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雪華遼遠  作者: Shellie May
6/18

8月(2)

リビングにマキさんと一緒にお茶を運ぶ私を見て、機嫌が悪そうな先輩の顔の眉間に、深いシワが寄った。

ついと立ち上がり、部屋を出ようとする。

「小次郎、どこに行くの?」

喜久子様が声を掛ける。

出来る女って、こんな感じかな?セシールカットのスレンダーな人。若い頃は、凄い美人だったに違いない。少し、先輩に似てる…。

「疲れたので、休ませて頂きます。後で、部屋に茶を頼む。」

「承知致しました。」

竹島家の面々にお茶を配る。

「小次郎君は、相変わらずだね。」

「あのままで、良いわけありませんよ。」

「思春期特有の反抗期ですよ、お母様。学校を出て、社会にでれば嫌でも気付く。自分の愚かさにね。」

「私は、今のままの小次郎が好きよ。」

皆で、先輩の話し…何だろう?

「ちょっと、そこの貴女!」

「はい、私ですか?」

「名前は?」

「神崎操です。」

「操さんね?小次郎に、お茶を運ぶのでしょ?起きていたら、降りて来る様に言いなさい。」

「はい。」

「それから、時間があったら優の面倒を見てちょうだい。」

「はい、承知致しました。優様、後でご一緒しますね。」

優様は、にっこり笑った。



「失礼します。お茶、お持ちしました。」

「…入れ。」

2階の先輩の部屋は、明るくていい風が入る。

「気持ち良いですね。さすがに北海道って感じかな?」

「…何してる?」

「え?お茶を運んで…。」

「じゃなくて!」

「怒ってます?マキさん達の手が足りないみたいだったから、喜久子様達がいる間、アルバイトしようかと…。」

「…夜には、此処を出るぞ!」

「駄目ですよ。」

「何故?」

「喜久子様達、先輩に何かご用があるんじゃありませんか?」

「聞かなくても、分かってる…。」

「お家の事だから、何も聞きませんが、ちゃんと話した方がいいです。わざわざいらしたのも、その為でしょ?」

先輩は、私を抱き寄せて言った。

「お前にこんな事させて、聞く意味なんて…。」

私は、先輩の背中をさすった。

「私達も、話さないと、理解し合えない事、たくさんありましたよね?一杯話して、自分を理解して貰ったら良いじゃありませんか?」

「…操。」

「喜久子様がお待ちですよ。」

「…わかった。」

私は、部屋を退出した。



階段を下りた所で、優様が私を待ち構えていた。

「私を、待って下さってたんですか?」

「うん。時間、空いた?」

「じゃあ、マキさんに聞いてみますね。」

私はマキさんに確認し、優様の相手をする事にした。

「で、優様は、何をしたいのかな?」

「えっとねぇ…探検!」

「了解しました、隊長!それでは、探検グッズを揃えるであります!」

リュックに色々詰め込んで、帽子を被り、私達は小さな小さな探検に出かけた。

虫を捕まえ、木の実のお宝を発見し、花の王冠を作り、秘密基地まで作った。別荘に帰って風呂に入れ、髪を乾かしてやると、優様は私の膝で昼寝を始めた。

「すっかり、懐かれた様だな。」

「可愛いですね…。先輩も子供の頃は、こんな感じでした?」

「いや…俺は…。」

「お嫌いですか?子供の頃の話は。」

「あぁ。」

「そうですか…私も、好きではありません。」

「そうなのか?今日の様子を聞くと、幸せな子供時代を送った様に思えたが。」

「あれは…夢です。子供の頃、こうやって遊びたかった夢。今日は、優様とそれを実現出来ました。楽しかったぁ…。」

「…そうか。」

「先輩、優様ベッドに運んでもらえます?私そろそろ、夕食の準備に行きますので。」

「わかった。」先輩は優様をベッドに運び、布団を掛けてくれた。

「それじゃ、私は…。」

「待て。」

「何です?」

「少しだけ、此処に居ろ。」

そう言って、抱きすくめられる。

「同じ屋根の下に居るのに、お前と居る時間が無い…。」

「甘えん坊の子供みたいな事を。」

「ぬかせ!」

「はいはい。」

「優の奴、お前に膝枕されてた。」

「?」

「俺も、してもらった事、無い…。」

「だって、そんな仲じゃ…。」

腕に力が入る。

「…駄目…行かないと。」

私は、腕を逃れて厨房へ走った。



「君と小次郎って、どういう関係なんだい?」

就寝前のハーブティーをのみながら、聡様が尋ねる。

「別に…。」

「小次郎が、君の姿をずっと目で追ってる。」

「危なっかしいからじゃ無いですか?」

「時々コソコソ話してるよね。」

「…奉公先の坊ちゃまですから。」

「ふーん。」

カップを置いて近づいて来た聡様は、私の顎を持ち上げ片手で腰を密着させる。

「僕は、あまり興味無いけど…小次郎が君に興味を持つのは分かる気がするな。」

どういう事?

「人を呼びますよ。」

ゴムを取られ、髪を掻き揚げられる。

「いいよ。小次郎が見たら、どう思うかな?」

この人、大嫌い!

「恥ずかしくないの!」

「別に。細い首筋だ…。」

そう言って、舌を這わす。

嫌だ!

