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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
101/180

八月の脇役 その八

「行くわよっ、なにボケっとしてるの!」

 コガネ先輩が椅子を蹴倒しかねない勢いで立ち上がった。

 うん、まぁ、佐々木さん達を心配する気持ちはわからんでもないけど、その振る舞いはレディとしてどうかと思うよ? モデルさんってのは、立ち居振る舞いも美しくいてほしいんだけどな。


「コガネ、駄目だ。私が見てくるから、コガネはここにいてくれ」

「ソウじゃ頼りないのよっ! 佐々木さんの時だって真っ青になってフラフラしてたじゃないっ」

 頼りないとか、そいつぁ男性に言っちゃ駄目な単語じゃないだろーか。いくら監督が盲目的に彼女を大切にしてるからって、さすがにカチンと……。

「すまない、コガネ……。でも、ここで待っていてほしいんだ」

「いや!」

 カチンと、こないみたい。ほんと、恋は盲目とはよく言ったものだ。


 しかしまぁ、幸か不幸かさっき鐘がなったとき私も一緒にいたんだから、そろそろ私から容疑が外れそうなものだよね? あれは私には不可能だ。少なくとも主犯ではありえない。


 つまり、犯人は(いるとしたら)よそにいる!


 ってゆーか今思えば、そもそも佐々木さんとメイドさん二人きりで置いてくるなんて油断しすぎだよね? 外部犯の可能性を誰一人、これっぽっちも考えなかったのか?

 はっきり言って、ディナーホールに執事さんがいたことに、本気でビックリしたんですけど。

 ……あーもー。なにもかも不自然だよなぁ。


 結局、どうしても行くと駄々をこねるコガネ先輩を宥めきれずに、昼間の組み分けを一部入れ替えて偵察に行くことになった。一部というか、コガネ先輩とはっちゃん先輩のみ。

 というわけで、私は今、結構居心地のいいメンバーに囲まれている。


 ツグ先輩、はっちゃん先輩、ゴトウ先輩、ヒワダ先輩、そしてシェフとパティシエのご夫婦。

 まぁ、最後のお二人の本心はわからないけれど、私をあからさまに犯人だと決め付けて糾弾する人はこの中にはいない。はぁ、おかげで少し気が楽になった。


 気が楽になったので、本来であれば日中に済ますべきだった人間関係の把握というものをひとつ、やってみようと思う。名前……は今更聞きにくいな。あとにしよう。

「あの、ちょっとお聞きしたいんですけど」

「なんですかぁ?」

 ツグ先輩が、やはりおっとりと反応する。あぁ、このペース、慣れると和むかもなぁ。


「失礼ですが、昼間から見ている限り助監督のほうが監督より、その、仕切ってますよね?」

 どう考えてもあっちのほうがリーダーシップを発揮していると思うんだ。

 なのになんで監督は監督であり、助監督は助監督なのか、ってあぁもう、やっぱり名前がないとややこしい!


「まーね。実力で言えばりっくんが監督になるべきだったんだけどさ」

 はっちゃん先輩が、どこかから煙草を取り出して火をつける。ため息みたいに煙を吐き出して(私からは離れて吸ってくれるあたり、一応の気遣いを感じる)、彼女はテーブルに肘をついた。

 りっくん、というのは文脈から察するに助監督の名前だろう。そうか、「りっくん」……。かわいいな!(実物はともかく)


「ソウってさ、有名な映画監督の息子なんだよね」

 彼女の言葉につなげるように、ヒワダ先輩がにっと笑って言った。

「んで、映研入ってからこっち、機材とか、中古のやつを随分寄付してもらったワケ。そんで、前の学年の人達も頭あがんなくてさぁ」

 こいつがいっつも大事に抱えてるカメラだって、そのうちの一つなんだぜ、とゴトウ先輩を指差した。なるほど、食事の席にまで持ってきてたんだ。相当大事にしている、というかただ単にマニアというかフェチなのか?

 まぁとにかく、大好きなんだろうなぁ。


「それにぃ助監督ってぇ、言い方は悪いけですけどぉ、結構雑務が多いんですぅ。だから、気が利かない人間にはむりなんですよぉ」

「その点、りっくんは几帳面で神経質だからさ。あー、適材適所っつーか?」

 暗に、監督は大雑把で気が利かないと言ってる。絶対言ってる!


