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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
106/180

八月の脇役 その十三

「もう一回だ」

「も、もうやめましょうよ。私には無理です」

「弱音を吐くな!」

「うぅ……」

 半べそをかきながら卵を2個割ってボウルへ落とし、かき混ぜ、バターを溶かしたフライパンに落とす。


 そう、私は今、プレーンオムレツを作っている。

 いや、作らされているが正しい。だってほんとは目玉焼き作る予定だったんだもん。


 あーぁ、光山君に朝食の準備を手伝ってとお願いしたのは間違いだったなぁ。まさかこんなところまで助監督がついてくるなんて! しかもこんなにやかましく口出ししてくるなんてぇ! 

 いつの間に「光山君にはもれなくメガネがついてくる」なんて仕様になっちゃったんだろう。は、もしや二人はアヤしい関係だったりする? ありえないとは言い切れないよね。助監督の異常な敵意といい、光山君の煮え切らない態度といい……。(もやもや)


「もうそのくらいにしてあげてくれませんか?」

「甘やかすな、海人! 本人のためにならないぞ」

 私は一通りのお料理はできる。

 できるんだけど、苦手なものだってある。それがこのオムレツというやつだ。


 いや、言い訳させてもらうとね、我が家でオムレツって言ったらスパニッシュオムレツなわけよ。玉ねぎ、ニンジン、ベーコンを炒めて(ジャガイモを入れないのは父がイモ類を好まないせいらしい)、あとは卵入れて焼くというレシピこそが我が家で言うオムレツで、子供の頃はそれが普通のオムレツだと思っていたくらいでね?

 だからこの、フライパンの上で混ぜながら、なおかつ火を通しすぎずに形を整えて、お皿に移してから切れ目を入れると半熟の中身がとろ~り、っていうのはさぁ……。


 だいたいこの人数分用意するなら目玉焼きかスクランブルエッグか、いっそゆで卵でよくない? ねぇ!

 そもそも、なーんでイングリッシュブレックファスト並みの用意を期待されにゃならんのか。コンチネンタルでいいよ、別に。朝からそんなに入んないよっ。


 今ならわかる。さっき光山君が名乗り出なかったのは、多分せめてもの優しさだったんだ。自分には常にこの口うるさい助監督が付いて回っていると意識しての事だったんだ。なのになのに、あぁもぉ、私のばかばかばかばか! ヤブヘビばかっ!

「箸使いが荒すぎる。混ぜすぎだ」

 うるしゃあああああああああ!


 くっそぉ、それにしてもこのメガネ一体何者なんだ。お手本に焼いたオムレツは完璧で、あげくにケチャップでさらさらっとかわいい絵まで描いて見せた。

 ちっくしょお、顔が良くてお料理もできてって、神様は不公平にもほどがあるよね? あぁ、代わりに性格悪くしときましたか、そーですか。


「ほら、クミが泣きそうになってるじゃないですか」

 泣きそうなんかじゃないもの、むしろキレそうなんだもの! わかってるくせに。そして久々だな、その呼び方。

 ……やっぱり何かあるんだね? 助監督に、私とすごく親密だと思わせたい何かがあるんだね? なになに、どゆこと?


 光山君は私と助監督の間に入り、慰めるように頭を一撫でしてからフライパンを取り上げた。そして器用に卵をひっくり返して形を整えた。お皿に移して、そのままさりげない動作で次のオムレツを作り始める。

 うぅむ、なんとゆー手際のよさ。包丁が使えるどころのレベルではないな。


「……オムレツの一つも作れないような相手、どうかと思うがな」

「オムレツくらいオレが作りますから。それに、紅茶がすごくおいしいんです」

 彼の思惑がどうあれ、今はどうでもいい。このスパルタオムレツ地獄から救ってくれるならおとなしくしとこ~っと。


 オムレツを光山君に任せてベーコンを焼き、はっちゃん先輩を呼んでお皿を持っていってもらう。クロワッサンをトースターに入れて、オレンジジュースを取り出して、シリアルの用意をする。

 えーっと、あと何作ればいいんだっけ? トマト焼くの面倒だし、豆は苦手だし、もうサラダでいいよね? 気力が尽きたからいわゆるハネムーンサラダでいいと思うんだ。つまりレタスを千切るだけ。


