春休みの脇役
子供のころから、可愛いわね、美人さんねと言われてきたが、スカウトされるような華はなかった。
子供のころから、賢い子ねと言われてきたが、天才児というわけではなかった。
子供のころから、くみちゃんちはお金持ちだよね、いいなぁと言われてきたが、別に大財閥の家系というわけではなかった。
私は、昔から自分が主役になれない事をちゃんと知っていたけれど、全てを諦めるには、(運動以外は)なんでも適当に器用にこなせるから、やっぱり悔しい。
そして、悔しいと思う自分がまた情けない。いいかげん早く諦めて、現実を受け入れねばなるまい。
あぁ、そうだ。振り返ればいつも、事件を外側から眺めるだけの日々だったではないか。
中学一年の頃は、県の合唱大会出場を目指してやたら燃える先生による指導の下、伴奏者や指揮者、ソロ役のスランプ、葛藤、ソプラノ組とアルト組の諍い、男子達のエスケープ、種々の問題を解決しようと奔走しているうちに芽生えた恋物語など、なかなか熱い展開があったが、それらをただ、「大変だなぁ」と見ているだけであった。
そもそもソプラノとアルトを、よく声を確かめもせずに名簿で振り分けたのが一番問題だったのではないかと思うのだが。
高いうえに変に響いて困る声(というかアニメ声一直線)の私がなぜアルトなのか? そこに苦しんでいたので、はっきり言ってクラス全体の大騒ぎに関わる余裕が無かった。
中学二年の頃は、何故かドラマも真っ青な、種々の問題児を多数抱えるクラスの中にいてただ一人何もトラブルを起こさず、当然クラスで起こる細かい諍いにも関わらず、それらを乗り越えて作られてゆく友情物語にも入り込めず、かといって孤立するでもなく。
ひたすら適度な緩衝材として過ごした。
こんな荒れた学校にいて私の将来は大丈夫なのかと不安に駆られ、勉強に打ち込んでいた気がする。でもよそのクラスは問題なくほのぼの過ごしていたようなんだけど。なんで私のいたクラスだけあんなことになったんだろう?
結局あのクラスの荒れっぷりは未だにあの中学の伝説になっているという。先生お疲れ様でした。私はほとんどお世話になってなかったと思うけれど。通知表に毎回「大人しい子です」と書いてくださったけど、そりゃ比較対象があんまりだったからだと思うのです。
中学三年の頃は、前半はほぼ平和であったものの、夏休みを過ぎて受験をはっきり意識しだしたあたりから色々おきだした。
中学最後の大会に賭ける運動系の部活の青春モノやら、高校推薦枠をめぐる裏取引のエトセトラやら、恋人同士が志望校の違いで葛藤する姿やら、やりたいことが分からないと突然行方不明になった誰かさんが大切な心の何かを見つけて帰ってきたハートフルストーリーやらが。
ところが私はなまじ素行も成績も良かったために受験関係のお悩みはすんなりとスルーしてしまったし、部活は適当だったし、そこそこ親しかった友達も、近場の高校に進学が決まったし、もともと人情が薄いのか卒業式でよく見られる号泣もしなかった。だってむしろ清々したもん。
中学校生活は、まぁこんなもんかと過ごした。きっとあの学校は熱い人々が集まる所なのだと。私がちょっと人より冷めてるせいで傍観者でいるしかなったのだと。
高校に入ったら私だって! 我ながら見た目は捨てたもんじゃないと思うし、かる~く猫かぶっていれば優しい恋人の一人くらいはできるに違いない! と、がんばってテンションを上げて新しい校門をくぐった。
高校一年生。春の陽だまりの下、不意に吹き上げた強い風が桜を散らし、その恋は始まった。いや、私じゃなくてね? クラスを巻き込む壮大なすれ違い恋愛ストーリーを繰り広げた二人組の事である。
最初のうちは普通に、ただじれったいだけのくっ付きそうでくっ付かない二人をクラスのみんなが応援しているストーリーだったと記憶している。
しかしやがて、転校してきた彼氏の幼馴染の超美少女(結婚の約束をしていたらしい)の出現とか、それに悩む彼女を励ますうちに本気で惚れてしまったクラスの男子によるちょっとした暴力沙汰とか、その男子に心を寄せていた女生徒の自殺未遂とか、その親友たち(事件発覚後に突然増えた気がする)による少々ずれた激しい抗議(という名を借りたいじめと粛清)なんかがあって、クラスの雰囲気は一気に悪化してしまった。
更にその自殺が、実はクラスの調和が乱されに乱されたことに甚く腹を立てた一部の女子達による狂言であった事を見破る推理話へと展開し、最終的には振られた同士、幼馴染の子と横恋慕の男子が慰めあってくっつくとか、いやはや、もう。
あんまり激しく展開したので記憶がおぼろげになるほどである。風呂敷広げすぎだろうとも思ったが、きっちり年度末までに畳めて何よりである。
そんな恋の嵐の中で私が何をしていたかというと、いろんな人たちから相談されたり、愚痴を聞かされたり、情報源として扱われたり、していた気がする。モブ以上脇役未満みたいなポジション?
