10月(2)
「さぁ、メイクしますよ!」
まず、付け爪を付ける。
そして、化粧水と乳液で肌を整える。
「何時も、お手入れとかしてるんですか?」
「冗談だろぅ?何もやっちゃいない。」
男の人には珍しい程の、色の白いきめ細かい肌。
「髭は?」
「朝、当たった。」
あまり濃く無いんだ…。
ベースで整えて、ファンデーションを塗る。
眉を引き、頬紅を入れる。
アイラインを長く引き、アイホールに薄い赤を目の際に濃い赤をさし、紫のシャドーを加えて色っぽく…。
ツケマツ毛どうしよう…元々長くて量のあるマツ毛…。
私は、軽くビューラーで上げると、マスカラを塗り、目尻のマツ毛を長く整えた。
「口、開けて。半開き。」
真っ赤なルージュを引き、グロスで熟れた様な唇を…。
思い付いて、目の際下に泣き黒子を入れてみた。
「終わりか?」
手の止まった私を見て、先輩が問う。
「どうした?お前、顔赤いぞ。」
「先輩…。」
「何だ?どうかしたのか?」
「…奮いつきたくなる様な、美人です!!」
「ぐっ!」
廊下に待つ面々を迎え入れ、完成品を披露する。
部屋に広がる、どよめき。
9組のクラス役員さんは、優勝を確信したと喜ぶ。
「いい女だな、小次郎!俺と付き合え。」
「ぬかせ!馬鹿やろう!」
「耽美ですわね…中性的な魅力が、たまりませんわ!」
確かに、美人画と称する物も、これ程の美人には、そうそうお目に掛からない。
フンッ!と言いながら、姿見を見ていた先輩は、
「喜久子叔母の若い頃に似てるな…。」
と、言った。
そうか、私は知らず知らず喜久子様をイメージしてメイクしていたかもしれない。
「じゃあ、時間になったら、スタンバイお願いします。」
「俺達も、会場で待ってるからな!頑張れよ!」
そう言って、皆は、出て行く。
「このまま、逃げるか…。」
「駄目ですよ。」
「なぁ、コレは?」
と、組み紐を私に渡す。
「今は、結びませんけど?」
「じゃあ、手首に巻いてくれ。」
私は、言われる儘に、手首に巻きはじめたが、解いて二の腕に長く巻いた。
「ずっと、付けて下さってるんですね。」
「最近は、これを付けないと、落ち着かない。」
「…打ち合わせ通り、お願いしますね。」
「やるのか?本当に…?」
先輩は、躊躇する。
「お願いですから、真面目にやって下さい!」
「何をそんなにムキになる?」
「…。」
「ミサオ?」
「ご褒美、上げるから…。」
「褒美?」
「私が持ってる物だったら、何でも上げるから!」
「…ミサオ…。」
「だからお願い!優勝して!」
私は、懇願した。
「…わかった。最善を尽くそう。」
「…そろそろ行きます?」
「そうだな。」
赤いパンプスを履き、大きな中華扇を持ち、頭から赤い大きなオーガンジーの布を被る。
私は、先輩の手を取り、会場控え室に入った。
3年1組から順に発表するので、先輩の出番は一番最後。
私の方が、ドキドキしながら控え室を行き来していると、
「神崎君。」
と、呼ばれた。
「南先輩!ミスコン、参加してましたっけ?」
和装姿も艶やかな、これ又絶世の美女が其処にいた。
「いやぁ、急遽交代して貰ったんだよ。」
「どうして…?」
「どうしても、優勝賞品が欲しくてね。」
と、にっこり笑う。
「南先輩、それ職権乱用…。」
「優勝すれば、誰も文句は言わないと思うよ。」
「…失礼します。」
私は、先輩の所に戻った。
「…南先輩が出てます…。」
「…そうか。心配するな。」
そう言うと、
「…燃えて来た!」
と言った。
2年1組の出番、南先輩が舞台に上がると、
「ホゥ」
という溜め息が、会場全体に溢れた。
扇を巧みに操り、紙吹雪を散らす。
その洗練された美しさに、会場がどよめいた。
結果は、今迄に無い高得点。
マズイ…。
非常にマズイ…。
南先輩が、私の姿を見つけ、にっこりと笑う。
私は、先輩の所に飛んで行き、化粧直しを始める。
「落ち着いてますね、先輩。」
「こんなもんは、度胸だからな。」
「私、そろそろ客席に行ってます。」
「あぁ。」
「…。」
「心配すんな。」
「はい。」
いよいよ先輩の出番。
曲に合わせ、赤いオーガンジーの布を被ったまま、舞台中央に進み出る。
ジャーンという銅鑼の音を合図に、布を取り客席に投げる。
ワーッという歓声と共に、舞台をモンローウォークで歩き、ポーズを決め観客に流し目を送り、扇を広げ嫣然とした微笑みをたたえる。
綺麗…本当に色っぽい…ズルいよ先輩…。
その内に先輩は、パイプ椅子を持ち出し、色々悩ましいポーズを決めて、観客を挑発する。
先輩、そんなの予定に無い…。会場は、歓声で沸き返る。
最後の決めポーズでキスを投げる。
大きな歓声の中、先輩のステージは終わった。
得点は?
