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雪華遼遠  作者: Shellie May
13/18

12月(2)

「君って子は、全く…。」

先生は、溜め息をついた。

「楓とは、面識があったよね?」

「…はい、夏に…。」

「もしかして、操ちゃんが言いたくないって言ってた事って、今日楓が叫んでたアレ?」

「…。」

「あれは、喜久子叔母の所で勝手に言っている話だよ。まぁ、今迄は、我が家も取り立てて何も言って来なかったが、親父も僕も、小次郎の好きにさせて良いと考えているよ。」

「…でも、ご両家にとって、最善なお話なのでしょう?」

「調べたのかい?…まぁ、合併話が無い訳では無いんだけど…。」

「それに…楓様は、先輩を深く愛していらっしゃいます。」

「…操ちゃん。決心してしまったのかい?」

「…。」

「言ったよね?操ちゃんが、崩壊してしまうかもしれない…。」

「私は、十分幸せでした。これから先も、その想いで生きていけます。それに…先輩も、もう限界なんです。」

「小次郎が?」

「私をいたわりながら、愛して下さいます。でも、それも限界に来ている…先輩の気持ちが離れたり、私に対して後悔されたりする方が、私には耐えられない…。」

「操ちゃん…。」

先生は、私の体を抱き寄せた。

その瞬間、

「操ちゃん、君やっぱり怪我してるね?」

「…。」

突然、先生の携帯が激しい音を立てる。

「こんな時に…。」

液晶画面には、病院の名前。

「病院から、呼び出しなんじゃ?」

「少し、気になる患者が居てね…。」

「私に構わず、行って下さい!」

「…いや、君も行こう、操ちゃん。病院の方が、治療もしやすい。」

「…。」

先生は、有無を言わせず私を車に乗せた。

「先生…。」

「何だい?」

「先輩の事、見守って下さい。」

「操ちゃん…。」

「自分勝手な我が儘で、先輩の事傷付ける、私を許して…。」

「…。」

車は病院に到着した。

先生は私の事を看護師さんに説明し、バタバタと患者の所へ駆けて行った。

人の居ない夜中の病院に、看護師さんと、私の足音が響く。

看護師さんの携帯電話が鳴る。

「あの…私、1人で行けますから…。」

携帯に対応していた看護師さんは、

「本当に、大丈夫ですか?」

「はい、1人で行けます。」

「申し訳ありません、其方を曲がった所ですので、宜しくお願いします。」

と言って、走り去った。

救急処置室に着いた私は、中で待たされていた。

軽い手術等も行われるみたいで、機材が所狭しと並んでいる。

何処かで事故でもあったのか、血まみれの男女が運ばれて着た。

女性は意識が有るらしく、男性に取り縋り絶叫を上げていた。

その姿、頭から血まみれの女性の姿に、楓様の姿を重ねる…頭から血まみれで絶叫する楓様…。

恐ろしくて我が身を抱いた私は、妙な違和感に襲われ、自分の手のひらを見た。

血……血まみれになった、私の手……私?…私が楓様を!?