「あと、もう一つ気になってたんですけど。映画を撮るにしては、人数少なくないですか?」

 映画撮影なんて、私は全くの素人だからわからないけど、カメラマンが一人いればいいって訳でもないよね? 音響とか、照明とか、衣装とか……。

 いくら学生の活動とはいえ、助監督までいるのだからその辺のスタッフだっていてもよさそうなものだ。


「あぁ、役者がみんな、辞めてしまったからな」

 なんでもない事のようにゴトウ先輩が言った。

「は?」

「そーそ。み~んな辞めちゃったんだよねぇ。いや、辞めさせられたってゆーか……」

 え、え?

「コガネさんがぁ、『あなたと同じフレームに映るのは我慢できないっ!』とか言ってぇ」

「そうじゃなくても我が儘放題でさ。監督はあの通りだし。見たっしょ? で、結局こうして、毎回あんたたちみたいなの誘ってその場しのぎで撮ってるってワケ」


 私達みたいなのって、何? と眉を寄せると、「コガネさんが合格って言った人ですぅ」と、フォーローだかなんだかわからない事をツグ先輩が教えてくれた。

 つまり、容姿だけで言うと、私や光山君はコガネ先輩に「共演してやってもいい」と認められたということらしい。なにその上から目線。なんで部員でもないのに勝手に物色されてるの? そもそも、私が役者にカウントされてたなんて聞いてなかったんだけど、どゆこと?

 ……あれ? 待てよ。


「じゃぁ、先輩方はつまり、スタッフさんなんですか?」

「あぁ、そーいや言ってなかったね」

 吸い終えた煙草を、やはりどこからともなく取り出した携帯灰皿に押し込んで、はっちゃん先輩が説明してくれた。


 んーと、つまり。ゴトウ先輩がカメラマン、ツグ先輩は音響で、はっちゃん先輩は衣装兼メイク、ヒワダ先輩は照明、と。そしてそれぞれ、仕方なくエキストラも兼ねているらしい。

 は~……。苦労しとりますなぁ。


 しかし、それでも実際プロが使うような機材を好きに使える(ここだけの話、コッソリと撮影所から借り出したりもしているらしい)という魅力に抗えず、皆さん不満を押し殺して我慢して在籍しているそうだ。お、大人の判断!


「佐々木さんは?」

「あぁ、彼女は脚本だよ。なんか、ここを舞台にした話が書きたいって入ってきたんだ」

 ほほぅ……。入部早々採用とは、彼女にはよほど才能があるのだろうか。それともただの人材不足?

「あ、そうだ、もともとの台本って……」

 どんな映画になる予定だったんですか(過去形。だってこんな事件起きちゃったら、撮影どころじゃないよね?)と聞こうとした瞬間、部屋の隅に置かれていたアンティークな電話が鳴った。


   じりりりりんっ!


 見た目を裏切らない着信音に、みんなの視線が集中する。

 シェフが私達に目礼して、受話器を持ち上げた。

「はい、はい。ええっ! ……そうですか、はい。わかりました」

 そして、ちん、と受話器をおろすと申し訳なさそうに言った。

「お嬢様はご無事でした。ですが、メイドのキノエの姿がどこにもないそうです。それで、申し訳ないのですが皆様にも捜索を手伝っていただきたいのですが……」


「ひゃっ」

 その時ちょうど、椅子の背もたれの間に挟んでおいたポーチがいきなり震えて、私は思わず跳ね上がった。こんな時なんだしほうっておこうかとも思ったんだけど、こんな時だからこそ気になるわけで。

 私はそっと、ポーチから携帯を取り出した。


 知らないアドレスだ。なんていうか、うん、明らかに捨てアド? これは怪しい。確認して多分正解だ。


   Sb:子猫


 Ding,Dong,Bell


 内容はこれだけだったけど、すぐにわかった。まぁたマザーグースだよね?


   ディンドン、かねがなる

   こねこがいどのなかにいる


 っていう、アレだね。


 これはきっとメイドさんの居場所を指しているに違いない。彼女は井戸の中にいるんだ。でもなんで私に伝えるかなぁ、この誰かさんは!

 これで私が「メイドさんは井戸の中です!」なんて言おうものなら、またあの頓珍漢の探偵気取り達が私を疑うじゃないか。あぁ、いやだいやだ。

 とはいえ、井戸の中とは穏やかではない。……仕方ない。


 私はしぶしぶ、シェフに聞いた。

「このお屋敷に、井戸はありませんか?」


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