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雪華遼遠  作者: Shellie May
7/18

8月(3)

あれから、何となくギクシャクとした日が続く。

相変わらず、私の声は出ず、医者からも焦らない様にと言われた。

先輩との距離は、離れる事を許されず、触れ合うギリギリの所でキープされていた。



数学の宿題を解いている私に、テーブルの対面の先輩が話し掛ける。

「神崎、祭りは好きか?」

私は、顔を上げて頷く。

「夕方、近所の神社であるそうだ。行くか?」

頷く私。

「トウモロコシ、あるぞ。」

やったぁ!

「嬉しそうな顔しやがって…マキに言っておくから、浴衣着て待っててくれ。」

待つ?

「俺は、少し用事があるから、出掛けて来る。夕方には戻るから、数学ちゃんとやっとけよ。」

と笑う。

先輩の笑顔、久し振りだ。

私も、笑って頷いた。

先輩が出掛けると、私は猛スピードで数学の宿題を終わらせ、シャワーを浴びて浴衣に着替えた。

誰の浴衣かな?

楓様のじゃ無さそう。

少しクラシカルな浴衣に合う様、髪をアップにして簪で止めた。

少し、早かったかな?

リビングにある窓際のソファーに座り、外を眺める。

開け放たれた窓から、緩やかな風が入り、ウインドチャイムが心地良い音を奏でた。

気持ちいい…私はまどろみの中に沈んで行った。



頬を撫でる手に、私は覚醒した。

全く知らない中年の男性が、私の頬を撫でていた。

凍りつく恐怖。

私は被りを振って、後座すった。

「君は…。」

尚も男は、手を差し伸べて迫って来る。

怖い!どうしよう!

私は、そのままリビングのテラスまで逃げた。

「君は…君は…。」

迫って来る恐怖に、私は髪から簪を抜いて、喉元に当てる。

嫌だ、嫌だ、またこんな思い…。

テラスの手すりまで追い詰められ、簪を持つ手に力が入る。

「ミサオ!!」

テラスの下から先輩が叫ぶ。

「先輩!!」

私は、手すりを乗り越えて、先輩の胸にダイブした。

「操、お前声が…。」

私は、先輩の胸の中で、声を上げて泣いた。



「落ち着いたか?神崎。」

「…はい。」

あれから、先輩の部屋に連れて行かれ、落ち着くまで付き添われていた。

あれ程先輩の胸に縋って泣いたのに、しばらくするとまた身体を硬直させてしまう。

「ごめんなさい。何か私、凄く自分勝手…。」

「無意識じゃ、仕方無いだろう。気にするな。気長に待つって決めたんだ。」

「…待っても、駄目かもしれない…。」

「いや、待つ…。」

「でも…。」

「これは、俺の問題だ。口出しするな。」

「…。」

先輩は、躊躇しながら私の顎を持ち上げる。

ビクッと緊張する私の喉を、そっと触れる。

「良かった。少し跡が残ってるが、傷にはなっていない様だな。」

「済みません。」

「お前が謝る必要ない。」

「…。」

「それにしても、今年の夏は、千客万来だな。」

「どういう事ですか?」

「兄貴だけじゃなく、親父まで別荘に来やがった。」

「えっ?さっきの、お父様だったんですか!?」

「驚かして済まなかった。多分、お袋の浴衣を着ていたんで、向こうも驚いたんだろう。」

「お母様のだったんですか。すぐに脱ぎますね。」

「いや、着ておいてやってくれ。」

「良いんですか?」

「あぁ。落ち着いたら、下に行こう。」

「はい。」



リビングに戻ると、2人の男性が談笑していた。

「やぁ、久し振りだね。神崎さん。」

「ご無沙汰しています、先生。」

「紹介するね、僕達の父親だ。あの病院で、院長をしている。此方、神崎操さん。」

「神崎です。お邪魔させて頂いております。」

「さっきは驚かして、本当に悪かったね。それに聡が、とんでもない事をした様で、本当に申し訳無い。」

「いえ…私が勝手に奥様の浴衣を着てしまったから…此方こそ、申し訳ありませんでした。」

「神崎、お前が謝る必要無いと言ったろ!」

「でも…。」

「神崎さん、私の誤解を、解かして貰えるだろうか?」

「え?」

「ちょっと、着いて来てくれるかね?」

「はい。」

「親父、それは!」

そう言う先輩を、先生が抑える。

なんだろう?