何か手近な物…。

机の上を、後ろ手に探って見つけたペーパーナイフを構える。

「それで、僕を刺すのかい?」

「そんな事しないわ!」

私は、自分の首筋にナイフを当てる。

「どうせ、見かけ倒しだろ?」

ナイフに、思い切り力を込めると、ようやく刃先が皮膚に刺さり、血が流れる。

「おいおい、冗談だろ?」

「試してみる?」

刺さった刃先を移動させると、新しい血が吹き出す。

「何て奴だ!」

そう言って、聡様は部屋から出て行った。

助かった…。

振り向くと、鏡に自分の姿が映っていた。

流れ出た血が、首筋を通って胸元に薔薇の様な大きな染みをこしらえていた。

それを、綺麗と思ってしまう自分に愕然とする。

まだ私は、死にたいと思ってるの?

先輩に、あんなに想われも、まだ…。

悲しくて悲しくて、肩を抱いて泣いた。



翌朝、マキさんが、聡様の部屋から私の使う部屋まで血痕が続いているのに驚き、先輩に報告したらしい。

先輩が私の部屋のドアを破った時、私の意識は朦朧としていた。

自分で止血したつもりだったが、思っていたより傷が深かった様だ。

病院から帰った私は、有無を言わせず先輩の部屋に運ばれ、ベッドに寝かされマキさんに付き添われていた。

聡様は、今朝早くに東京に帰ったらしい。

先輩は、喜久子様達と話しているという。

ベッドでトロトロとまどろんでいた私は、いきなり布団を剥がされた。

「貴女!一体何なの?」

楓様が、真っ赤な顔をして立っていた。

「何で、小次郎のベッドなんかに寝てるの!?降りなさいょ!」

と、引きずり降ろされる。

「何で、小次郎の婚約者の私が出て行かなくちゃいけないの?貴女が出て行けばいいじゃない!」

「!!」

「小次郎は、私のものよ!泥棒猫みたいな真似しないで!この部屋からも、この別荘からも、消えてちょうだい!」

心に針が刺さった。

細く鋭い針が、深く、深く…。

私はノロノロと立ち上がり、自分の部屋に向かった。

マキさんは、オロオロしながら成り行きを見守っている。

荷物を纏めていると、ノックの音がする。

「いいかしら?」

喜久子様の声。

私は、ドアを開け招き入れた。

「凄いわね…。」

部屋は、昨夜の状態のまま、血だまりが出来ていた。

「夕べは、聡が失礼な事をしたみたいで、ごめんなさいね。」

「ぐぁ…。」

「貴女、声が…。」

出ない。傷のせい?

「私達、今日此処を立つけれど、貴女も此処に居ない方がいいんじゃないかと思ってね。」

「…。」

「私達と、東京に戻ったら如何かしら?」

私は、頷く。

「良かった。じゃあ、戻る準備をしたら、リビングに来てちょうだい。」

そう言って、喜久子様は出て行った。



荷物を纏めて玄関に置き、リビングに向かう。

私の姿を見て、先輩は驚いた様に

「寝てなくていいのか?」

と言った。

「小次郎、彼女は私達と一緒に東京帰るのよ。」

「!?」

「貴方が此処に居るのは、構わない。でも、彼女には帰って貰います。」

「…何処に帰るって?」

「彼女は、責任を持って親御さんの所に届けるわ。」

「神崎!!答えろ!!」

「…。」

私は、目を伏せたままだ。

「彼女は、今、声が出ないのよ。」

「!…じゃあ代わりに僕が答えましょう。彼女は今、帰る場所が無いんだ。」

先輩がやって来て、私の腕を引いた。

「お前、何処に帰るっていうんだ?寮も閉まったままだろうが!」

大丈夫と、口真似をする。

「どういう事?」

「彼女は、寮しか住む場所が無いんです。」

「なんだ、宿無しの、捨て猫なんだ。」

「楓、失礼な事言うんじゃありません!」

「彼女の父親は海外勤務で、その間、寮生活をしているだけです。」

「そう…。では、ウチに来る?」

「冗談じゃ無い!!あんな事をした、聡の居る家に、行かすわけにはいかない!絶対にだ!!」

そして、私に向き直って言った。

「神崎、お前の居る場所は、此処しかないだろう!!あんな事されて、声まで出なくなって、俺がお前を放り出せる訳ないだろう!」

私は、精一杯の抵抗で被りを振り、突き放そうとした。しかし先輩は、此までに無い程しっかりと抱き締めると、

「此処に居ろ、操。俺の所に居るんだ。俺が守るから。ずっと守るから…操…。」

涙が溢れるのと同時に、目の前が真っ暗になって、膝から崩れ落ちた。



…ミサオ…ミサオ…。

優しい囁き。

そよ風の様に、私の髪を梳く指。

私の一番好きな場所…チリチリと胸の奥が疼く。

「操?」

「!」

慌てて起きようとした私は、目眩に襲われる。

「無理するな、まだ貧血気味なんだろう?」

だって、それは、先輩が添い寝なんてしてるから…。

少しずつ後ろにずれようとする私を、先輩は、また引き戻す。

こんな所、また楓様に見つかったりしたら!


「うぅ…。」

クルリと反転し、ベッドの下にうずくまる。

「皆んな、東京に帰った。安心しろ。」

耳を押さえて、被りを振る。

胸の針が痛い。

「操?」

差し伸べられた手を、思い切りはねのける。

触れられる事を、身体が拒否してる。

あんなに好きだった、先輩の腕の中に、もう戻れないの?

私は、声にならない声を上げて泣いた。


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