八月の脇役 その十四
私と助監督の睨み合いは、結局不完全燃焼で終わってしまった。何故かといえば、出て行った4人が戻ってきて、そのままそちらに意識が移ってしまったからだ。でも私は確信している! 助監督、わざと気をそらせたよね?
だってほら、もしも本当に私が犯人だった場合、あんなにびっちり見張ってたのに犯行を見逃したおまぬけさんってことになるし、私が犯人じゃなかったらもっとまぬけだし? ち、逃げ足の速いヤツめ。(や、物理的にではなく精神的な意味で)
「とにかく、ツグを病院に連れてかないと」
ツグ先輩の顔色は、蒼を通り越して真っ白だ。冷や汗を滲ませたままグッタリしている。うわぁ、つらそう……。
そしてツグ先輩だけじゃなくてヒワダ先輩まで顔色が悪いのも気になる。彼もバター使ってたっけ? と思って聞いてみたら、寝不足だったらしい。まぁ、廊下、しかもソファで寝かされたんだもんね。人によっちゃ眠れないよねぇ。私は熟睡したけどな!
「うん。では、ここは責任者として私が電話してみよう」
監督が立ち上がって、部屋の隅に置かれている例のアンティークっぽい電話をとりあげた。そして、勢いよくダイヤルを回そうとして、ピタっととまる。
「……本宅直通は何番だったかな?」
「1番ですよ」
助監督が、私から目を離さないまま答えた。
……いや、もうそんな見つめないでほしいんですけどね。私は超能力者じゃないんだから、一瞬のうちに人に危害を及ぼしたりできませんよ? ご期待に添えなくて悪いけど。
私達の不毛なにらみ合いをよそに、監督は一通りの会話を終えて、受話器をおろした。
「佐々木さん達は無事に病院に着いたそうだ」
よかった、上空で行方不明とか言われなくて。そんな事になったらますます「私」の祟り説が濃厚になっちゃうもんね。あ、いや、もちろん人命が第一だよ? でも自分の心も守りたいんだよ、利己的でゴメンナサイっ!
「しかし困った事に、船のほうが……」
監督はちらり、と様子をうかがうようにコガネ先輩に目をやった。
「コンディションの関係で、こちら側には迎えに来られそうにないらしい。島の反対側にある程度大きな港が作ってあるから、病人を連れてそちらに向かうように、だと」
「なっ、何よそれっ! ヘリは?」
例によってまた上空の天候を理由に離陸許可が下りないらしい、と苦々しげに言った監督の襟首を捕まえて、コガネ先輩はがくんがくんと揺さぶりつつ「どうしてくれるのよ!」と悲鳴をあげる。
やめなって、監督が次の犠牲者になっちゃうから! 八つ当たりだから、それ! 監督も、そこで健気に謝らないの。あんたが甘やかすせいで、この人ますます厄介になるんだから。
「で? そこまでの移動手段は当然聞いたんでしょうね、監督?」
助監督が鬱陶しげに眉をしかめ、いちゃつくカップルを引き離して話を進めてくれた。なるほど、こういう意味でもこの人がいないとこのサークルが成り立たないわけだなぁ。
「それは抜かりない。ガレージに車があるそうだ!」
ふふん、と自慢げに胸を張る監督に先導され、私達はガレージに向かった。
広いガレージには車が一台。ポツンと停まっていた。
「わぁ、かわいい……」
思わず声をあげてしまったが、なんだかそれもむなしく響いた。だって、だって……! 二人乗りなんだもん! ほら、ベンツのスマートってやつ。一時期はやったよね。最近あんまり見ないけど。
一体コレでどうしろってんだよ、二人乗りの車で! こっちは9人いるのに!
「あちらにはもう少し大きい車もあるらしいから、とりあえずはこれで向かって、乗り換えて戻ってくるしかないだろうな」
「じゃぁ、私がツグつれて行ってくる。船は向かってきてんだよね?」
「あぁ、電話では医師も乗せてすぐ向かうと言っていたが、しかし……」
「じゃ、とりあえずツグ預けて来るよ。あ、荷物よろしく」
そう言うと、ツグ先輩を助手席にのせて、はっちゃん先輩はさっさとエンジンをかけた。
あまりの行動の素早さにコガネ先輩でさえ反対する間もなく、「じゃ、行ってくる」と言い残してそのまま出発してしまう。道は? ねぇ、道は? と思ったけど、よく考えてみたらきっと一本道に違いない。何だかんだいって個人所有の島だし、そう複雑な交通網なんか敷いてるわけないよね。
「行っちゃいましたね……」
「全く、アイツは人の話を聞かない!」
監督はぷりぷり怒っている。仕方ないよ、あなた威厳ないもん。助監督の言う事だったらともかく。
「けど、どの道こういう分担になったんじゃないスか? こっちはまだ、男手あったほうがいいだろうし……」
確かに、ゴトウ先輩のおっしゃるとおり。なんだか物騒なことが起きている今、男性がいるのといないのとでは安心感が違う。
それにツグ先輩の体調を考えれば一緒に行くのは女性がいい。でも、コガネ先輩は見るからに不適格だし、私はまだ免許をとっていない。
とゆーわけで、どっちにしろはっちゃん先輩が行く事になるのだ。
「ま、一旦部屋にもどろーよ。おれ、ちょっと眠たい……」
「一晩中何かやってたからな。何してたんだ?」
「ん。ちょっと機材の点検……ふあぁ。ライト一個どっかに落っことしたみたいなんだよなぁ」
「何っ? アレは現場に返さなきゃまずいんだぞ? 父に黙ってこっそり借りてきたんだからなっ」
「えー、マジ~? やっばいなぁ、どこやったんだっけ……」
黙ってこっそり借りてきたって、監督……。
「一眠りしたら思い出すかも。っつーことで、おれちょっと寝てく……」
どっかあああああああん!