 トースターからいい香りが漂ってきた頃にはなんとか全ての準備が整っていて、バスケットに山盛りにしたクロワッサンを運ぶとすぐに朝食が始まった。

 私が作ったオムレツは、私と光山君の前に置かれている。なんか、うん、ごめん。でも味は多分食べられるはずだから。食感は、期待しているものと違うかもしれないけど。


「あ~、すみませぇん。バターないですかぁ?」

 ツグ先輩がパンを千切った状態でのんびりと声をあげた。

「あなた、クロワッサンにバター使うの? 普通ジャムじゃないの?」

 コガネ先輩が眉をしかめつつも、目の前のバター入れを前に押し出した。

 まぁ、クロワッサンは生地にたっぷりのバターを練りこんであるらしいから、私もジャムまたは何も付けない派だけどさ。でも人には好みというものがあるんだから、別にいいじゃないか。


「えへへ~。バターたっぷりって幸せじゃないですかぁ」

 ねぇ? と照れたように笑いながら、ツグ先輩は容器の中からまぁるく成形されたバターを一個取り出した。あれって確か、2枚のまな板か何かに挟んでゴロゴロ転がして作るんだっけ? 私も今度やってみよう。


「はっちゃんは使いませんかぁ?」

「今、炭水化物断ちしてんだって。前も言ったっしょ?」

「あぁ、そうでしたっけ~」

 これぞ朝食の風景。和むなぁ。あーぁ、本当ならこれが1週間は続いただろうに。まさか一日で終わるとは思わなかった。

 昨日この島に到着してからこっち、ろくな事なかったな。犯人扱いされたり、見張られたり、ソファで寝かされたり、オムレツが作れないというだけで怒られたり……。はぁ。(ため息)


 そういや迎えの船はいつ頃来るんだろう、と遠い目をしていると、突然大きな音がしてはっちゃん先輩が叫んだ。

「ツグっ?」

 次いでガクンとテーブルクロスが引っ張られる衝撃。私は咄嗟に全力で押さえた。

 や、だってさ、危ないじゃん? 飛び散ったガラスの破片ってのは立派な凶器だよ。それにお皿もったいないし……。お片付けするの、きっと私だし……。


 ツグ先輩は? と見ればあちらを向いて床にうずくまり、げほげほと咳き込んでいる。さっきの大きな音は椅子が倒れた際に生じたものらしい。

「ツグ、マジでどうしたん? 顔青いよ?」

 はっちゃん先輩がその背中をさするようにしながらしゃがみ込む。コガネ先輩は驚きのあまり立ち上がりかけた間抜けな体勢で、恐る恐る尋ねた。

「ね、ねぇ、もしかしたら何か喉に詰まらせたんじゃないの?」


「水でも飲んだらどうだ?」

 ゴトウ先輩がコップを口元に差し出したが、ツグ先輩は首をふって断った。そしてよろよろと立ち上がる。

 さっきまでの平和な笑顔が嘘のように、その顔は真っ白で、表情を失っていた。

 うっわぁ、いよいよこれは尋常ではないな。一体何が? と言いたいところだけど予想はつく。このパターンだとツグ先輩の食事に何かが混ざっていたに違いないね。


 ツグ先輩は口元を押さえたまま、大急ぎで部屋から出て行った。たぶん、お手洗いに向かったな。あ、でも一人で出歩いたら危ないんじゃ?

「ヒワダ、ゴトウ。それとハッタ。ついて行ってやれ」

 私と同じ結論にたどり着いたらしい助監督がすぐに指示を出すと、護衛を命じられた3人は弾かれたように走り出して後を追った。

 そして残されたのは、監督、コガネ先輩、助監督、光山君、私。……この状況、イヤな予感しかしない!


 助監督は立ち上がってツグ先輩の席の周りを調べ始めた。専門的な知識も道具もないのに何をしようってのさ? もはや私達にできることは、現場を保存して、更なる被害者が出ないように固まっておとなしくしてる事だけだと思うんですけどぉ。


「状況から考えて、バターが怪しいな」

 えぇ、えぇ、そうでしょうとも。バター使ってたのはツグ先輩だけだもんね。マザーグースで言うなら、さしずめアレですか。


   ベティーボーター、バターを買った。


 小さい頃、母が「早口言葉よ」と教えてくれて、意味もわからず暗唱していた詩だ。

「But,she said,the butter’s bitter」

 私だけに聞こえるように、光山君が呟いた。だよね、どう考えてもアレだよね。


「バターに細工をできたのは、誰だろうな?」

 助監督がまたメガネを外し、こちらを睨みつけた。

「お言葉ですが、私をずっと見張っていらしたのはどなたでしょうね?」

 私も負けじと睨み返した。……まけないっ!



*ハネムーンサラダ:Lettuce only(レタスだけ)→let us only(二人きりにしてv)

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