じる。これはとうとう「真犯人に消されるフラグ」なのだろーか。

「あの、ドアは開けっ放しで見張っててくださいね? ほんと、それだけはお願いします」


 もはやこの際、プライバシーがどうこう言ってる場合じゃないよね。

 パターン通りなら、密室になった途端、私は隠れていた真犯人に窓からポイっとされるんだ。そして真犯人はドアの後ろかなんかに隠れていて、間抜けな探偵連中が部屋に踏み込んだのを見計らい、さも「自分も今駆けつけた」みたいな顔して紛れ込むに違いないんだ。

 いやだー、そんなの! なんか悔しいもん。


「コガネ、少し休もう。もう大丈夫だ、犯人は捕まえたんだし、我々がついている」

「ソウ……。私、私、帰りたいっ」

「大丈夫、大丈夫だよコガネ」

 悲壮な覚悟で閉じ込められる私を置いて、監督とコガネ先輩はいちゃつきながら去っていった。ゴトウ先輩とヒワダ先輩がそれに続く。最後に振り向いて手を振ってくれたのがせめてもの救い、かな……。


 先輩達の足音が聞こえなくなった頃、助監督がおもむろに立ち上がって言った。

「……行ったか?」

「はい。もう大丈夫です」

 ……んん?

「予定より早かったが仕方がない。これ以上アレに喚かれるとうるさいからな。いいぞ、海人」

「はい、兄さん」


 ………………?

 あ、あれ、わたし今、耳がおかしくなった? それとも頭か、頭が悪いのかっ?(ぶんぶん)

「お疲れさま。よくがんばったね、久実」

 ……アレぇ?

「……え?」

 え、ちょっとまって? え、え、なに? 兄さん? にいさん? にいさんっ! 助監督が、お兄さん? に、にてねぇ~! いや、似てるか? 綺麗な顔っていう共通点はあるけど、系統が違うってゆーか、あれれー?


「きょ、兄弟?」

「いや、実際は従兄弟なんだ。改めて紹介するよ、こちらは阿刀 陸。父の姉の息子にあたるんだ。子供の頃から頭が上がらなくてね……。兄さん、こちらが盛沢 久実。オレの恋人です」

 またしても恋人呼ばわりとかっ! ってゆーか兄さんとか紛らわしいし! この一族、陸、海と来たら次は空がいるのか?

 あぁもぉ、言いたい事はいっぱいあるのに思考に言葉がついてこないいいいいい!


「ふん。光山家の嫁として迎えるにはまだ不足だと思うがな。図太さだけは買ってやろう」

「兄さん。オレの気持ちは先日言った通りですから。それに彼女はちゃんと合格したでしょう? いい加減、いじめるのはやめてあげてください」

「お前ならもっといい縁談がいくらでも来るだろうに……」


 ……このひとたち、いったいなんのはなししてるの?

 頭の上で交わされる謎の会話に、私はなかなか追いつけずにぽかんと立ち尽くしていた。


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