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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
104/180

八月の脇役 その十一

「先々代が、『資金援助の見返りとしてこの島を譲り受けて』すぐのことでございます」

 なんか今、やけに「譲り受けた」ことを強調したような気がする。

 まぁね、借金の形に取り上げたとか、弱みに付け込んで安値で買い取ったとか、外聞悪いもんな。あくまでも援助のお礼に、対価として(実際の資産価値と釣り合っていたのかどうかはともかく)譲られた、と言い張りたいわけですな?


 しかし、島一つ、しかも、妙な形状でいわくつきとはいえ立派なお屋敷付きでしょ? 正価だとどのくらいのお値段になるのか、すごく気になるなぁ。

 あ、お屋敷と言えば、さっきの話によるとこれに似たものがもう一つ、島の反対側にあるはずだよね? そっちはどうなってるんだろう。


「件の事件のあと、このお屋敷は無人のまま放置され、かなり荒れ果てていたそうです。そこで先々代は大掛かりな修復をお命じになられました。ところが工事を請け負った職人達が、不自然なほどに次々と怪我をするのです。足場が崩れる、頭上からものが落ちてくる、挙句に小火騒ぎまで……。お蔭でこのお屋敷が使用可能になるまで、実に3年もかかったそうです」


 3年! リフォームに3年かけるなんて、先々代も気が長いな! いや、そもそもこんな風変わりな屋敷をリフォームしてまで使おうと思った人だ。きっと変わってたんだ、色々。そして、そんな中でもやり遂げた職人さん達すごいな。


「当時は島の譲渡に関して、快く思わない人々もいらしたそうですから……。その方達による妨害工作ではないかとも考え、調査もしたそうです。しかし証拠は見つかりませんでした。それでも工事はなんとか終わり、屋敷には執事を含む使用人が佐々木家の皆様に先立って、お迎えの準備をするべく入ったそうです。ところが、事はこれだけでは済まなかったのでございます」


 しぃんと静まり返った部屋の中、カチャカチャと小さく陶器がこすれる音がした。音の発信源はコガネ先輩のティーカップ。さては小刻みに震えているな? そんなに怖いなら耳塞いでりゃいいじゃないか。


「そのころの執事の日記によりますと、始めに起こったのはいわゆるポルターガイストのような現象でした。大きな音がして、駆けつけてみると部屋中に棚の中身が散乱していたり、確かに締め切っていたはずのカーテンが全て開いていたり、食器類が全て割れていたり。ピアノが逆さまになっていたこともあったようです」


 怖っ! なにそのホラー映画。

 あーぁほらみろ、コガネ先輩が本格的に怯えて監督にしがみついちゃったじゃないか。む、監督はちょっと嬉しそうだ。ええい、不謹慎な!


「騒ぎの前後、白い影を見たとの目撃証言も相次ぎました。バルコニーで、廊下で、地下室で。白いワンピースを着た人影が手招きしていた、というのです。そのようなことがありましたので、使用人の中にはノイローゼになったり、辞めていったりした者もいたそうです。……このようなことを執事の身で申しますのは本来許されぬことではありますが、その時点でやはり、手放すべきだったのではないかと思われます。今更こんなことを言っても詮無きことではございますが」


 うん、だよね~。絶対ろくなもんじゃないもんね。

 でもきっと先々代も、引くに引けなかったんだろうなぁ。「借金の形にブンどった挙句に祟られた」とか噂が立っちゃったら沽券にかかわるもんな。


「当時の女中に一人、大層気の強い者がおりました。その仕事に誇りを持っていたのでしょう。あるいは倒れた者と親しかったのかもしれません。彼女はなんとしても犯人を突き止めようと、寝ずの番を始めたそうです。無論、彼女がせずとも警備の者は雇われておりました。しかし、どうやらその者はあまり真面目に犯人探しをしていなかったようでして、彼女も業を煮やしたのでしょう。彼女がそのようなことをしていると発覚したのは、事が起きた後でした。心当たりを問われた同室の女中が『夜な夜な抜け出していた』と証言して、初めてわかったのです」


 彼はいかにもやるせないといった様子でため息をついた。


「彼女は神隠しに遭ったのです。……そうとしか思えない状況でした。本当に、本土から人を集めて屋敷中の捜索に留まらず、山狩りまでしたのにどこにもいなかったのです。ところが失踪して2週間後、彼女はふらりと戻ってきました。おそろしくやつれ、眼窩は落ち窪み、髪は乱れに乱れ、まるで10も歳をとってしまったかのような状態だったそうです。何があったのか、どこに行っていたのか聞いても首を振るばかりで、口も利けなかったとか。ただ震えながら、一冊のアルバムを差し出したのでございます」


