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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
102/180

八月の脇役 その九

「井戸、ですか?」

「はい。たぶん……」

 私は、怪訝そうなシェフに携帯を差し出した。

「誰だかわかりませんが、たった今こんなメールが送られてきて……」

 みんなが集まってきて、携帯の画面を覗き込んでゆく。もうあれだよね、プライバシーとか関係ないよね。


「でぃんぐどんぐべる?」

「こねこ?」

「つーか、迷惑メール系じゃね?」


 意味がわからない、と首をかしげるヒワダ先輩とゴトウ先輩、そしてはっちゃん先輩。まぁ、いくらマザーグースが有名でも、日本においては万人の知るところってわけでもないからな。しかたない。

 唯一ツグ先輩が「なるほどぉ」と手を合わせて頷く。と同時に、ぱふっ、と気の抜けるような音がした。口調だけでなくそんなところまで……。


「ええとぉ、ジョニー君がわるいこでぇ、トミー君がいいこなんですよねぇ」

 間違っちゃいないが! あ、いや、ちゃんと知ってるからこそのボケなんだろうけど、説明としてはいかがなものか。今はそんな場合じゃないからね?


「えーと、そうです。ジョニーって男の子が子猫を井戸に放り込んだ、みたいな内容の詩なんですけど、このタイミングで来たのが気になって。もちろん、ただの迷惑メールの可能性もあるんですけど……」

 タイミングも問題だけど、マザーグースってのが気になるんだ。でも、なんでマザーグースだと気になるのかなんて問い詰められると、なし崩し的に佐々木さんの時の話を蒸し返すことになるから言わない。

 光山君だって言ってたじゃないか。「自分が『雀』だなんて、間違っても言い出しちゃダメだよ」って。今回はご忠告に従っておくよ。必要最低限の情報以外は公開しません。


「ただの迷惑メールっしょ? 2時間ドラマじゃないんだから……」

 苦笑いで「テレビの見すぎ~」なんて茶化す先輩達に言ってやりたい。「これはサスペンスものなんだよ! なめるな!」と。

 いや、わかってるよ? わかってるんだ。本来であれば彼らの反応こそ正常なんだって。普通の人は、わざわざ密室トリックやら時間差トリックやら、そんなもの用意したりしないって。面倒だから。


 でもね? 今まであらゆる厄介ごとに巻き込まれた私だから断言できる。これは、「そういうもの」なのだ。故に、あまり呑気に構えていては大変な事になるはずだ。きっとこれから、連続して何かが起こるに違いない。

 こうなったら一刻も早く黒幕を突き止めてその真意を確かめないと……、私の身が危ない! だって第一容疑者って高確率でしんじゃうもの。


「万が一井戸に落ちてたら大変です。お願いですから、確かめるだけでも」

 久々におねだりのポーズ(首をちょっとかしげて、眉をきゅっとよせ、上目使い! 手は胸の前で組む。なぜか他人にのみ有効。両親には効いたためしがない)をして、シェフに詰め寄ると、彼は戸惑いつつも教えてくれた。

「井戸、ではありませんが……」


「や、暗くて無理っス。一応声は掛けましたけど、全く。……はぁ。ぁ~、そうっスね」

 教えてもらった場所は、昼間通ってきた森の中だった。説明によればそれは「井戸として掘ったものの、工事の途中から水が塩辛くなったために結局使用をあきらめた穴」だ。

 懐中電灯を借りて、私とゴトウ先輩、ヒワダ先輩の3人でメイドさんを探しに来たのだ。


 一応周囲には柵があって、穴自体も鉄板で塞いであるということだったが、近付くにつれ嫌な予感が増してきた。

 だって、どうみても鉄板ズレてるし。なんか、地面にぽっかり穴が開いてるっぽいし! 柵に引っかかってるエプロンを見つけて、それから何かを引きずったような跡まで見つけちゃって、もう本当に「勘弁して」である。二人はまだそこまで言及してないけど、引きずった跡の周辺にある足跡は明らかに女性用のサイズだしさぁ。


 恐る恐る覗き込んで名前を呼んではみたものの、見えないし、反応はないし。

 お手上げだ、ってことで、現在ゴトウ先輩が助監督に電話をして指示を仰いでいるというわけだ。

「あー、柵にエプロンっぽいものが。あ、はい。触ってないっス」


「……現場保存しろとかいわれてんのかな?」

 ヒワダ先輩がこそっと話しかけてきたので、私も小声で「そうなんでしょうね」と返した。

「あのエプロンさ、やっぱメイドさんのかな?」

 やけに話しかけてくるなぁ。そっとして、少し考えさせてほしいのに。

「さぁ。イタズラだといいんですけど……」

 とりあえず流せ流せ。変なこと口にして言質を取られたりしないように。


「柵の所で白い影がひらっとしたから、おれマジでびびったよ。ほら、コガネさんの話があったからさぁ」

「そーですねぇ」

 私はむしろ、その「ビビった」ヒワダ先輩の奇声でふりかえって、初めてその存在に気付いたんですけどね。

 ……ん? あれ? それっておかしくない? 海風であんなにヒラヒラはためいている白い布に、近くに来るまで、というよりも通り過ぎて振り返るまで気が付かなかったとか不自然だよね。本当に、元からあったのか?