あくまで一歩引いて観察していた(ちがうんです、ほんとは勢いのありすぎる展開に滅茶苦茶ビビッちゃって仲裁にさえ入り込めなかっただけなんです)私はどうやら「こういうことに興味の無い落ち着いた人。でもいつも話を聞いてくれる」と、好意的に認識されたらしい。
誰が言い出したか知らないけど、平和な役割を与えてくれてありがとう、ありがとう!
高校二年生。一年時のトラウマで、恋愛恐怖症になった気がする。
そもそも人間って、生き物なんだから子孫を残すのがお仕事で、つまりその前振りである恋愛というのはきっと本能を刺激するとても重要な儀式なのだろう。だからあんなにみんな殺気立ってたんだ、きっとそうだ。私にはまだ十年くらい早いなぁ、アハハ。
と思った私は、ますます自分の殻に引きこもった。
幸い前年のイメージで、私はあまり人と接しない物静かなタイプだと認識されていたので、休み時間は本または教科書を広げておけば「真面目だねぇ」とか、せいぜい「ノートみせて」「宿題教えて」くらいのコミュニケーションで過ごせた。
が、かといって全く平和だったかと聞かれたらそんなことは、ない。ない。(大事な事なので……)
まず、起こったのは怪奇現象であった。といっても、不可思議なものを見た、とかではなく、教室内の物がやたらとなくなる事件。
消えたのは大して金銭的価値は無いと思われる、筆箱とか、ノートとか、シュシュとかだったので、始めのうちは「どこかに置き忘れたのかな」で済んでいたのだが、頻度が尋常じゃなくなって被害者じゃないほうが珍しい、というレベルに達してとうとう事件認定された。
犯人は「相手に無視をされた」という被害妄想に駆られた生徒であった。新しい学年になって、仲の良かったグループと離れて、ちょっとノイローゼになっていたのだと思われる。
この時、一度も被害にあったことのなかった私は容疑者の一人だったので、ちょっとドキドキした。でも私がほんとに犯人だったら、自作自演の被害くらい申告するからね? そんなに能天気じゃないからね?
次に、一年の頃不登校だった男子が登校してきて、同じクラスの何やら因縁のある男子とモメて、教室内で刃傷沙汰を起こした。
近くにいた生徒も数名まきこんでの大立ち回りで、かく言う私も運の悪いことに、吹っ飛んできた机に腰を強打し保健室に連れて行かれた。
翌日には紫を通り越しどす黒いほどの痣になって、数日間はスカートをはくのさえ痛かった。
その次は、中学校時代のいじめの被害者が、加害者に真綿で首を絞めるようなやりかたで復讐をする、という、サスペンスのような事件。
自業自得というか、お互い立場を交換すれば今まで見えなかったものも見えてくるのではなかろうか、と思わなくも無かったのでちまちまと元被害者が工作してまわるのを「○○は見た!」的ポジションで静観させてもらった。
怖かった。イジメ、カッコワルイ。イジメ、ヨクナイ。ってゆーかなんで私に見られてるの?もっと周りに注意を払った方がいいと思うの。私まで巻き込まれたらどうしてくれる! 復讐は計画的に。
更に、別れ話がこじれてストーカーになった子が警察に捕まったり、かと思えば、節度あるお付き合いの範疇を越えて無計画に妊娠してしまったカップルが堕胎のために学校中で寄付を募って先生にバレて退学になったり……。
私にもしつこく要求してきたが、「そんな事に出すお金なんか一銭も持ち合わせておりませんのよ、うふふ」とは言わずに、「ごめんね、ちょっと思い切った買い物したばっかりなの」とお断りした。
アレか、私にとって2学年というのはすさむ年なのか。大学2年は銃撃戦でもおこるのだろうか。不安だ。
とにかく、こうも色々起こると流石に、なんだか私っておかしくない? と感じるようになった。もしかして私は、トラブルを引き寄せてしまう性質なのかもしれない。いや、体質と言おうか。むしろ才能?
「一人の人間が、もしかしたら一生に一度くらいは出くわすかもしれないようなちょっと変わったできごと」を周囲に頻発させる、というのは、立派に才能ではないのか? いや、起こしたのは私じゃないけどさー。関わるだけでおなかいっぱいなんですよ、神様。
年々エスカレートしてゆく気疲れするイベントを、なんとか止める術は無いものだろうか。と、明日の始業日を恨めしく思う私なのでした。