私は、院長先生と2人で2階の一番奥の部屋に向かった。

確か此処は、喜久子様達が来た時も、使われ無かった部屋。

院長先生が扉を開けると、優しい色調の壁紙に大きな窓。

茜色に染まる窓の外の景色が、まるで一枚の絵の様だ。

ベッドにクローゼットにドレッサー。此処は、女性の部屋だ。

「此処は、妻の部屋だったんだ。」

「素敵なお部屋ですね…。」

「妻を、紹介させてくれるかい?」

「え?」

確か、先輩のお母様は、幼い時に亡くなったと聞いていた。

院長先生は、壁にあるカーテンの所に行くと、

「妻の薫だ。」

そう言って、カーテンを開ける。

「!!」

其処には、私がいた。いや、私じゃない。私には、あんな笑顔出来ない。

白いドレス…ウエディングドレスだろうか?…身を包んだ彼女は、両手を広げ包容を待つ様に笑い掛ける。

彼女の周りには花が舞い、幸せの絶頂にある。

100号のキャンバスに描かれた絵は、観る者を幸せな心地にしてくれるのだろう…私以外の人を…。

「君を見た時は、正直驚いた。薫が生きて戻って来たと、本気でそんな事を思ってしまった。お盆だからだろうね…。」

「…。」

「小次郎が、君に心を寄せるのも、分かる気がする…薫が死んだ時、あれはまだ5歳だった。」

「…。」

「母親の事は?」

「…幼い時に、亡くなったとだけ…。」

「そうか…薫は、小次郎の身代わりに亡くなったんだ。」

「!!」

「此処に遊びにきていてね。川遊びしていた小次郎が、溺れたのを助け様として亡くなったんだ。」

「…!」

「以来、小次郎は、夏には必ず此処にやって来る。」

「そうだったんですか…。」

「その別荘に君を呼んだという事は、君は小次郎にとって其れだけの存在という事なんだろうね?」

「いえ…先輩は、寮が閉鎖されて行き場が無い私を助けてくれただけです。」

「そうなのかい?」

「……はい。」

私は、小さく答えた。

「一つ君にお願いがあるんだが、聞いて貰えるだろうか?」

「何でしょう?」

「私は、妻を心から愛していた。だから、妻が亡くなった時、人目もはばからず悲しんだ。」

「お気持ち、わかります。」

父も、母が亡くなった時、人目もはばからずに泣いていた。

「幼い小次郎は、その姿を見て思ったのだろう…母親を殺したのは、自分だと。」

「そんな…。」

「あの子は、苛まれている。次第に私と距離を置く様になり、中学から寮のある学校に入って、家を出てしまった。」

「…。」

「私は、小次郎と普通の親子関係を取り戻したい。そして、出来るなら家に戻って貰いたいんだ。」

「…。」

「君に、手を貸して貰いたい。」

先輩が…家に帰る手助け…。

私は、目を伏せた。

「…私の言う事を、聞いてくれるかどうか…。」

「君じゃなきゃ成し得ないと、私は思っている。」

「…わかりました。」

「…私は、君に…酷なお願いをしているのだろうね?」

私は、被りを振る。

「私は、大丈夫です。今までだって、独りでやって来ましたから。」

「君を抱き締めても、いいだろうか?」

「…奥様は、院長先生の事を、何と呼ばれていたんですか?」

「…あなた…と。」

私は、髪から簪を取り、帯に挟んだ。

そして、両手を広げ、今自分が出来る一番の微笑みを向けて言った。

「あなた…。」

「薫!」

院長先生が、私を抱き締める。

どれだけ奥様を、深く愛していたかが分かる。

その想いが、ストレートに流れ込む。

「…あなた…。」

「…薫…薫…。」

やがて、その抱き方に変化が現れ、私の髪を優しく撫でる。

「…君は、優しい子だね…。」

「私は…先輩と離れた方が良いのでしょうか?」

「それは、私にはわからない。君と、小次郎の問題だよ。」

「私は、先輩に心配を掛けて、負担を掛けて、与えられてばかり…どうお返しすればいいか、わからない…。」

「君は、そんな所まで薫に似ているんだね。そして、小次郎も…。」

「…。」

「それが、小次郎の愛し方なんだろう。君は、愛情で応えればいいんだよ。」

「…今の私には、それすら出来ないんです。」

院長先生は、ずっと私の髪を撫でてくれた。



院長先生と別れて、私は自分の部屋に戻った。

食事も喉を通りそうに無かったので、辞退させて貰った。

大丈夫、明日には普通に笑顔で過ごせる。きっと大丈夫。

その時、ノックの音がした。

どうしょう、先輩には今会いたく無い…。

「起きてる?神崎さん。僕だけど…。」

先生の声。

私は、ドアを開ける。

「ちょっといい?ココア持って来たんだけど。」

「どうぞ。」

先生を招き入れ、小机の椅子を勧める。

「食欲無いって?ココアなら飲める?」

私は頷き、カップを受け取る。

温かくて甘くて、優しい味。

先生は、私が飲み終えるまで、黙って待っていてくれた。

「美味しかったです。」

「でしょ?母の直伝なんだ。」

そう言って、先生は笑った。

「色々あって、悩みが増えちゃったみたいだね。」

私は、空になったカップを握り締めた。

「最近の様子は、小次郎から聞いていたんだ。君自身も、大分小次郎を受け入れて、順調に回復していると思っていたんだよ。」

「はい。」

「此処に来てからだね?心の変化があったのは。声も出なくなっていたと言うし、触る事も拒絶反応が出るって?」

「情けないです。」

「そう思っちゃいけない。何か原因が有るんだ。話してごらん?」

「聡様に…。」

「未遂だったんだよね?君が、ペーパーナイフで首を傷つけたから。」

「…あの後、鏡で自分の姿を見たんです。」

「…血が流れてる所?」

「…綺麗だと…思ってしまいました。」

カップを持つ手に、涙が落ちる。

「こんなに…こんなに先輩に想って頂いてるのに、まだ私は…。」

「確かに、さっき親父から逃げて、簪を喉に当ててる時に思ったんだけどね。」

「…。」

「以前、寮での事件の時も、そうだったよね?襲われた場合、普通は刃物を相手に向ける。最初から自分に向ける、それは一種の自傷行為なんだよ。」

「!」

「其処までで無いとしても、君の場合は、明らかに他人の命より、自分の命を軽く見ている。違うかい?」

「…わかりません。」

「襲われた時、許せないのは相手では無く、襲われた自分…違う?」

「…。」

「自分を許す…君にとっては難しいけどね。小次郎の愛する自分を、好きになれない?」

一気に耳まで赤くなる。



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