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脇役の分際  作者: 猫田 蘭
大学生編
100/180

八月の脇役 その七

 さてさて、ちょっと状況を整理してみようじゃないか。


 私はぐんにゃりと、だらしなく手足を伸ばしてベッドに転がった。

 ぅあ~、生き返る。ん? はしたない? だいじょーぶだいじょーぶ。だって今は部屋に私一人だも~ん。


 結局あの後、条件付き解散ということでそれぞれ部屋に引っ込むことになったのだ。

 条件というのは「けっして一人にならないこと」なんだけど、張り切って私の監視を名乗り出たコガネ先輩は、現在お部屋の引越し準備中。召使い(だよね?)の監督を引き連れて行ってしまった。


「いい? 私が戻るまで部屋から出るんじゃないわよ! そんなことしたらすぐにわかるんだからね!」

 な~んて命令されちゃったので、おとなしく従ってます。ちょうど一人になりたかったし、いいもんね~。今のうちに思う存分くつろいでおこうっと。(アレ、そういや相部屋になったらベッドとかどうするの? ここに二人で寝るの?)


 にしても、問題が多すぎてなぁ。何から考えるべきか。

 やっぱり目下一番の問題は、誰かが私を犯人に仕立て上げようとしているって事だよね。(私にしか聞こえない鐘の音とか、変わってしまった廊下の謎も捨てがたいけど)


 部屋のレリーフといい、使用された凶器といい、いかにも嵌められたって感じだからなぁ。そんなことできるのはこの建物の持ち主の佐々木さんしかいないわけで。動機が全く見あたらない。

 あ、いや、あるのか? もしかして本当に、光山君と婚約かなんかのお話が持ち上がってて、私を排除するために、とか?


 いやいや、それにしちゃやり方が陰険過ぎやしませんか。昼ドラじゃあるまいし、たかが大学生の女の子一人、そんな念を入れて社会的に抹殺するものだろーか。

 まずは手切れ金の交渉とかからソフトに始めるのがスジってもんだ。(そして、そんな交渉もちかけられたら私はおとなしく身を引くよ、怖いもん)


 だいたい、もしも私を陥れるつもりだったら、もうとっくに警察呼んでいてもいい頃だと思うんだよね。でも執事さんは「外聞もあるので、まずは内部で調査いたします」って言ってたし、事件の後も私に対する態度は全く変わらなかった。

 まぁ、プロの執事たるもの、そういうふうに心がけてるだけかもしれないけど。


 私を積極的に追い詰めようとしているのはむしろ助監督とコガネ先輩(と、彼女の言うことは全て肯定する監督)だけで、あとは中立~同情的というこの状況も、訳がわからん。それこそ動機がわからん。

 コガネ先輩はまぁ、「怪しいから」という理由からなんだろうけど助監督の方はきっと何かある。

 うぅん、さっきといいヨットでの会話といい、光山君が一枚噛んでるのは確実なんだけどなぁ。まったくもう、二人っきりでじっくり話したい時に限って、何で傍にいてくれないんだよっ!(八つ当たり)


 仰向けになった状態でぐっと首を伸ばしてベランダの外を見ると、いかにも夕方の海、という景色が広がっていた。水面にキラキラと太陽が反射して、まるで何かの写真みたい。

 ころん、と身体を回転して、今度はうつぶせになってじ~っと眺めてみた。うむ、嵐の気配なんてこれっぽっちも感じられない。


 素人目にはとっても穏やかに見えるのに、なんでも沖のほうがちょっと荒れているらしくて船が迎えにこれないんだとさ。そしてヘリコプターも、上空の気流がなんちゃらかんちゃらで飛ばせないし、もう一つあるはずの島の反対側へ行くルートは道路の整備状況がどーのこーのと……。

 つまり、今日中に佐々木さんを連れて病院に行くことは実質不可能、ということらしい。一刻も早く病院に運んだほうがいいと思うんだけど、運んでる最中に万が一があったら困るってことだろーか。しかしなぁ。(ぶつぶつ)


 あ。そういえば夕食って何時からだっけ? すっかり忘れてたけど、この感じだとそろそろじゃない?

 慌てて身を起こして時計をみると、なんと、もうすぐ6時ではありませんか。やばいやばい、遅刻したらまた変な疑い掛けられちゃうよ?


 大急ぎで髪を整えて、スカートのシワをチェックして、まつげをビューラーで上げなおして、リップを塗って、ドアに手をかけたところではっと気が付いた。

 私、勝手に部屋から出ちゃダメっていわれてなかったっけ。


 えー、どうしよう。先輩が迎えに来てくれるまで待機すべき? でもあの人にそんな期待しろったってなぁ……。

 仕方ないのでそーっとドアを開け、外を覗いてみた。すると廊下には、どこかからもってきたらしいソファーを置いて、その上でトランプをしているゴトウ先輩とヒワダ先輩の姿。

 なるほど、コガネ先輩に命令されて見張ってたわけですか。確かにこれなら部屋から出たらすぐわかるよね……。しかしまぁ、誰も彼女に逆らえないとは情けない。たまにはガツンと言ってやれ!


