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5.

「その神力を、虫に喰われた人間以外に使うと、何が起こるかは分からない。まあ、心配するほどのことでもないけれど」


「神力っていうのか、これは」



 正月気分も抜けきらないのに、退屈な学校は始まってしまった。


 あのホームで眠ってしまった日、俺は終電が行っても、夢の中にいたらしい。


 

 病院のベッドで目覚めた時の、あの景色がよみがえり、俺は思わず吐き気をもよおす。

 

 心配そうに俺を囲む、親。


 あんな奴ら、俺が殺してやった方が幸せなのだろう。



「なあ、ルコラ。何が起こるか分からないってことは、いいことが起こるかもしれないってこと?」


「ええ。でも」


「分かってる。悪いことが起きるかもしれない」


  もしかしたら。

  

 何も起こらないかもしれない。


 

 でも、注意をしてくるということは、その可能性は低いということだ。



「京介くん、君に対して好意丸出しの、あの女生徒はどなた?」


 ショートカットの髪を激しく揺らしながら明日香が、走ってきた。


 ーー心配かけたな。


 なんて言うことは絶対にない。


「京介。また遅刻? ほんとにしっかりしなさいよね? もうすぐ三年生だっていうのに」


「ああ、遅刻だ。その遅刻しそうな俺と一緒に登校する、お前も遅刻だろう」


「残念でした」


 エンジン音がしたと思ったら、急ブレーキをかけて明日香の脇に大きなバイクが止まった。


 ヘルメットもかぶらず、明日香は俺に舌を出してあっという間に交差点のかなたに消えていった。



「伊 明日香。京介くんの彼女、ではなくて腐れ縁、ということにしておくかな」


 ルコラが、俺の耳元でささやく。


「面白くないね。だって明日香ちゃん、大学生のボーイフレンドとバイクでご登校だもん」


「興味がない、俺は虫とルコラのことで頭がいっぱいだ」


「だといいんだけれどね」



 物事にはルールがある。


 嬉しいことも悲しいことも、やってくるのは理。


 もちろん、それには積み重なった必然がある。


 終わりは突然にはやってこない。


 必ず始まりがある。


 毎日を、惰性で生きている人間はそれに気がつかない。



 担任の越智が教室に入ってきても、クラスの誰も御喋りをやめようとしない。紙飛行機が、越智のハゲ散らかした頭に刺さった。


 何もいわず、越智は出席を取り、適当な返事が三十二人分終わると、何の興味もなさそうに教室を出て行った。


 見慣れた朝の風景。


  


 俺も明日香も越智が嫌いだ。


 俺は、ああいうやる気のない教師が嫌いだし、明日香は子供になめられる大人を誰よりもなめている。


 黒板のまん前の席で、時計を眺めながら、俺はルコラがノートにペンを走らせる音を聞いていた。


「なあ、俺から宿題を出していいか? この前はルコラが出しただろう」


「もちろんよ、たのしみだわ」


「学級崩壊したクラス。悪いのは力の足りない教師? それとも頭の足りない生徒? どっちだと思う」


 ルコラはいっつも左手に持っているノートに、すらすらと綺麗な字で俺の質問を書いた。


「今日の午後、会議があるから、みんなに聞いてみることにする」


 会議? たくさんのルコラとチョコルみたいなのが、どんなことを会議するのか。


 

「カンニングはなしだ、といいたいけれど、目をつぶることにしようか」


「やさしいのね」


 チャイムが鳴って、原が教室に入ってきた途端、教室は統率された軍隊のように静まり返った。


 俺も空気に従って、姿勢を正して、教科書を開く。

 

「こうも態度を変えるか? って思うだろ」


「簡単じゃない質問ね。これも会議にかけておきましょう。それよりも」


 そうだ。


「越智と虫について、かな?」


「そう、これは宿題じゃなくて、緊急提出の課題よ」


 

 大人が子供に征服される。


 子供が大人を裁く。


 

 それはルールに違反しているように思える。


 だが、俺には許される。


 なぜか? 


 理由なんて明らかすぎて、説明するまでもない。



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