カナリアは笑った~病弱令嬢と奇跡を与える美青年の話~
甘い色のカーテンは私好みのもの。
天蓋付きベッドのカーテンは最近はずっと捲れたまま。
部屋の中は生活感などあまりなく。ただ両親が私を喜ばせようとした調度品でいっぱいの部屋。
私は貰う度に喜ぶふりをしていた。いらないわけじゃなくて、少し気恥ずかしいぬいぐるみとか。
両親の中で私はぬいぐるみで喜ぶ幼女のイメージのままなのかもしれない。
何せ、外で遊ぶところも見せられないし、友達も体が弱くて学校に通えなくてできなかったから。
いつまでも、いつまでも、私はきっと小さなお嬢ちゃんの印象だったのでしょう。
部屋に明かりが入る。お母様とお父様が一緒に来るときはだいたい夜で。
お医者様も夜間にいらっしゃる。夜間じゃないと私もあまり体を起こせないし。
看て貰って励ましてもらい、微苦笑を浮かべるしかできない。
お医者様が帰宅する馬車が動いたのをお母様が窓から確認し、私は少しだけベッドの中に入り込む。
不安になるといつも手を握ってくれていたお母様。ごめんなさい、きっと親不孝でしょうね。
「私、もう生きられないのね。死んじゃうのね」
「そんなこといわないで、キャメロット。お母様が、きっと良いお医者さんを連れてくるから」
「お医者様はもういいから。お願い、鳥を買って。癒やしにしたいの」
「鳥……?」
「そう、お母様も昔飼ってらしたのでしょう?」
「……そうね、カナリアを、一匹飼っていたわ。また飼えるといいのだけれど……」
「カナリアはお高いの?」
「そうね、わたくしの飼っていたカナリアは、とても素敵なカナリアだったから。でも大丈夫、絶対見つけてあげます」
毎日似たようなやりとりの繰り返しだった。少なくとも、十四歳になったこの一年はずっとそう。
お医者様にたくさんたくさん匙を投げつけられ、誰もが私を可哀想だと泣いた。
投げつけられる匙が金の匙なことだけは、不幸中の幸いかもしれない。私にとっての運の良さは、貴族であることと、両親に愛されている事実。
私には余命がないらしい。体は虚弱体質で、心臓が弱くて。お金と愛情はいっぱいの両親が世界中探しても、良薬なんて見つからなかった。魔法や魔女はいても、延命の魔法なんてものは存在しなかった。
不思議ね、何でもできるのが魔法じゃないの? お父様に以前聞いたら、お父様は難しい話をたくさんしたの。
私には分からなかったけれど、とにかく回復魔法でも心臓に直結する魔法はとても難しいらしい。体に負担がかかりすぎるんですって。
回復魔法も短時間のものは急速な回復力に体が耐えられないし、長期間かけて回復魔法を使う人なんていなかった。
回復魔法というのは短時間で直すためのものらしいから。
長期間かけてゆっくりと癒やすならまだ可能性があるんじゃないだろうか、とお医者様の一人は仰っていたけれど。
そんな希有な存在、滅多に出会わない。
お父様が言うには、昔、不老不死の薬を賢者様が作るのに成功したんだと語って、わらにも縋る思いで探していたけれど。
それももはや御伽噺。
お父様は社交界から沢山伝手を使って医者という医者を聞き出し、お母様は使用人にまで話を聞きにいっても。誰も良薬を見つけ出せなかった。
回復術士も、願いの通りにできる人はいなかった。
せめて心安らかに過ごせる鳥を贈ろう、って結論になったみたいなのだけれど。
私ね、とても楽しみにしていたの。初めてのペット。
お父様たちは「お世話は使用人にやらせなさい」と仰っていたけれど、餌くらいは私があげたいの。
ところが私の部屋に運ばれたのは、黒い巨大な鳥かごに入れられた、成人男性。
見目は珍しいプラチナシルバーのつやつやとした髪に、エメラルドグリーンの切れ長の瞳。
滑らかできめ細かい白い肌の、でっかい男の人。獣らしくなさの申し訳ない程度に、白い毛皮を纏っている。
180センチ以上はあるんじゃないかしら。体格の良い美青年ではあるけれど、さすがに人間を飼う趣味はないから驚いてしまう。
そんな男の人を巨大すぎる鳥かごに入れて、両親は嬉しそうに私にプレゼントした。
「カナリアよ」
「どうみても……人間だけれど?」
「カナリアなの。鳥なのよ」
お母様はこんな朗らかな顔で冗談を告げる人だったでしょうか、と脳内が混乱する。
お父様の顔も見れば、満面の笑みで頷いている。
まるで疑問に感じる私だけがおかしいみたい。
「鳥」を売りつけた燕尾服の男性は、自らの喉を撫でてから咳払いする。
この人から香るジャコウの香りは東洋っぽさを感じる。妖しさ満点の人だった。
ディーゼルさんありがとう、と燕尾服の男に両親は固い握手をしようとした。ディーゼルさんは私とも目が合うと、握手をして手袋越しの冷たい体温に少しだけ驚いてしまったら笑われた。