「満点だ!」
歓声が沸き上がった。
私の目に、涙が滲む。
表彰台で9組のクラス役員さんが、踊っていた。
コーディネーターが紹介され、私の名前が呼ばれる。
先輩が、舞台の上から手を差し伸べる。
私は舞台に上がり、先輩の隣に立って皆の歓声に答えた。
「神崎、褒美を貰うぞ。」
「え?」
先輩は、いきなり私の後頭部を持つと、舞台中央でキスをした。
赤い唇が、私を捉える。
水を打った様に、静まり返った会場。
たかだか3秒程の事だったと思う。
次の瞬間、ワーッという歓声の中、私はしゃがみ込み、先輩はガッツポーズを決める。
ヒューヒューという歓声が、絶える事無く続いた。
「まだ、怒ってるのか?」
「当たり前です!あんな、公衆の面前で…。」
「もっと、激しいやつお見舞いしても、良かったんだがな。」
「知りません!」
私は、むくれる。
「だが、あれで寮官さんに手を出す者が減るだろうな。」
「あら、それはどうでしょう?」
と、珠ちゃんが笑う。
「どういう意味だ?」
「我が校の女性の人気で、操ちゃん上位にランキングされているの、ご存知ですか?」
「何それ…。」
「どちらかというと、クールなイメージですのよ、操ちゃんは。ところが今日、新たな可愛らしい面を、公衆に曝してしまった。明日からのラブレターが楽しみですわ。」
「燃やしちまえ、そんな物。」
「あら、小次郎様もただ事じゃ無くなると思いますわ。」
「どういう事だ?」
「明日から、舞い込むファンレターの量、楽しみですわね!」
「ぐっ!」
「ところで、優勝賞品ってコレか?」
大和先輩が、包みをガサカザと開ける。
「それは…!」
中には、目覚まし時計が入っており、『優勝した貴方には、素晴らしい目覚めをプレゼントします。』と書いてあった。
「なんだ、目覚まし時計か。」
「あら、これ録音機能付きですわね。」
そう言って、珠ちゃんがボタンを押す。
「あ…駄目…。」
音楽が鳴り、メッセージが聞こえる。
『ダーリン、おはよう。まだ、起きないの?オ寝坊さんね。私のキスで、起こしてあげるわ。チュッ。まだ、駄目なの?じゃあ、私も一緒にお布団に入って、あ・げ・る♪』
「…。」
「…。」
「…これ、操ちゃんの声ですわよね?」
「やめてぇ。」
私は、耳を塞いでしゃがみ込む。
「こんな企画、よく通りましたね。」
「満場一致だったのよ!トップシークレットで扱ってたの…。」
「良かったですわね…これが流出しなくて…。」
「ね、消しましょ?録音解除の機能も付いてるはず…。」
「…駄目だ。折角の優勝賞品だからな。」
「たが明日から、この悩ましい声で起きるのか?朝から刺激強すぎるぜ!」
そうだ、先輩と大和先輩は、同室…恥ずかしい。
「そろそろお化粧、落としましょうか?」
「あぁ、頼む。」
「じゃあ、私達は、何処か散策にでも行きますか?大和先輩。」
「そうだな。」
そう言って、2人は出て行く。
髪を解き、化粧を落とし、着替えると、何時もの先輩が戻って来た。
姿見の前に座らせ、髪にブラシを掛ける。
「お前が、優勝にムキになっていた理由が、あれだったんだな…。」
「あんなの…誰にも聞かせたく無かったんです…。」
「消さないぞ…。」
「意地悪!」
「あんな声も、出せるんだな…。」
「止めて下さいよ…もぅ!」
髪を結い、組み紐を結ぶと、私は時計を見る。
「私、そろそろ仕事に戻らなきゃ。」
先輩が、肩越しに私の手を握る。
「優勝、おめでとう。先輩。」
私は、後ろから先輩の頬にキスをした。
文化祭も終わり、後片付けの為に走り回る私を、
「神崎君!」
と、南先輩が呼び止める。
「お疲れ様でした、南先輩。」
「あぁ、お疲れ様。ちょっといいかい?」
「はい。」
「鷹栖は、喜んでいた?例のアレ。」
「…。」
「あの後、鷹栖と話す機会があってね。」
「えっ?」
「僕が、君を救って見せると言ったら、彼『奪えるものなら、奪ってみるがいい!アイツは俺の女だ!』って、自信たっぷりに言うんだよ。」
私は、顔に火がついた。
「それに、今日のキスだ。君は、恥ずかしがったが、嫌がってはいなかった。」
「…済みません。」
「いいよ、君の気持ちはわかったから。」
「あの…先輩は何も弁解しませんが、ストーカーとかDVとか、そんな事絶対にありませんから!」
「わかった。」
「本当に、済みません。」
謝る私の頬にそっと手を添えて、
「彼は、幸せ者だよ。」
そう言って、南先輩は私の前から去って行った。