「あ、あのぅ、そろそろ夕食の時間だと思うんですけど……」

 盛り上がってるところ邪魔しちゃってほんとすみません。でも私、おなかすきました。お二人は平気なんですかね? と何気なく視線をやった先には、ワゴンに詰まれたティーセットとティースタンド。

 なにそれずるいいいいいい!


「んぁ? あぁ、そっか」

 ゴトウ先輩がサンドウィッチをほお張りながら時計を見て頷いた。

「やったー、おれ勝ち逃げ~」

 ヒワダ先輩が嬉しそうにカードを捨てて立ち上がって、「じゃ、いこっか」と歩き出したので、私は二人に挟まれるようにして歩き始めた。

 ……あの、これって、守ってもらってるんだよね? 連行されてるんじゃないよね?


 辿りついたのはダイニングルーム。いや、ルームじゃないな。ここまで広いとダイニングホールだ。少なくとも一クラスくらいの人数が入りそう。

 既に私達以外(メイドさんと佐々木さんは除く)が揃っていて、私は上座の方に案内された。あ、いや、なんか容疑者なのにすみませんです。でも真犯人じゃないので許してください。


 椅子を引いてもらって着席すると、それにあわせたようにアミューズが出てきた。カクテルグラスにジュンサイのジュレが盛り付けられている。うわぁい、綺麗。おいし~。

 お刺身風のカルパッチョ、ヴィシソワーズ、伊勢海老の白味噌風味……。どうやら和風フレンチのコースのようで、お皿もすごく凝っている。シャーベットの器なんか、これぜったいアンティークだよねぇ。洗うのに気を使いそう……。


 ところで、皆さんさっきから異常なほど静まり返ってて怖いんですけど。

 まさか、またなにかあったわけじゃないよね? きっとあれだよね? お料理に集中してるんだよね? お行儀いいですね、アハハ。……はは。


「盛沢君」

「はひっ」

 シェフご自慢のローストビーフを一切れ口に運ぼうとした瞬間、とうとう助監督が私に話しかけてきた。思わずびくりとしてフォークを落としそうになったが、セーフ。しかしあぶないところだった。


「君は、この屋敷と何か所縁があるのか?」

「は?」

 いきなり何をゆーとるのだ、この眼鏡。

 うちは両親とも、確かにまぁ古くから続いてはいるようだがこんなマナーハウスみたいなもの建てるほど景気のいい家ではない。細~く、なが~く、地味~に続いてきた家系である。故に、ノーだ。……たぶん。

 いや、私も家系図を隅々まで見たことはないから、断言は難しいんだけどね。


「多分、まったく縁も所縁もないと思いますが」

「ではなぜ、君の……。いや、君ではないな。しかしあれは……」

 ぶつぶつ、と考え込む助監督。わけがわからない。その隣に座っている光山君に視線で助けを求めると、彼は困ったように眉を寄せて微笑んだ。ちっ、使えん。

 光山君はどうやら、あの眼鏡と一緒だと弱体化するらしいな。


「はっきりおっしゃってください。なんなんですか?」

 いいかげんイライラしたので、強めの口調できっと睨みながら言ってやった。参考は電車の中のコガネ先輩です。あの迫力を目指しました。

 ……でも相手の反応を見る限り、あんまり効果なかったみたい。(くすん)

「この話は後にしよう」

 そう言って打ち切られてしまった。


 ちくしょー、そうやって意味ありげな話題振っては後に回すとか、聞かされるほうにはすっごいストレスなんだからねっ!

 あ、あと、よく考えてみたらそれ死亡フラグだよ。大事な情報を漏らす前に真犯人に消されちゃうパターンだと思うよ? 気をつけてねっ。


 メインの食事が終わって、お腹いっぱいになったというのに、今度は「デザートの用意ができました」と声がかった。ぞろぞろと別室に移動する。

 ……うぅ、くるちい。フォアグラ用のガチョウってこんな気持ちなのかもしれない。でも、ワゴンに積まれているデザートを見てしまうと、まだまだいけそうな気分になってしまうから本当に不思議だ。


 オペラとクレームブリュレ、洋ナシのコンポートを一片。そしてすっごく小さめにガトーショコラをカットしてもらって、いざ、というまさにその瞬間。またあの鐘の音が響き渡った。


   から~ん、からら~ん、から~ん、からら~ん……


 今度はみんなにも聞こえたようで(幻聴じゃなくてよかったぁ……)全員がピタリと動きを止める。

 私はすかさず部屋を見回して、人数確認をした。いる。全員ここにいる。二人を除いては。


「佐々木さん達はっ?」

 私と同じ結論に達したらしく、コガネ先輩が弾かれたように立ち上がって、叫んだ。


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