 ……なるほど、ではあの写真は十中八九、そのアルバムの中身だな。その女中さんは、一体どこからそんなキーアイテム拾ってきたんだか。口が利けなかったとしても筆談できなかったのかな? 当事の識字率ってどのくらいだったっけ。


「使用人がそのようなことになってしまい、心を痛められたご当主は、藁にも縋る思いで佐々木家の菩提寺のご住職に相談なさいました。そこで、ある方を紹介されたのです。なんでも代々続く陰陽師の家系で、大変力のある方だったとか。お名前は確か……篠崎様、とおっしゃいましたか」


「ぇ?」

 思わぬところで思わぬ名前が出てきて、私はうっかり無防備に反応してしまった。執事さんから「ご存知なのですか?」みたいな視線を寄越されたので、慌てて目をそらしてけほけほ、と咳き込むフリをする。


 ちょっとちょっと、まさか「あの」篠崎さんだったりする?

 篠崎さんちで先々代となると、例のひいおばあ様くらいの代じゃぁないか。村山君をとっ捕まえて虜にしたっていう。ってことはだよ、この話一気に本物の怪談話っぽくなってくるんだけどどうしよう! そりゃぁサスペンスも怖いけど、ホラーはもっと怖い。こう、人智の及ばなそうなところが私にはお手上げだもん。

 人間相手だったら物理的に一矢報いられそうな分まだマシだけど、人外はダメだ。去年だってやられっぱなしで、すっごく怖かったんだから! あぁもう、どうしよう。


「その方のおっしゃることには、それらの事件は全て、屋敷の意思が起こしていたのだそうです。自分の愛する家族を追い出して入ってきた佐々木家に対し、屋敷が排除を試みているのだと。そこで、篠崎様は屋敷の意思を何らかの方法で封印したと伝え聞いております。その際に女中が持ち帰ったアルバムも処分することになったのですが、不思議なことに最後の一枚だけがいつの間にか消えていたのでございます。儀式が終わるまで、厳重に保管されていたにもかかわらず、です」


 おそらくこの写真がそうなのでしょう、と執事さんはもう一度、写真に目を落とした。


「盛沢様の素性がどうあれ、この屋敷は確かに盛沢様を主であると認めているようです。そして、盛沢様のために、まずはお嬢様を、そして佐々木家に仕える我々を排除しようとしているのではないでしょうか」

 そんなこと望んでないよっ! いい迷惑だよ!

 集まった何度目かの視線に対して、私はぶんぶんと首を横に振った。


 てゆーかね、こう、ホラーだろうがサスペンスだろうが「いわく付きの洋館。帰ってきた本当の主。そして連続して起こる不可解な事件」的展開の物語において、このポジションは非常にまずい。嫌な予感しかしない。

 よしんばギリギリ生き残ったとしても、知りたくなかった出生の秘密とかなんとかを暴かれちゃって後味悪い終わり方をするに違いないんだから却下だ、却下! はい、さっさと次の物語持ってきて~、だれかぁ!(切実)


「ところで盛沢様」

「はいっ」

 びっくりしたぁ。思わず「すみません」と付け足しそうになったじゃないか。なんにもわるいことしてないのに!

「盛沢様は、確かお部屋とこちらを行き来する際に、奇妙な廊下を通られたとか?」

「え、あ、あの、それは……」

 何故今それを蒸し返すかなぁ。いや、もちろん今の話にとっても関係があるからだってのはわかるんだけれども!


「その廊下はおそらく、改装前のものだったのではないかと思われます」

「そ……」

 んなバカな、と反論しようと口をあけた私よりも早く、助監督が吐き捨てた。

「バカバカしい! じゃぁあなたは、彼女がタイムスリップでもしたというんですか?」

「あるいは、盛沢様にのみ、屋敷が本当の姿を見せたのか。私にもわかりかねますが。けれども、伝え聞いた間取りにあまりに似過ぎているのです」

「だからそれは、彼女がもともとの持ち主の一族だから……」

「いいえ! いいえ、それだけではありません」

 おおぅ、あの助監督を迫力で黙らせたっ! しゅげー。(現実逃避)

 いや、もうね、そういう自己主張の激しいお屋敷とかいらないんで。


「お嬢様が倒れた時刻に盛沢様が聞かれたという鐘の音。そして先ほど聞こえた音も。両方とも、聞こえるはずのない音なのでございます。なぜなら……」

 視界の端で、コガネ先輩がとうとう耐え切れずに耳を塞ぐのが見えた。


「なぜなら、あの鐘には現在、振り子がついていないのですから」

 ……頭の奥で、またあの鐘の音が鳴り響いた、気がした。


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