14.
繰り返していく日々の中で、俺はなにも見つけられずにいた。
家、学校。そして悪魔。
毎日、何かが変わっていっているはずなのに、まるで変わっていないように見える。
「最近は、ずっとお前といっしょだな」
これも原因のひとつだろうか。
「むふう、うれしいですかあ?」
「ああ」
そういえば、最近はルコラの姿を見ない。ルコラの甘ったるい雰囲気が恋しくなった訳じゃない。
このうっとうしい悪魔といるのが苦痛になってきただけだ。
よく考えれば、俺にはプライバシーがない。
四六時中、頭上にはコイツがふわふわと飛んでいる。
何の用があるのか。
「お前は天上界、とでもいうのか? 元いた場所に戻らなくていいのか」
俺はペダルを漕ぐ足を止めて、サドルから降りた。
こんな坂道、羽根が生えていたら一瞬でショートカット出来るのに。
上がりきった呼吸を整えるために、深く息を吸う。ハンドルに体重をかけて足を休める。
「前もいった通り、ルコラがたいていの雑務はやってくれてますから。ルコラよりチョコルの方が、位は上なのですよ?」
そいつは意外だ。
「お前は、いったい何者なんだ」
「悪魔です」
遠まわしに一人にしてくれ、といったつもりだったのだが、通じなかった。
ご機嫌で鼻歌なんて歌いやがる悪魔を引き連れて、重い足を進めると引っ越し業者のトラックが追い越していった。
住宅街特有の静けさの中に、油の切れた自転車のブレーキ音が響いた。
チョコルは、ルコラより位が高い悪魔。
考えごとをしていたせいか。
俺は反応が遅れた。
大なり小なり怪我をする。反射的にそれだけは分かった。
立ち尽くしていた俺の前に、チョコルが立っていた。
自転車に乗っていた男は妙な方向に折れ曲がった手首で、俺たちを指差した。
その男が虫に喰われた野郎だ、というのはすぐに分かった。
問題はそこじゃなかった。
チョコルの目が、獣を殺める赤ん坊、とでも言えばいいのだろうか。
狂おしいほどに透き通っていた。
泡を飛ばして男が何かを叫ぶ。
その言葉を理解するまでもなく、俺は男の心を壊した。
「一応、礼をいうよ、チョコル」
俺は倒れた自転車を起しながら、チョコルに言った。
「それはこっちのセリフですう」
チョコルは何の嫌味がある風でもなく、そう答えた。
まあ。
せいぜい、とりついている人間に怪我でもさせてしまったら、悪魔様の沽券にかかわりでもするのだろう。
俺たちは長い長い坂をまた昇り始めた。
坂を上りきったということは、後は平坦な道がつづくだけ。
もしくは、下り坂が待っているということを、俺はまだ知らなかった。