「……ぅ~っス。了解っス」

 考え込みそうになったところで、ぴ、と電話を切ったゴトウ先輩が、「戻って来いってさ」と私達を促し、屋敷の方に向かって歩き出した。

 ぅあ~、気が重い。これからまた尋問タイムなのかなぁ。


 部屋に戻ると、シェフとパティシエの姿が消えていた。

 たぶんあの二人を佐々木さんにつけたんだろう。ついでに妊婦さんを休ませてあげようという配慮ですな。


 デザート用のこの部屋にはいくつかのソファーセットと小テーブルがあちこちに配置されていて、私は窓際に置いてあるサーモンピンクのセットに一人ポツン、と座っていた。

 え、なにこの疎外感。そりゃ、膝を詰めて問い詰められるのも勘弁してほしいけどさ。

 心なしか、コガネ先輩から気味の悪いものでも見るような視線を感じるんだけど。今度はなんだ?


 一通り紅茶が行きわたったのを見て、助監督が立ち上がった。ひぃ、飲む暇も与えてくれないっ!

「先ほど一部の者には話したが、状況を整理するためにもう一度始めからだ」

 彼はゆっくりと部屋の中央に移動し、そこから部屋の中を確認するように見渡した。あ、メガネ外した。って事は来るぞ来るぞ、「迷」探偵モードが。


「先ほど、海人と二人で地下貯蔵庫を捜索した。外部犯の可能性も捨てきれなかったからな。残念ながらそれらしき人物は見当たらなかったが、面白いものを見つけた。これだ」

 彼はそう言って懐から写真立てのようなものを取り出して、ヒワダ先輩たちのテーブルに置いた。

 覗き込んだ先輩達は、しばらくそれを見つめた後に驚いたように顔を上げて私に視線をよこし、再びテーブルの上に戻す。……なに、なんなの?


「そんな、これって……」「まぁ、そっくりぃ」「は~ん、……なるほどね」「……」

 意味深な反応を見ながらジレていると、雰囲気で察したのか無言で立ち上がったゴトウ先輩が、私のところまでわざわざそれを持ってきてくれた。

「あ、ありがとうございます……」

 彼はさっと目をそらし、そそくさと戻ってゆく。えー、感じ悪ぅ。


 それは、古い写真だった。元はセピアだっただろうその表面は全体的に色あせ、黄ばんでいる。家族の集合写真だろうか。で、これが一体なんだっていうの?

 ちらり、と顔を上げて部屋を見回すと、視線は相変わらずこちらに集中していた。うわぁ、やりにくい。


 仕方がない、なにか不自然な点はないか探してみよう。

 ええと、まず、中心には恰幅のいいおじいさんが座っている。その隣にちょっと不機嫌そうな男の人、次は和装のおとなしそうな女性。おじいさんを挟んで反対側に、白いワンピースを着た女の子が伏し目がちに微笑んでいる。まぁ、ごく普通の家族だよね。おじいさん、息子夫婦、孫、みたいな。


 娘さんは、お父さんとはあんまり似てないみたいだな、ともう一度女の子に視線を戻すと、不思議な気持ちになった。

 あれ、なんだか見たことのあるようなないような? え、もしかして……。

「私?」

 に、似てる?

 はっとして顔を上げると、なぜか勝ち誇ったような顔で、助監督は頷いた。


「だから聞いたんだ。君は、この屋敷と関係があるんじゃないか? と」

 さっきのわけのわからん質問はそれか!

「いえ、私、ほんとに……」

「彼女はこの屋敷が佐々木さんの家に渡る直前に起きた事件の中心人物であり、被害者の珠緒さんだ。……君に、驚くほど似ている」

 えー、えぇー、そうかなぁ? いや、似てるけど、似てるけどさ……。ほら、髪型とか違うし。


「今起こっていることは、どう考えても普通ではない。まるで……、こんな言い方をしたくはないが、この家に恨みを持つ者が関わっているとしか思えない」

 彼は眉間に手を当て、ため息をつくと頭を振った。そして執事さんに向かって「もう一度例の話を」と言って、席に着いた。


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