私の思考は、停止してしまった。



**************



「済まない、小次郎…。」

自宅で待機していた俺は、兄貴の電話に色を無くした。

操が、姿を消した。

しかも、怪我をしていて治療もしないまま…。

「いいか、小次郎。落ち着いて聞けよ。彼女が処置室に居る時、かなり出血した患者が運び込まれて来た。その直後、姿が消えたそうだ。彼女は、血を見たんだ。小次郎…。」

俺は、下唇を噛んで聞いていた。

「…彼女の消えた後、処置室からメスが1本消えている…。心当たりを探せ、小次郎!俺も街の方を見てみる。」

「わかった…。」

「責めるなよ…彼女は、お前と俺達の為に、身を退く覚悟をしていたんだ。」

「どういう事だよっ!」

「知っていたんだ。合併の話を…。それに、お前が限界に来てるのも、彼女は知っていた。」

「!!」

「いいか、絶対に死なせるなよ!」

電話は、切れた。

どうしてお前が…お前ばかりが辛い思いをしなければいけない…いや、俺の弱さが招いた事だ。

「くそったれ!!」

部屋を飛び出そうとした俺は、操の荷物を蹴って中身をぶちまけた。

慌てて片付ける中に『先輩へ』と書いた桐箱を見付ける。

開けてみると、其処には、茄子紺の組み紐が入っていた。

「操…俺達は、やはり一緒に居る様に、運命づけられているんだ…。」

俺は、自分の付けている組み紐を解き、2本一緒に締め直し、部屋を飛び出た。

学校も寮も、完全閉鎖で入れない筈だ。

楠田に電話を掛け、事情を説明する。

しかし、楠田の家にも彼女は居なかった。

「小次郎様、ごめんなさい。操ちゃんが、今日私の家に来る予定って、嘘なんです。」

「えっ?」

「操ちゃんに頼まれて…。」

「あいつ、正月の間、どう過ごすつもりだったんだ…。」

「不動産屋巡りをすると、言っていました。操ちゃん、寮を出るおつもりでしたから。」

「寮を出るって?」

「小次郎様の様子次第では、学校も転校するおつもりでしたの。」

「…。」

「誤解しないで下さいね。小次郎様。操ちゃんは、私にはっきりと『先輩の事、愛してる』って、おっしゃったんですのよ!」

「え…。」

「操ちゃんは、きっと小次郎様との思い出の場所にいらっしゃいますわ!探して差し上げて下さい!」

「あぁ。ありがとう、楠田。」

電話は、切れた。

思い出の場所…。

彼女との生活は、殆どが学内だ。

行ってみるか…。

俺は、学校に向かった。

しかし、校門も裏門も、きっちり施錠されている。

この間、行った店、歩道橋、インターネットカフェ…何処を回っても操は居ない。

大体、操の荷物は俺の家に有る。

彼女は、財布どころか、コートすらこの寒空に着ていないのだ。

操が姿を消してから、もう直ぐ3時間。

焦りが募る。

「操…お前、何処に居るんだ?」

俺と初めて会ったのは、学校の寮。

いや、操は気付いて無かった…お袋生き写しの操を見て、俺は心臓を鷲掴みにされた。

操の自覚があるのは、階段での事故だろう。

たまたま真後ろを歩いていた俺を庇って、階段の手すりを墜ちていった操。

俺は、お袋もお袋に似た操も、俺の身代わりに死んでしまうのかと、正直足がすくんだ。

酷い怪我と状況にもかかわらず、『大丈夫です』と乗り越えようとする操に、逞しさと寂しさを見たんだ。

こうやって1人で何でも耐えて生きてきたんだと、差し伸ばされる手はあったのだろうかと…。

兄貴を呼んで病院に運ぶ前に、苦しい息の下、操は名前を教えてくれた。

あれから1ヶ月半、俺は操の名前を呼び続けた。

最初、意識が無いのに涙を流し続けた。

時折、父親を呼んでいた。

それがいつのまにか、名前を呼ばれる毎に優しい表情を見せる様になった。

俺は…眠り姫に恋をした。

操の腕のマッサージをし、名を呼び掛け、やっと目が覚めた時、操はもう俺の物だと勘違いしてたんだ。

兄貴から、左腕の状況を説明されたと聞いた時、俺は心配になって病院中走り回って探した。

雨の降る屋上のベンチで、操は1人声を上げて泣いていた。

俺は、自分が一緒にいるから安心しろと、あの時言いたかったんだ。

だが、操から出た言葉は、『どちら様ですか?』だった。

俺は、すっかり意気消沈して…。

「!」

もしかして、いや間違い無い!

俺は、兄貴に電話した。

「兄貴、今何処だ。」

「新宿駅だ。」

「多分、操は病院に居るんだ!」

「どういう事だ?」

「操は、俺と初めて会ったのは、病院の屋上だと思っている。」

「?」

「忘れたのか?操の記憶は、階段の事故で一度リセットされているんだよ!」

病院に走る俺の頭上から、フワフワと白い雪が舞って来た。

操!!間に合ってくれ!



病院のロビーに入った途端、

「小次郎!」

兄貴が、後ろから走って来た。

「雪が酷くなって来たぞ!」

「…居るはずなんだ…。」

俺達の顔に焦りが見えた。

もし、これで見つからなければ、この寒さだけでもタイムオーバーだろう。

操は、怪我をしている。

その上、自傷行為を起こしていたら…。

屋上の扉を開け、一目散にベンチに向かう。

夜景をシルエットに、浮かび上がる人影。

「操!!」

「操ちゃん!!」

ワイン色のアンサンブルの上には、雪が積もっていた。

「操!」

ベンチの雪の左側は、其処だけ深紅の薔薇を散らした様だ。

その動かぬ身体に、俺の足はすくんだ。

自分の身体が、雪と同じ温度まで下がってゆく…。

兄貴は、すかさず脈と瞳孔を調べると、左腕をネクタイで縛った。

「ストレッチャーを持って来る!呼び続けろっ!小次郎!」

ハッと我に返り、

「操!!わかるか?俺だ!!操!!」

俺は、操の身体を抱き締めて、耳元で囁き続けた。

「ミサオ…ミサオ…戻って来い。俺の所に、戻って来い。俺がお前を守るから…それに、俺は、お前じゃなきゃ駄目なんだ…ミサオ、愛してる…ミサオ…ミサオ…」

俺の頬に、熱い物が触れた。

顔を離すと、操の目から、涙が流れていた。

「ミサオ!!わかるか!?ミサオ!!」

只々涙を流し続ける操の唇に、俺は唇を重ねた。

柔らかいが、氷の様に冷たいその唇に、俺は悲しさと悔しさで一杯になり、涙が溢れた。

「ミサオ…目が覚めたら、結婚式を挙げよう。誰が何を言おうと構わない!俺が、世界で一番幸せな花嫁にしてやる!ミサオ…愛してる…だから、俺の所に帰って来い!!ミサオ!!」

「小次郎!用意出来たぞ!!」

「兄貴!!」

スタッフ数名と屋上に戻った兄貴は、操をストレッチャーに乗せると、走り出した。

俺も、後を追って走る。

操が、俺の所に戻るのを信じて…。


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