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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
108/180

八月の脇役 その十五

「私が違和感を感じたのはメイドさんが失踪した時よ」

 お~、なりきってるなりきってる。「なんちゃらに違和感をなんとかかんとか」系言い回しはやっぱりお約束だよね。

 そして「じゃぁ違和感を覚えるたびにとりあえず指摘しておけばその先の犯行は防げたかもしれないのに」なんて突っ込みしちゃいけないのも不文律だよね。


「あの時夕食に遅れてきたでしょう? アレ? って思ったのよねぇ」

 コガネ先輩はふふん、と意地悪く笑って私を見た。……なんちゅーか、小学生のいじめっ子かっつーの。

「あなた、確か船では随分カナッペつまんでたわよね? そういう子が夕食に遅れるなんておかしいでしょう! 部屋は2階だし、やろうとおもえばベランダから出入りできたはずよ」


 い、意地汚いって言外に認定されたああああああ!

 違うんだ、がっついてたわけでは決して! ただ、ちょっともやっとしていた気分を紛らわせようと思って……。いやいや、もやっとしていたといっても別に光山君と佐々木さんの意外な親密さに嫉妬したとかいうわけではなくてですね、こう、……あーもー何を言い訳したいんだ私は!


「え、で、でも、それは『私が戻るまで部屋から出るんじゃないわよ』ってコガネ先輩がおっしゃったから、出ちゃダメなのかなって」

「でも、結局私が戻らなかったのに出てきたじゃないの! ということは、『何かをしていて、それが終わったから出てきた』って考えるほうが自然だわ」

 どこが自然かっ! 理不尽にもほどがあるよ、なんなんだよこの言いがかり。自分こそ私のことすっかり忘れてとっとと着席してたくせにっ。


「そして、例の井戸の近くの靴跡。女性用だったそうじゃない!」

 なにいいい! いつの間にそんなところまでチェックしてたんだ。誰だ、余計な入れ知恵したのっ。えーっと、井戸に行ったとき一緒にいたのは確か……。


「ぁ」

 ヒワダ先輩が小さな声で、ガラスの向こう側を指差した。あぁ、橋が。ここまで聞こえてるはずもないのに、燃えて落ちてゆく音が聞こえるような気がした。

 ……ねぇ、ほんと、これは全部趣味の悪い冗談なんだよねぇ? これが終わったらみんな笑って戻ってくる、よね? 頼むよほんと。

「ね、ねぇ、そういえばまだあの子達に連絡つかないの?」

 思い出したように振り返ったコガネ先輩が、不安そうな声で助監督に尋ねると、彼は「いや……」と首を振った。


「女の子から被害者になっていくなんて、昨日の執事さんの話みたいだな~」

「やめてっ! あんなの迷信よっ! バカじゃないの? そんなんだから彼女に二股かけられて貢がされたあげくに捨てられんのよ、だらしないっ」

 ポツリと、多分独り言のつもりで呟いたヒワダ先輩にこれでもかと食って掛かるあたり、彼女も仲間が心配で冷静ではいられないんだろうなぁ、たぶん。ただ単に怪談系が怖いだけかもしれないけど。

 しかし、毎度毎度そこまで言わんでも。しゅんとしちゃったじゃないか、可哀想に。(そして内容もすごく可哀想だ。どんまい!)


「とにかく、これは人間による犯行に違いないの。だってメールを使う幽霊なんているわけないでしょっ?」

 あー、まぁ、そのへんは私も同意したいところだなぁ。

 でも最近の幽霊事情はもしかするとすごくサイバーチックになってるかもしれない。いや、そういう感じのSF、よくあるじゃないか。


「……ふぅ。ここからが本題。あなたの携帯に届いたメールだけどね。あれはただのイタズラじゃなくて、意味のあるものだったの。あれは……」

 ご、ごくりっ。更にあのメールに「私に対する嫌がらせ」以外の意味を感じ取ったというのか、コガネ先輩。だとしたら、なかなかの名探偵っぷりじゃぁないか? これで真犯人間違えてなきゃなぁ……。


「あれはね、マザーグースっていうものなのよ!」

 は?

「……や、それは私が既に皆さんに伝えましたから」

「ええっ? え、あ、あぁ、そう。そうよね、これくらい知ってて当然よねっ」

 あからさまに動揺しつつ落ち込む彼女に、監督が「すごいぞコガネ! 私は知らなかった。そうか、あれがそうだったのか!」と励ましのエールを送る。

 あんた、そうやってこの人をダメな方向に育ててきたんだな……。


「まぁ、犯人が知ってるのは当然だし。バラしたのにも理由があるんでしょ。そっ、そもそもあなたに言ってるわけじゃないし! 黙ってなさい」

 え、えー? 今の今まで私に話しかけてたくせに?

