13.
「京介、勝手に人のかばん、あさりましね? 最低ですっ!」
「落ちたから、直してやっただけだよ、人聞きの悪い」
朝っぱらから、これか。
「嘘です! この写真は手帳の二十六ページにはさんであったんです! なんで二十七ページにはさんであるんですか!」
チョコルの声が、頭に突き刺さる。やさしいメロディーの唄でも歌えば、聴き惚れてしまうかもしれないような声なのに、
どうしてこうも無駄に使うのか。
「数えなおしてみろよ、チョコル」
「いいでしょう! 一ページ、二ページ」
「六ページ、七ページ」
「八ページ、って京介、わざとページ数を飛ばして邪魔しないでください!」
カーテンの隙間から差し込む光が、チョコルの髪に天使のワッカを作っている。
「お前が寝ぼけて、そこに入れたんだろう」
本物の天使の頭に、天使のワッカが出来ている、というのも変な表現だが。
「そんなはずはないです! 最低ってのは、京介のことを言います!」
「なにもそんなに怒らなくてもいいだろう」
結局、学校に着くまでチョコルのご機嫌は直ることはなかった。
鳩が俺の頭にフンをするまでは。
「あはははは! 京介はツいてます! あはははは!」
大きな目を見開いて、チョコルは涙を流して笑っている。秋の天気のように変わりやすいコイツの機嫌を取るのは
至難の業だ。
「あッ、天に唾を吐くとどうなるか、教えてやります!」
頭にきた俺が、空中のチョコルに向かって唾を吐くと、チョコルは倍返しで痰を垂らしてきた。
結局、セットしたはずの俺の自慢の髪の毛に、鳩のフンとチョコルの痰がついたまま、俺は校門をくぐることになった。
何も無い一日というのは、今日みたいなことを言う。
朝のホームルームでは、相変わらず担任がやる気のない出席を取る。
その名簿に載っている名前の何を知っているのか。
俺達は受験レースのただの出走馬だ。
「チョコル、ルコラに変わってくれないか」
配られたプリントで、紙ひこうきを折っていたチョコルは一瞥もくれずに、いやです、と答えた。
どうして何もかもが俺の思い通りにいかないのだろう。
「神様っているのか、チョコル」
「いつかは会えますよ、京介」
またこちらを見ずにチョコルは答えた。
神様。
力を手に入れてから訪れた無力感はなんなのだろう。
「それはいつだ」
「遠くない、未来です。そんなに遠くない」
紙ひこうきが、騒々しい教室の中を、音も無く飛んでいく。
俺は少なくとも、俺の世界の神様になりたい。
誰かにとっての、一脇役で死んでいきたくない。




