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雪華遼遠  作者: Shellie May
16/18

車椅子で廊下を行くと、すれ違う人や周囲の人の注目を浴びる。

きっと、車椅子を押す小次郎先生が素敵なせいもあるけれど、原因は、きっと私の髪。

何故かわからないけど、若い癖にお婆さんの様に真っ白なんて、気持ち悪いに決まってる…。

「小次郎先生。」

「何だい?」

「髪、切って貰えませんか?」

「どうして?」

「洗ったり、乾かしたりするの、看護士さん達だって手間だし…。」

「そんな事、気にする必要は無い。」

「でも、皆さん気持ち悪いに決まってます。若いのにこんなに真っ白で、長くて…。皆さん見てるし…。」

小次郎先生は、車椅子の前に来てしゃがむと、私の髪を掴んで言った。

「誰が、気持ち悪いって?」

「だって…。」

「神崎さん、皆が見てるのは、この髪が美しくて羨ましいからだ。」

平気でそんな恥ずかしい事を言う。

「どの位切ろうと思ってた?」

「短くしようかなって…その方が目立たないし…。」

「じゃあ、一つ俺の願いを聞いてくれるか?」

「先生のお願い?」

「長いままでいて欲しい。洗うのも、乾かすのも協力するから。」

「長いのが好きなんですか?」

「あぁ。俺の為に伸ばして貰えないか、神崎さん?」

「先生の為に…。」

「駄目かな?」

「…しょうがないですね。お願いされちゃあ…。でも、少しだけ切らせて下さい。リハビリの時、自分の髪踏んじゃう。」

「どの位?」

「せめて、小次郎先生位に…。」

「わかった。後で切ろう。」



今日は、屋上に行くという。

「あ…気持ちいい風…。」

屋上を吹き抜ける風が、気持ちいい。

そのまま屋上を進んで行く…あれ?ドキドキする…。

突き当たりを左に曲がって、ベンチが見えた所で、私は怖くなって車椅子の車輪を掴んだ。

途端に、指先が車椅子本体との間に挟まれてしまう。

「っ痛!」

「済まん、大丈夫か!?」

「あ…はい。」

「見せてみろ!」

おずおずと右手を出すと、指先から血の流れる指を、小次郎先生は口に加えて血を吸い取る。

驚いて手を退こうとする私に、

「じっとしてろ…。」

と、舐め続ける。

先生の舌の感覚が伝わり、またドキドキする。

「あの…もう、大丈夫ですから…。」

そう言うと、先生は自分のハンカチで指先を拭き、

「部屋に帰ったら、消毒して冷やそう。」

「はい…。」

「神崎さん…何故急に止めようとしたんだ?」

「…あそこは、何か嫌で…。」

「ベンチの所?」

「怖いの…胸が締め付けられる感じ…。」

「下りようか?」

「はい。」

部屋に帰ると、指先を消毒して、保冷剤で冷やす。

「気持ちいい…」

「良かった。」

「小次郎先生って、私にフランクに接して下さいますよね?」

「そうかな?」

「なのに、何故神崎さんなの?」

「…。」

「武蔵先生も、院長先生も、名前で呼んで下さるのに、一番近くにいる小次郎先生は、神崎さんって…。」

「…。」

「ごめんなさい。余計な事でした。」

少し寂しくなった。

「私、休みます。」

そう言って、車椅子を移動してベッドに行く。

ベッドに上ろうとしてバランスを崩した私を、小次郎先生が抱き留める。

「ごめんなさい…。」

「いや…。」

そのまま、小次郎先生は動かない。

「…先生?」

「…何と呼べばいい?」

「さっきの話?」

「あぁ。」

「先生に、しっくり来るのがいいな…。」

「操ちゃん…。」

「何か違う。」

私は、クスクス笑った。

「操さん。」

「それも、何か変!」

「操っち?」

「なぁに、それ!」

見上げて私が笑うと、少し腕に力を入れて言った。

「…操…。」

「あ…。もう一度…。」

「操…。」

「…お願い、もう一度…。」

「…ミサオ…。」

私の足から力が抜け、先生に抱き抱えられる。

「先生、私の事そう呼んでたの?」

「何故?」

「ずっと昔から、そう呼ばれてた気がする…先生にそう呼ばれるの、私好きよ。とても優しくて、少し切ない…。」

「操で、いいのか?」

「そう呼んでくれると、嬉しいけど…駄目ですか?でも彼女に、怒られちゃうかな?」

「彼女?」

「いらっしゃるんでしょう?小次郎先生、素敵だし…。」

「…今は、いないかな。」

「そうなの?じゃあ、呼んでくれます?」

「あぁ。」

「嬉しいな…少し、疲れちゃった…。」

先生は、私に布団を掛けて、頬に手を添えて優しく言った。

「おやすみ、ミサオ…。」



翌日、珠ちゃんが遊びに来た。

珠ちゃんは、私の高校時代の友人で、彼女との会話で思い出した事は、数知れない。

「文化祭、覚えていらっしゃいます?操ちゃん!」

「おぼろげながらね…何か、役員してなかった?」