「じゃぁみんな、この『ロンドン橋』もマザーグースだって知ってた?」

 へぇ~、とヒワダ先輩が感心したような声をあげる。

 さっきあんなになじられて落ち込んでたのに、もうケロっとしている姿に感動さえ覚えるんだけど、今は「お前どっちの味方だ」と突っ込みたい。(まぁ、彼はいかにも中立と言うか、何考えてるのかわかんないんだよなぁ)


「そっか、これもなんだ? つーかおれ、マザーグースってよくわかってないんだけど、結局なんなの?」

「マザーグースっていうのはイギリスのわらべ歌みたいなものよ。子供向けの詩集みたいな? キラキラ星だってマザーグースなのよ」


 おおー! コガネ先輩のくせに基本は押さえてるんだ。偉い偉い、と思ったら彼女は文庫サイズの本を取り出した。

 ページのあちこちに付箋シールが貼ってあるみたいで、色々はみ出している。もしかしてあの本はマザーグースで、一夜漬けでお勉強したのだろうか。ここはその努力に敬意を表するべきか、怪しいタイミングで怪しい本が出てきたことを「素直に」いぶかしむべきか。


「みんなの証言を集めた私は、やっぱりあなたが犯人だと確信したってわけ。だから昨日あなたがお風呂に入ってる間にこっそり荷物をチェックしたの。そうしたらこんなものが出てきたわ!」

「私の荷物から?」

 プライバシーとかそういう問題はさておき、はてさて、見たことのない装丁だぞ?


 ちょっと見せてください、と手を伸ばすと彼女は大げさに後ずさって、ついでに本を高く掲げてしまった。きぃぃ、私より背が高いからって! ええい、この、このっ!(ぴょこぴょこ)

「みせてくださいっ」

「だめよっ、これは証拠なんだから! ソウ!」

「まかせてくれ」


 監督はさっと本を受け取って、調べ始めた。証拠だって言うんなら指紋とか気にしたらどうですか~? どうせあんた達のでベッタベタだろうけど。

 あ、あれっ、それより本に指紋を偽造するのって可能なんだっけ? 表紙くらいなら割と簡単にできそうだなぁ。やだなぁ。


 監督は付箋のついたページをぺらぺらとめくり、ふむ、と頷いた。

「なるほど。読んでみると、一応なぞらえてあるな」

「そうなの! その『誰がコマドリ殺したの』なんて、佐々木さんの事件そのものでしょ。盛沢さん、あなたの部屋のレリーフ、スズメよね?」


 うわぁ、とうとうバレたよ。そっかぁ、この人こう見えて私の知らないところでちゃんと探偵ごっこやろうとしてたんだなあ。

 まさかアレに気付かれるとは。ち、面倒な。こうなったらいっそのこと……って、あぶない! 今、犯人みたいな思考になってた。いやいやほんとあぶないよ、ここはお誂え向けに崖とかあるんだしさ。これが2時間ドラマだったら、私はそこで聞かれてもいない過去の全てをぶちまけて飛び降りるしかなくなっちゃうじゃないか。いかんいかん。


「あれはスズメ……、なんでしょうか? かわいい鳥が木にとまってるなぁとは思ってましたけど」

「スズメよ。でなきゃ矛盾するじゃない。そして佐々木さんの部屋はたぶんコマドリだったのよ! これでつじつまが合うわ」

「あの、今の『矛盾する』ってなんですか? まるで私が犯人であることが先に決定していて、あとからこじつけているようにしか聞こえないんですけど……」

「あぁもう、うるさいわね! だってスズメがコマドリを矢で撃ち殺す話じゃないの! だから佐々木さんはコマドリで、あなたの部屋のレリーフはスズメなのよ! どう? もう言い逃れできないわよ。観念なさい!」


 ええい、わけがわからなくなってきた!

 んーと、えーと、つまりまとめるとこういうことか?


①あのうたはスズメがコマドリを矢で撃ち殺した物語である

②故に、撃ち殺された(実際は負傷ですんだけれど)佐々木さんはコマドリである

③あのうたにおける加害者はスズメである

④スズメは私である

⑤故に、私の部屋のレリーフはスズメである


 ……アレ、おかしくない?

 うん、おかしい、どう考えても④と⑤がおかしい。逆説的だ。順番が逆っつーか。

 本来であれば④で「私の部屋のレリーフはスズメである」ときて、⑤で「故に、スズメのレリーフの部屋の私が怪しい」となるべきで……。そして部屋の割り振りを采配したのは私ではないので、私はむしろ犯人にハメられた可哀想な被害者である、と帰結すべきでしてね。


 だというのにコガネ先輩ったら、まず私が犯人であるという前提のもとに、起こったことを後付してるだけじゃん! ぜんぜん推理とか関係ないし、このやり方はフェアじゃないよね。冤罪ってこうやって作られていくんだなぁ。

 くそぅ、期待して大損したよ。この迷探偵めっ!


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