昭和の放課後、職員室前と女子の包囲網
昭和の小学生といえば、今では考えられないような「罰」が日常茶飯事だった。校庭を何周も走らされたり、漢字を百字書かされたり。その中でも定番中の定番といえば「正座」である。
授業中に騒ごうものなら教室の前後へ追いやられ、反省が足りなければ廊下へ。そして放課後ともなれば、職員室の前の廊下での正座。当時の私は、人目を気にして恥ずかしがるようなタマでもなく、足がしびれれば先生の目を盗んで適当に崩しながら、たくましく生き抜いていた。
そんな私の姿に対する男子たちの反応は、決まってシンプルだった。
放課後の職員室前を通りかかると、男子の友達は目が合った瞬間にフッと目を逸らし、そそくさと帰っていく。彼らにとって私は「明日は我が身」の存在であり、余計なちょっかいを出して自分の首を絞めるほど野暮ではない。男子というのは、妙なところでサッパリしているものだ。
しかし、標的を間違えたときは話が全く違った。
気の弱そうな女の子にうっかりちょっかいを出して泣かせてしまい、大目玉を食らった日のこと。いつものように職員室前で正座をさせられていると、泣かせてしまった女の子のグループの「ボス」が手下を引き連れてやってきた。
「〇〇君、どうしたの?」
分かりきったことをわざわざ聞いてくる。知らんぷりを決め込んでいると、なおも追撃の手を緩めない。
「正座をさせられているの?」
見ればわかるだろうと黙殺を貫くが、時間が経つにつれて足の痛みは限界に近づく。たまらず足を崩そうとしたその瞬間、すかさず冷ややかな声が飛んできた。
「あれ、足崩していいの?」
ここで足を崩せば、すぐさま先生に告げ口されるのは確実だ。しびれる足を必死に我慢し続けた。いつもは早ければ十分、遅くても二十分程度で先生がやってきて許してくれるが、その日は先生が来るのが遅い。女子ボスとその手下たちは、常に私を監視し続けた。
いつもの倍以上の四十分ほどがたって、ようやく先生がやってきた。「質問を受けていて遅くなってしまったな。反省したか?」「はい、ごめんなさい」で許された。女子ボスの手下たちが、私の正座の時間を引き延ばすため、先生に授業の質問をしていたのだ。私は心底感心させられた。いじられた友達の仕返しを、全員で結託して完璧にやり遂げる女子たちの圧倒的な連帯感。男子なら絶対にそんな執念深い真似はしない。
昭和のガキ大将気取りだった少年は、女子たちの結束力の強さに、正座の痛みとは別の冷や汗をかかされたのだった。