ディーゼルさんからの目配せを合図に、カナリアが歌う。
それはとても素晴らしい歌声で、音程がいいとかリズムが心地よいとか、それどころではない。
魂の震える歌声だった。心が温かくなる、不思議な歌声で。
肌に鳥肌が立つ、心地良いような、寒気だつような。でも、それすらも気持ちよく感じるほどの美声。
嗚呼、生きていて良かったな、と。仄かに奥底でくすぐられる。
耳障りがよくて、不快な音が何一つない。明るい音程の、幼い頃によくお母様が寝る前に聞かせてくれていた童謡だった。
歌を聞いただけでも、確かに心は癒やされる。
せめてもの癒やしにと両親は「鳥」と銘打った歌手を買ったんだろう、と悟った。
両親にたくさん心配をかけてきたのだから、これくらいの茶番に付き合わないのも可哀想。
私は、私のために用意された茶番へ付き合うことにした。
「ありがとう、大事にするわ」
「このカナリアはおしゃべりもするから、きっと寂しくないヨ。糞尿の始末も要らないんだ、この鳥は胃袋の中で全部固形物を消すからね」
燕尾服を正しながらにっこりと悪びれもなく鳥の説明をするから、呆れる。そりゃそうでしょうね、人間だもの。
糞尿の始末がいらないっていうのはちょっと有難い、成人男性のそんな世話までしたくないし、できないもの。
ディーゼルさんは爽やかな笑みで、飼い方を書いた説明書を両親に手渡し。
確かに受け取ると、そのままディーゼルさんは挨拶してから両親とともに私の部屋から出て行き、二人きりになる。
二人きりになると、カナリアは歌うのをやめ、伸びをした。
「乳臭ぇガキ」
「な、んですって??」
「あーあ、もうちょっと大人のばいんばいんの女の人がよかったなあ」
「私だって、可愛い小鳥がよかったわ! 黄色い毛並みの!」
「黄色い毛皮なら買ってくれたらつけるよお」
「あんたみたいなの鳥じゃなくて、人間じゃない!」
「そうだね、人権のない人間。いいじゃん、あんたが鳥って思えば鳥だよ。ご両親だって疑ってなかっただろう?」
「それが不思議なの」
「あいつの客はみんなそうだ、ディーゼルの言葉を疑わない。俺がなんなのか、みんなわかってんだ」
カナリアはげらげらと笑い転げると、胸元に隠していたサングラスをかけ、ブランコ越しに足をぶらぶらとさせた。
ふといい大人が大人しく買われてるのも不思議だなと感じる。
私の視線に気づいたカナリアが、微苦笑した。
「逃げないよ。足の腱が、きれてるから。動けない」
私の想像よりも、この人は過酷な人生を歩んできたのかもしれない。
*
カナリアは私が寝ているときと、起きたときに毎回歌を歌ってくれた。
不思議と歌ってくれると体調は遙かによくなり、気力もわいてくる。
心地良い歌はとても魅力的で、残念なのは人格だけだと思うようになってきた。
遅れた学を取り戻そうと、机に向かう時間が増えていき。両親は熱で倒れない私を見るだけでも大喜びだった。
カナリアには毎回、三度の葉巻タイムを与えていて。
私はある日、喉のためにと蜂蜜の入った紅茶を差し出した。
カナリアは瞬きし、最初は暖かくて甘い香りのする紅茶に顔を顰めていたけれど、ゆっくりと味見をし。すぐに気に入って、ふーふーと吐息をかけて飲み干す。
「これいつもの紅茶と何か違うな」
「蜂蜜が入ってるの、おいしい?」
「うめえ。蜂蜜かあ、俺大好きだけどさあ。それ高級品じゃない? よく手に入ったな」
「見ての通り、お金持ちなの」
ご令嬢というやつよ、とドレスを摘まんでお辞儀すれば、カナリアはそうだったという顔をして「なあなあ」と紅茶を強請る。
蜂蜜をもっと寄越せという意味だろう。
私は思わず噴き出して、鳥かごを開けてカナリアからカップを回収する。
「駄目よ。特別なお茶なの。一日一杯まで」
「葉巻我慢するからさぁ、そっちのほうに金まわしてくれよお」
「お母様に言っておくわ」
調味料はこの時代とても高くて、甘味も身分の高いものでなければ許されない。執事と使用人が以前そんな話をしていた。
こっそり聞いていた私は、今とても料理が美味しいのも財があるからなのだと、ビックリする。
他の人はどんなお料理を食べているのか想像も出来ない。それくらい、私は世間知らず。
財力によって、糖分は補われる時代だからこそ、もっともっとと欲しくなるカナリアの言葉も分かる。
「今日縁談を破棄されたって、お父様が嘆いていたの」
「どうして、あんたぶっさいくだとは思わないけどなあ」
「あんたじゃない、キャメロットよ。何回も言ってるでしょ」
「キャミィね、キャミィ」
