4月(1)
執筆中、思わぬ事から入院騒ぎになりまして…。
お蔭で、お医者様の様子や病気の事等、少し教えて頂きました。
とはいえ、心療内科的な部分は、医学知識ありませんので、フィクションです。毎度申し訳無いです…。
K病院のH先生、看護師の皆さん、同室だったNさん、Tさんに感謝!!
私の名前は、神崎操。
特技は、剣道。
トレードマークは、長い髪。
この春、私立聖麟学園に入学した。
本当は、近所の女子校に通うつもりで、受験もして合格したんだけど、入学直前に父の海外赴任が決まった。
因みに、ウチは父子家庭。
母は、私が小学校に上がってすぐ他界した。
夫婦共に1人っ子、然も祖父母も他界しているので、預けられる親戚も居ない。
困った父は、寮の有る学校を探した。
私の条件は、ただ1つ。
剣道部のある学校。
たまたま学生時代の知り合いが経営する学校に、寮も剣道部もあるというので、父は頼み込んで私を入学させ、自分はあたふたと海外に飛んで行った。
数日後、私は憮然とした顔で入学式に参加していた。
周りは…男ばかり…!!
聖麟学園は、昨年迄男子校で、今年からようやく共学になったという。
しかも、初年度の女子の数は、たった30人!
女子に人気が無かったのか、はたまた学校側が入れ渋ったのか…。
頼みの寮も、男子寮だけ。
新入生女子の入寮者は、私1人という、罰ゲーム付き。
困った学校側は、男子寮入口にある、以前寮官さんの住んでいた部屋を私にあてがった。
一応、シャワーもトイレも付いてるけどね…。
3日前の引っ越し直後から、ノックの音が引っ切り無しだ。
おまけに『寮官さん』などという、有り難いアダナまで拝命してしまった。
お父さんったら、一人娘を、なんて所に入れるんだか!
クラスは、女子ばかりが集められ、さながら女子校の様な賑やかさだ。
男ばかりの生活と、女ばかりの生活…両極端だな…そんな事をボーッと考えていた。
「ねぇ、あなた、寮に住んでいるんでしょ?」
「えーっ!そうなの?」
「キャー!男の中で暮らしてるの?」
「カッコイイ人いる?」
だいたい女子の聞きたい事なんて、そんなもんだよね…余りに大人数を一気に見た私には、全てジャガイモに見える…そう思いつつ、曖昧に笑って受け流す。
なんか、この数日色々有り過ぎて、頭がついて行ってない…。
早く、自分を取り戻さなきゃ!
「剣道部に、入部したいんです!」
その日の放課後、私は剣道場を尋ねた。
何だ何だと部員が集まる中、
「あ、寮官さんだ…。」
という声も聞こえる。
奥から、背の高い男の人が出てきた。
色の白い、少し神経質そうなその人は、にこやかな笑みを浮かべて、
「入部希望者ですか?」
と、聞いた。
「はい。是非お願いします!」
「私は、部長の南です。お名前は?」
「1年10組、神崎操です。」
「神崎君ね…少し、打ってみますか?誰か、彼女に合う竹刀を。」
そう言うと、自らが相手をしてくれた。
竹刀を借り、一礼すると、私は思い切り打ち込んだ。
何打か打ち込んだ後、
「君、結構経験がありますね?」
と、言ってくれた。
「はい、先日迄道場にも通っていました。」
「賞歴は?」
「賞歴は、ありません。全中剣4位でしたけど…。」
周りが、ザワザワと騒ぐ。
「入賞も、立派な賞歴ですよ。」
「あの…、入部は?」
「私の一存では決められないのでね。顧問の古田先生は、今日は、いらっしゃらないんだ。明日の放課後、防具一式を持っていらっしゃい。立ち合いを見て貰おう。」
「あ、有難うございます。」
私は、明日への希望を持って、道場を後にした。
翌日の放課後、胴着を着用して、私は道場に向かった。
「神崎操、入ります!」
「やぁ、神崎君。来たね。」
南さんが、笑顔で迎えてくれる。
隣には、眉間に皺を寄せた古田先生が座る。
「早速始めましょうか?田丸、お相手しなさい。」
「はい!」
相手の田丸さんは、中肉中背。
これなら…。
防具を付けて、対峙する。
「始め!」
「ヤァ!」
「セィッ!!」
「一本!!それまで!」
勝負は、10秒で決した。
私の剣は、速攻型。
余り体格も良く無く、体力より気力で戦うタイプだから、勝負を早くつける方が有利なのだ。
おぉというざわめきの中、
「駄目だな。話にならない。」
そう言ったのは、顧問の古田先生だった。
「松田、相手をしろ。」
そう言われて出て来たのは、身長180センチを超える大きな人。
「お願いします!」
「始め!」
「とおぉーっ!」
「セィッ!」
長い手と長い竹刀、高い身長。
速攻で打ち込むも、間合いが長すぎる、浅くしか入らない。
力も強く、まともに受けると、腕が痺れる。
マズいな…。
酷く時間が長く感じる。
息が上がる。
息を整え、もう一度飛び込む。
しかし、竹刀のツカで受けられ、弾き飛ばされてしまった。
道場の壁に激突し、しこたま背中を打つ。
「うぐっ!」
「それまで!」
審判をしていた南さんの声が響いた。
「神崎君、大丈夫か?防具を解いていいよ。」
と気遣う南さんの声と、
