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雪華遼遠  作者: Shellie May
14/18

春(1)

俺の名前は、鷹栖小次郎。

去年の春から、親父の病院でドクターとして働いている。

担当は、外科。

自分自身は心療内科を希望したが、俺の性格が災いした。

外科を志した兄貴とは、全くの逆パターンである。

夜勤明けに緊急手術をこなして、体力気力共にヘロヘロになりながら、俺は6階の特別室に向かう。

本来は、親族が入院した時用の部屋だが、今は通称『Mルーム』と呼ばれている。

扉を開けると、明るく柔らかい色彩の壁紙。

病室とは思えない広い部屋の中には、応接セットにダイニングテーブル、バストイレ付き、患者用のベッドの他に、付き添い用のベッドまで完備している。

まるでホテルの一室だ。

今俺は、普段此処で生活している。

「小次郎先生、お疲れ様です。」

「あぁ。ご苦労様。」

看護師が2人、彼女を風呂に入れたのだろう。

長い髪を拭いていた。

「後はいい。俺がやるから。」

「でも、お疲れじゃ無いですか?」

「いや、俺のリフレッシュなんだ。それに、長くなったからな…コツがいるんだ。」

「じゃあ、お願いします。」

看護師は、2人で出て行った。

「ただいま、操。」

俺は、操の頬にキスをした。

彼女の髪は伸び続け、もう踝の辺りまである。

看護師達には手に余るだろうが、この髪を切る気は無い。

「乾かそうか…。」

タオルで充分乾かし、ドライヤーの風を当てる。

「お前は、こうやって乾かすのが好きだったな…。」

風を当てて、指で梳く。

光が通り抜け、キラキラと輝く。

あの時漆黒だった髪は、今は透き通る様な銀髪になっていた。



「助かるのか?」

「…小次郎、正直覚悟してくれ…。」

「!!」

「操ちゃんの手首の傷、躊躇い傷が無かったんだ。かなりの出血だった。」

「…。」

「それに加えて、酷い打撲で内出血が酷くてな…ワイン瓶で滅多打ちされたみたいで、肋骨も2本折れてるそうだ。」

「そんな…。」

「それにな…。」

「まだ、あるのか!」

「楓のやつ、ガラスで操ちゃんの事刺してるんだ。」

「!!」

「ワイン瓶のガラスが、刺したままにされていた。不幸中の幸いだったのが抜かれていなかった事だ。抜いていたら、今頃はもう…。」

「傷は?深さはどうなんだ?」

「かなり深い。肺には損傷は無いが、他の臓器は開けてみないと何とも…。」

「なんて事を…。」

「出血量が酷過ぎる。脳への影響も心配だ。ましてや操ちゃんの場合、精神的にも負担があるし…。」

「執刀は?」

「院長自ら執刀する。」

「親父が!?」

「それだけ、操ちゃんとお前の事を思っていると言う事だ。」

「…。」

「小次郎、そろそろいいんじゃないか?帰って来ないか?」

「…。」

「操ちゃんも、それを望んでいる。」

「…あぁ、そうだな…。」

手術は成功し、操の命は繋がれた。

だが、それから11年、未だに目覚めない。

髪も手術後1年で、全て銀髪になってしまった。



髪を乾かすと、俺は操の髪を片側にまとめ、桜色の組み紐で結んでやる。

銀髪に薄い桜色が上品に映る。

あの日、俺が操に渡す筈だったクリスマスプレゼントだ。

「よく似合う…あの日、俺達は同じ物を贈り合うつもりでいたんだな…。」

俺の髪には、今も淡い藤色と茄子紺の2本の組み紐が結わえてある。

手術が終わって、ICUからこの部屋に操が移され、俺は初めてこの組み紐を操の髪に結んだ。

それをじっと見ていた親父は、突然喜久子叔母夫婦と楓をこの病室に呼び出した。

「何て事するんだ、親父!!俺は金輪際、楓なんかと会わねぇぞ!!」

「そんな訳にも行かないだろう。いいから、この場は私に任せなさい。悪い様にはしないから。」

「…。」

しばらくしてやって来た3人を、親父はにこやかに迎え入れた。

3人は、ベッドに横たわる操に驚いたが、何も言わずにソファーに腰を下ろした。

「久し振りだね、篤郎君。其方は、どうだい?」

「ご無沙汰致しております、義兄さん。此方も何とか経営しています。」

「お兄様、私今週人間ドッグに入りたいの。この部屋、開けて頂ける?」

俺は、立ち上がって叫びたい衝動に駆られた。

「それは、無理だ喜久子。人間ドッグなら、自分の病院に入りなさい。」

「何ですって!?」

「そんな事を言えるのか?喜久子!お前の娘があの子に何をしたか、わかっているのか?」

「でも、それはあの子が…。」

「黙りなさい!!楓!!」

反論する楓を、親父は一喝する。

「楓、お前が小次郎の事を思う気持ちはわかる。だが、お前も、小次郎の気持ちに気付いている筈だ…。」

「…。」

楓は、涙を浮かべて俯いた。

「でもお兄様、合併の話は?小次郎と楓の結婚あっての事でしょう?」

「私は、合併そのものを見送っても良いと考えている。息子を犠牲にするなら、尚更だ。」

「どこの馬の骨ともわからない娘の為に、どうしてそこまでするの?両家の結婚は、お互いの利害も含めて、最高の縁談のはずよ!」

喜久子叔母は、譲らない。

親父は、溜め息を吐くと静かに言った。

「楓は、無抵抗の彼女に、瓶で殴りつけ打撲と骨折を、さらにガラスで彼女を刺して全治3ヶ月の傷を負わした。立派な暴行傷害事件だよ。」

「でも…。」

「警察に届けるつもりは無い。だが、鷹栖の嫁には出来ない!」