不意に、爆発音のようなものが聞こえて、私達は飛び上がった。
ビックリした! ヒワダ先輩も目が覚めただろう。
「外からだね。たぶん、あっち」
光山君がいやに落ち着いた声で指差した方向を見ると、どこかから煙が上がっているのが見えた。……なんだ、あれ。
「上に行くぞ」
心当たりがあるのか、助監督がガレージの階段を駆け上がる。私達も後に続いた。
どこをどう走ったものか、私達は展望室のような所にたどり着いた。たぶん4階くらいだと思う。海側と崖側が全面ガラス張りになっている部屋だ。こんな部屋もあったんだなぁ……。ほんと、謎構造。訳わかんない。
部屋の真ん中には、凝った細工のオルゴールらしきものが置かれている。女の子の人形が数人、何かの遊びをしている場面だ。かわいいなぁ、動かしてみたい。こんな時じゃなければ。
煙は、崖側から上がっていたから……あっちか。うわ、目の前!
「……橋?」
コガネ先輩がか細い声で呟いた。うん、橋、が、焼け落ちているみたい。あんな橋があったなんて気が付かなかったけど、もしかするとあの橋は島の反対側へのルートの一部なんじゃなかろうか。
「はっちゃん先輩……」
私の声に反応して助監督が無言で携帯を取り出し、どこか(ってゆーか、たぶんはっちゃん先輩達だろう、どう考えても)へ掛けはじめた。しばらくしてから電話を切り、首をふってため息をつく。
「だめだ。どちらも出ない」
「そんな、まさか……」
まさか。まさか、あの橋から……?
そもそもあの爆発音はなんだったんだろう。橋は真ん中から見事に分断されて、今も燃え続けている。爆発物まで使ってくるとは思わなかった。やっぱりこれは本気の犯罪なのだろうか。イタズラにしちゃぁヤリスギだよね! いや、それでもイタズラであってほしいんだけど。
しかしイタズラだとすると、佐々木さんの怪我やらツグ先輩の体調不良やらも全て演技って事になって……あぁぁぁ、もう、誰が敵で誰が味方なのかほんとわからんっ!
もうだめ、頭おかしくなりそう。軽い頭痛を覚えてふらりと後ずさると、例のオルゴールにぶつかった。私が当たった衝撃で、少し音が鳴る。
その音でみんながいっせいにこちらに注目した。ひぃ、ごめんなさいごめんなさい、緊迫した空気壊してごめんなさいっ!
「ねぇ、ちょっとそれ!」
コガネ先輩が駆け寄って、私を押しのける。細工を覗き込んで、何かに気付いたような顔で螺子を探り当て、回した。途端に、場違いなほどかわいらしくて無邪気な音楽が流れ出す。
「ロンドン橋……?」
これはさすがにヒワダ先輩も知っていたようで、タイトルを言い当てた。
「なるほど、ロンドン橋が落ちた、か」
ロンドン橋おちた、おちた。おちた。
幼稚園の英語の時間に習うような他愛ない歌だけど、内容の解釈を知ると結構怖い歌だよね、あれ。ところで私が習った時は「falling down」だったんだけど、実はそれはアメリカ式で、イギリスでは「broken down」が正しいらしい……って今は関係ないよね、うん。
「わかったのよ。全部!」
コガネ先輩が自信に満ち満ちた顔で、宣言した。わぁ、なるほど、これが巷で言う「ドヤ顔」ってやつかぁ。お鼻膨らんじゃってますよ? また口紅入っちゃいそうですよ?
彼女はさらっと髪をかきあげ、それから壁に寄りかかり、腕を組んだ。おぉぅ、とうとうコガネ先輩の名探偵タイムか。今までトンチンカンな推理をしてみせたり、ひたすら怯えるばっかりで役に立たなかったのに、本気を出すとすごいんですね、わかります。
さぁ、では早速ぱぱ~っと謎を解いて、いい加減私を解放してください。