「やはり、女は駄目だな。」
と言い放つ、古田先生の声が重なる。
体躯の差は、遺憾ともし難い。
でも、それに勝る剣技が無かったのは、事実だった。
「しかし先生、松田は神崎君から一本取っていませんが。」
「何を言っている、南。あれでは、勝負にもならない。」
「松田の剣に、これ程堪えられる部員が、この中に何人居るとお思いですか?」
落ち着いた口調の南さんにやり込められた先生は、私を睨み付け防具を解いた私に近づいて来た。
そして、いきなり胴着の胸元を持つと、無理やり押し倒し胸元を広げる。
「!なっ、何するんですっ!?」
「先生っ!!」
下にTシャツを着ているとはいえ、こんな暴挙に出るとは…。
この先生、おかしい…。
周りの生徒が、一斉に先生を止めに入った。
「…先生、許しませんよ。道場でその様な暴挙…。」
南さんの、低い声が響いた。
「こんな事で悲鳴を上げる様なら、男と一緒に稽古なぞ出来るかっ!」
そう言うと、古田先生は道場を出て行ってしまった。
その後ろ姿を、寝転んだままボーッと見ていた私に、
「大丈夫か?」
と、松田さんが手を貸してくれた。
「あぁ…はい…。あの…。」
「済まなかった、神崎君。驚かしたね。」
「いえ…。」
「古田先生は、かなり男尊女卑的考えを持っていてね…共学化の話も、最後まで反対していたんだよ。共学となったからには、部活動もそれなりに進化していかなければならないんだけどね…。」
「…。」
「神崎君は、インターハイを目指したいんだろう?」
「はい、出来れば参加したいと思っています。」
「なら、部活に所属しないとね。わかった、もっと上に掛け合ってみよう。」
「ありがとうございます。宜しくお願いします!」
現在私は、部長の南さんの言葉を信じ、回答を待っている。
その一方、運悪く日本史の担当は古田先生に当たってしまい、何かと嫌がらせを受ける様になってしまった。
昼休み、校内放送で古田先生に呼び出された私は、昼食をかき込み職員室に急いだ。
「失礼します。古田先生、何かご用でしょうか?」
先生は、煙草の煙を私の顔に吹き付けると、机の上のダンボールを顎でシャクった。
「コレを教室まで運んどけ。次の授業で使う。」
「…わかりました。」
ダンボールの中には、クラスの人数分の資料集と問題集。
呼び出され、荷物運びをさせられる度に、荷物の量と重さは増えていった。
ダンボールを抱えると、肩が抜けそうな位重い。
「インターハイ目指してるんだ、その位楽勝だよな?」
と、私の姿を見て笑う。
「失礼します。」
歯を食いしばって、廊下を進む。
私達のクラスは4階、これ以上の重さになったら、肩が抜けてしまう…。
そう思いながら休み休み、ようやく3階迄進んだ所で、午後の授業の予鈴が鳴った。
移動教室の為、階段をバタバタと走る生徒達。
危ないな…と思った瞬間、ドンッという衝撃で私はバランスを崩した。
「あっ…。」
首を後ろに回した時、すぐ後ろを登って来る長い髪の生徒が視界に入った。
マズい!!女の子だ!そう思った瞬間、私は階段を蹴って、荷物ごと横の手すりに体を乗り上げた。
そのまま、一階下の踊場に続く階段まで、真っ逆さまに落ちる。
ワーッという誰かの声と激痛。
マズい、目が霞む…。
その時、
「コラーッ、授業始まるぞ!サッサと行け!」
という先生の声。
蜘蛛の子を散らす様に、生徒が教室に向かう。
事情を説明しようと声の主を見上げると、そこには古田先生の顔があった。
他の先生方は、古田先生が私に対応してくれていると思ったのか、どんどん横を通り過ぎる。
私を見下ろし、ニヤニヤ笑っていた先生は、
「何をしている、神崎。早く集めて、教室に持って来い!お前の為に、授業に支障をきたしてもいいと思っているのか!この役立たずがっ!」
「…くっ!」
私は、のろのろと起き上がり、辺りに散らばった本を集める。
「それ、マズいんじゃねーの?先生。」
突然、上の階段から2人の生徒が降りて来た。
会話を聞かれた古田先生は、しかめっ面になりながらも、
「お前達、何してる!サッサと教室に行かんか!」
と、怒鳴る。
しかし、生徒の方は悠々と
「いいの、俺達はエスケープだから。それより今の発言、問題ありだよね?階段から落ちた生徒に、その対応ってマズいよねぇ?」
「神崎!すぐ持って来いよ!」
そう言うと、古田先生は階段を登って行った。
「ありがとうございます…。」
「派手にぶちまけたなぁ。」
そう言うと、体格の良い男子生徒は、本を集めてダンボールに入れてくれた。
「済みません。大丈夫ですから…。」
そう言う私に、隣から
「その状態のどこが大丈夫だって?」
と、覗き込む顔。
私と一緒の、ポニーテール長い髪。
「あ…れ?女の…子じゃ、なかっ…たんだ…。」
「驚いたぞ。いきなり階段の手すりを背面跳びした時には…。」
「は…い…。」
「この集めた本、どうすんだ?」
「多分、1年10組だ。大和、運んでやってくれ。」
「あぁ。」
「あ…でも。」
「だから、その状態でどうやって運ぶんだよ!寮官さん。」