「くっ!」

「あんな子の為に…!」

「失礼な言葉は、控えてもらおう。」

「!?」

「小次郎はたった今、私の目の前で彼女と婚約したのだ。彼女は、正式な鷹栖の家の婚約者となる。」

「!!」

これには、俺も驚いた。

親父自ら、操を婚約者として公表したのだ。

「…義兄さん、宜しいのですか?ウチからの資金援助は、切っても構わないと?」

親父はニヤリと笑うと、

「構わないよ、篤郎君。只残念だが、その場合ウチからの派遣医師は、全員引き上げさせて頂く。医師会への便宜も、勿論出来なくなるが、構わないね?」

経営だけで、医師は鷹栖を頼り切っている篤郎叔父は、青くなった。

「…義兄さん…ウチとしては、娘との結婚話が無くなったとしても、此方と良い関係を続けて行きたいと考えています。今後共、ずっと…。」

「あなた!」

「黙りなさい、喜久子!!」

「正しい選択だと思うよ、篤郎君。」

そう言うと、親父は篤郎叔父と握手を交わす。

そして、

「喜久子、これ以上私を怒らせると、どうなるか分かっているな?彼女は、私が認めた、鷹栖の嫁だ。内外で彼女の誹謗中傷など私の耳に入った時には、鷹栖の全力を持って受けて立つから、そのつもりでいる事だ。」

喜久子叔母は、青くなって震えた。

「どうしても、鷹栖との絆が欲しいなら、稔を寄越しなさい。ただし、教育は、我が家で行う。」

「…わかりました。」

3人は、肩を落として帰って言った。

俺は、親父の迫力と采配に只々驚いていた。

「…これでいいかな、小次郎?」

「…親父…良かったのか?」

「何がだ?」

「合併の話…今迄進めて来たのに。」

親父は、優しい眼差しで俺見た。

「今迄お前が嫌がっていたのは、只漠然とだろう?だが、今回は、愛する相手がいての話だ。子供の幸せを、願わない親はいないんだよ、小次郎。」

「ありがとう、親父…。」



自分自身もシャワーを浴び、髪を乾かすと、操を自分のベッドに運び、腕枕をして添い寝する。

彼女の体勢を変える意味もあるのだが、俺にとっても至福の時だ。

「おやすみ、ミサオ…。」

唇を重ね、俺は深淵に落ちて行った。



何時もの夢…。

広大な花畑に、俺は座っている。

いつの間にか、近くに操が居る。

以前は、操を捕まえ様と、必死で追いかけた。

しかし、いつも悲しい笑みを浮かべ、するりと逃げてしまう。

最近は、此方が追わなければ、近くに留まる様になった。

「操、此処に来ないか?」

俺の隣をポンポンと叩いて、語りかける。

小首を傾げて聞いている操。

近付いて来た操に、たまらなくなり手を掴もうと伸ばした途端、ふわりと逃げて悲しい笑みを浮かべる。

「何故逃げる?」

被りを振る操。

「お前の不安に思う様な事は、もう何も無いんだ!」

操の頬に、涙が流れる。

「戻って来い、ミサオ…俺の所に…。愛してるんだ、ミサオ…。」

顔を覆って涙する操に手を伸ばし、抱き締め様とすると、彼女の身体は霧散する。

最近はいつも此処で目が覚める。

俺は、目の前にある操の身体を抱き締めて、その温もりを確認する。

「…戻って来い、ミサオ…愛してる…。」



「そうですの…やはり、逃げてしまわれるのですね…。」

楠田は、操の手をさすりながら、俺の話を聞いていた。

夢の話など、誰にも話す気は無かったが、ある日楠田に話すと、それは操からの何らかのメッセージなのではないかと言う。

「私ね、小次郎様。夢の中で操ちゃんを捕まえる事が出来たら、現実にも戻って来る様な気がしますのよ。」

「だと良いが…。」

「諦め無いで下さいね、小次郎様!」

「あぁ…。」

「小次郎様?」

「…俺も一緒に、あっちの世界に行けたらと、思う事がある…。」

「…小次郎様。」

「やはり、声が聞けないのは…辛いな…。」

「…。」

楠田は、涙を流した。

「…大和は、元気なのか?」

「相変わらずですわ。」

俺が寮を出て、大和と顔を合わせるのは図書室になった。

俺は、操の思い出のある図書室で、相変わらず寝ていた。

大和は、そんな俺を心配して顔を見に来た。

楠田は、そんな俺達に茶を入れ続けてくれた。

いつしか、大和と楠田が付き合い出し、未だに2人とは交流を持ち続けている。

「今、海外か?」

「よくわかりませんの。あちこち行き過ぎて…気が向いたら連絡があります。でも、必ず帰って来てくれますから。」

「…そうだな。」

「小次郎様の様に、常に側にいて下さると、女の子としては嬉しいんですけどね…。」

「そうなのか?」

「あら、そうですわ!」

「操は、どうだったのか…大和からよく、もっと自由にしてやれと言われてたんだ。あれじゃ息が詰まるとな…。」

「操ちゃんは、女の子にしては珍しいタイプだったかも…。でも、常に見守っていて下さるのは、嬉しそうでしたわ。」

「…幼過ぎたんだ、俺が…操の方が大人で、俺はいつもなだめられていた。」

「大人でしたわね…でも、可愛い所もあって…。」

「頑固で、頑なで…優し過ぎた…。」

「小次郎様…。」

「…悪い、楠田。少し、出て来る。」

俺は、たまらなくなって部屋を出た。

ドアの内側で、楠田の声が聞こえる。

「操ちゃん、小次郎様が泣いていらっしゃいます。早く、お戻りにならないと、小次郎様も倒れてしまいますわ…。」





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