「えぇ、文化祭実行委員会に入って、頑張っていらっしゃいましたわ。」

「色々、バタバタしてた記憶がある…。いつも、帰りに図書室に行ったわよね。」

「いつも、お茶を飲みましたわ…。」

「私と、珠ちゃんと、大和先輩と…もう1人…。」

「もう1人?」

「居たと思うの…誰?」

「それは、前も言った通り、教えてはいけない決まりなんですのよ。」

「でも、居たでしょう?」

「…。」

後ろで記録を取っていた小次郎先生が、ツイッと立って別室に行く。

「文化祭の実行委員長の事は、覚えてます?」

「確か、剣道部の…南先輩!」

「そうそう!」

「確か…告白された様な…。」

「操ちゃん、おもてになりましたのよ。」

「何で、断ったんだっけ?」

「…。」

「私、誰か好きな人、居たのかも…。」

「ミスコン、覚えてます?」

「優勝したわよね!」

「そうですわ!」

「頑張ったのよ、目覚まし時計誰にも渡したくなくて…。」

「綺麗でしたわね。」

「腕によりを掛けたもの!ヘヤメイクして、チャイナドレス着せて、奮い着きたくなる程いい女に仕立てたわ!」

「誰を?」

「誰をって、先輩…。」

「…操ちゃん。」

「先輩…先輩…。」

私は、急にガクガクと震え出した。

珠ちゃんが、小次郎先生を呼び、先生は直ぐに来てくれた。

「操、どうした?」

先生は、私を優しく抱き締めてくれる。

だが、私の震えは止まらない。

「珠ちゃん、私…。」

「何ですの?」

「とんでもない事、思い出して無いんじゃない!?」

「えっ…。」

「先輩って誰?」

「それは…。」

「寮の話の時も、大和先輩と一緒に居た先輩。私が襲われた時に助けてくれた先輩。夏休みに行く宛てのない私を、別荘に連れて行ってくれた先輩。文化祭のミスコンで優勝した先輩。」

私は、小次郎先生の腕を強く掴んで、珠ちゃんに叫んでいた。

「みんな…同じ人よね?何時も、私の側に居てくれた人でしょ?何で?どうして、そんな大切な人の事、私思い出せずにいるの?どうして!!」

「落ち着け、操…落ち着くんだ…頼むから…ミサオ…ミサオ…。」

「…。」

私の意識は、真っ白になって、途切れた。



「もう一息ですわね、小次郎様。」

「あぁ。でも、別に思い出さなくてもいいと思ってる…。」

「何故ですの?」

「辛い思い出が多過ぎるからな…だから、俺の記憶にブレーキが掛かるんだ。」

「でも、思い出さなければ、一緒にはなれませんでしょう?」

「それは…。」

「小次郎様、リハビリが終わる迄に思い出さないと、操ちゃんは退院してしまいますのよ!もう学生では無く、大人の女性として、出て行ってしまいますのよ!操ちゃんの性格は、ご存知でしょう?」

「…。」

「諦めませんわよ、私は!辛い事もあるかもしれませんけれど、操ちゃんと小次郎様に幸せになって頂きたいですもの!」

「楠田…。済まない。諦めない…俺も…。」



珠ちゃんが帰った翌日から、私は食欲も落ち、リハビリも休みがちになった。

午前中は、小次郎先生も忙しく、私1人で過ごす事が多い。

「…先輩…先輩…。」

呼んでみる。

懐かしく、甘く、切ない響き…。

まるで、小次郎先生に操と呼ばれた様な…。

私、その人に操と呼ばれていたのかしら?

きっとそうだ…。

「一体誰なの?」

その時、ノックの音がした。

「入っていいかい、操ちゃん?」

武蔵先生が、顔を出す。

「勿論です。先生。」

「調子は、どうかな?」

「私ね、思い出せない人が居るんです。とても大切な人。」

「そういう人が居たという事を、思い出しただけでも快挙だよ。」

「でも、怖いの。」

「どうして?」

「その人思い出しても、もう9年も経っているのでしょう?私は当時のままの感情や思いを抱いても、その人にとっては、とっくに過去の事だわ…。」

「操ちゃん…。」

「私の心がその人を思い出そうと、その人を求めてもがくの!でも、その人に拒否されるために?辛すぎるわ…。」

「きっと、待っていてくれる…。信じて思いだすんだ…。」

武蔵先生は、そっと私を抱いて下さった。

あ…。

「…先生、操って、呼んでみて…。」

「操?」

「もっと…。」

「操…操…。」

「…ありがとう。」

私は、身を離すと、先生に聞いた。

「先生、退院は、いつ頃になりそう?」

「まだ、当分先だよ。リハビリもまだ進んで無いし…。」

「…転院、出来ますか?」

「…操ちゃん…まさか、君…!思い出したのかい?」

「先生…こんな結末…酷過ぎるわ!」

「あいつは、ずっと待ってたんだ!」

「だったら、尚更酷過ぎる!目の前に、ずっと居たのよ!信じられない!!私、どれだけ先輩を傷付けて…嫌…嫌ぁ…もう、会えない…先生お願い!どこか遠くに…!」

「操ちゃん、落ち着くんだ!操ちゃん…。」





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