15,
明日香から電話があったのは、晩飯を終えて部屋で何をする訳でもなく、ベッドで目を閉じている時だった。
聞きなれた着信メロディ。
誰からの電話かは瞬間で分かった。
俺はいつものように聞こえないふりをして、まぶたの裏側の光模様を見ていた。
電話はいつものように、鳴らなくなった。
短いコールだ。
「京介、電話がなってましたよお」
「知ってるよ」
チョコルは別に関心がないようだ。
癖なのだろう、羽根をこすり合わせる音が、眠気を誘う。
欠伸をして、寝返りを打った時に、また携帯が鳴った。
聞き飽きたメロディ。
俺は念のためにディスプレイを見る。
明日香だ。
夜の住宅街を早足で歩いていると、ミニチュアの中に迷い込んだように思える。
時折通り過ぎていく、息を切らして追い越していくトレーニングウエア姿の女が、現実感を何とか繋いでいく。
「お願いだから、チョコル。少しの間だけ静かにしていてくれ」
「エッチいことでも考えているんですねえ?」
俺は返事をしなかった。
立ち入り禁止になっている公園には、誰もいない。
大きな常緑樹の脇の、フェンスの破れ目から、服をひっかけないように気をつけながら体をねじ込んだ。
砂場にしゃがみこんで、明日香は小さな山を作っていた。
猫が音も無く明日香の後ろを通りすぎていく。
風が吹いて、明日香のショートカットを少しだけ揺らした。
俺はわざとらしくくしゃみをした。
「偶然だな、明日香。こんなところで会うなんて」
「ほんと偶然」
明日香は手を払うと、座れとでも言うようにデニムのパンツの隣を指さした。
「毎回毎回、私が二度コールすると、公園に京介があらわてくれるなんてね」
明日香は黙って砂を手ですくい、山の頂上に落としていく。
青白い人工的な蛍光灯の光で、顔色が分からない。
今日は、話し始めるまで何分かかるだろう。
もしかしたら一時間も二時間もかかるかもしれない。
「引っ越すことになると思う」
最長記録は二時間だ。
我ながら気の長いものだと思う。
「そうか」
「そう」
俺は向こうに見える大時計で時間を確認した。
明日香が砂遊びに飽きるまでの時間、四十五分。
話した時間、二分。
俺はとても損した気分で、公園に残っていた。
「なあ、チョコル。お前の親はどんな奴だ?」
「……」
静かにしていてくれ、と言ったことを思い出した。
こういうところは律儀というのか。小ばかにしているのか。
「もう喋っていいぞ」
「チョコルは静かにしているの苦手です」
「だろうな」
空気を読まないチョコルのテンションが有難いのかもしれない。
今、このまま一人でいたら、俺はこのまま夜を明かしてしまいそうだ。