「その言い方もやめて。私、お嬢様なのよ」
「いいじゃん、ペットからの戯れ程度放置しとけよ。大人になれないぞ~?」
「ほっといて! 顔は関係ないの。たぶん、寿命の関係よ。破棄されたのって」
「キャミィの父ちゃん怒り狂いそ~」
「そうね、否定はできない」
カナリアはなるほど、と頷いて。
頬をかいてから、カップを回収しに鳥かごの中へ入っていた私を手招きし、頭をぽんぽんと撫でた。
これが庶民の男性相手からされてると考えたら無礼だけれど。
鳥だものね。鳥相手だって父様も母様も言ってるのだから、本気にしてはいけないと分かるけど。
幼女扱いされた感覚で少しいらっとする。
「落ち込んでるってわけだ。よし、慰めてやろう」
「いいわ、ほっといて」
「Aコース、Bコース、Cコースどれがいい? Aコースはべろんべろんちゅっちゅでえ、Bコースは……」
「うるさい、もう! もう嫌よ、何が鳥よ、こんなの私が欲しかった鳥じゃない!」
「贅沢だなあ、あんた。ディーゼルの売ってる鳥の中で、一番俺が高値なんだぞ」
「どうせ貴方以外の鳥も、人間なんでしょう!?」
「そらな! ディーゼルだからな!」
「やっぱり、お母様に言って普通の鳥にしてもらう!!」
「おいこら! キャミィ! キャミィ!」
私はうんざりとしていた。
毎日からかってくるカナリア。歌はとてもいいものなのに、馬鹿にしてくるし。
何だか相性わるいのよね。
そもそも、欲しかったものを代案で叶えられるってすごくいやで。
私の願いを軽く扱われた気持ちになってくる。
カナリアの私を呼ぶ声が耳に強く残る。うるさい人。あんなの、鳥じゃない。
*
部屋を出て執事と話しているお母様。
お母様は私にすぐさま気づくと、おいでなさい、と手招く。
私はお母様にそっと近づき、俯いた。
「どうしたの、キャメロット。そんなところで」
「お母様、やっぱり私、普通の鳥がいい」
「まあ。あの子と揉めたのね。大丈夫よ、キャメロット。貴方の体のためなの」
「お母様!」
「今は分からないかもしれないけれど。すぐに分かるわ。貴方がそうね、私の年齢になるころにはきっと分かるわ」
「その頃には私いないもの」
「まあ、なんてこというの! キャメロット、お前が諦めていては駄目よ」
お母様は私の話なんて聞いてくれない。
どうしても聞いてくれない姿勢に私はだんだんと苛立ち、言葉に出来ない腹立たしさで涙がこみ上げてくる。鼻の奥がつんとしてきた。
力がわかないのに握り拳が自然と出来る。
そんな姿を見たお母様は私の頭を撫でて抱きしめる。
私はお母様を振り払い、外へ向かう。
「キャメロット!」
私はお母様に捕まらないように、外に待機していた馬車に乗り込む。馬車はいつも、何かあった時用に呼んでおいてあるのがうちの家。
待機させておいて、すぐにでも良いお医者様が見つかったと聞けば出かけられるようにしている。
今日の馬車はいつも待機させておいている馬車じゃない。たまにくる、誰でも乗って良い馬車だ。お父様の専属ではない。
だからか、私を客だと勘違いする。
御者は「どこへお行きで?」と尋ねたので、「一番近い街」と応える。
そんなやりとりであっさりと家出できるのだから、簡単だ。
こんなに簡単だったのね、家出って。
馬車の揺れが少し気持ち悪いけれど、少しわくわくするの。
久しぶりの街だもの、幼い頃に父様に連れられて以来の街だわ。
それを思いだし、私の世界はああなんて狭いのだろうと実感する。
馬車の景色が流れ、青空が凪いでいて、土の香りが誇り立っていた。
*
街に出れば、沢山の人がいてわくわくする。
けれどそれとは裏腹に私の体調は最悪で、今にも倒れそうになる。
(人に酔っちゃったのね、大勢見るの久しぶりだものね)
私は沢山の商店並ぶ活気溢れた人の生きる世界に、虜になる。
たくさんの何かお野菜? 果物? お肉? 並べて売っている。
中には武器や、魔法書まで売っていて。
通路を挟んで露天や商店が並ぶ、いわゆる商店街に目を奪われる。なんて色鮮やかな世界なんだろう。こんな世界を今まで知らなかったなんて。
とても爽やかな香りはきっと、花屋さんの香り。
私が休んでいる噴水の近くに花屋さんがあって、その隣に骨董品屋さんがある。
骨董品屋さんは、古めかしいものから、新品の流行り物まで並んでいて。
それでも人を寄せ付けないお店だった。不思議ね、普通親しみやすい空気感を出すのが商売じゃないのかしら、と思案する。
骨董品屋さんからディーゼルさんが出てくる、まずい、目が合った。
ディーゼルさんは青い瞳を瞬かせ、ははあ、と薄ら笑いを浮かべて近寄ってきた。
「レディ、お久しぶりですネ。どうしてこんなところに?」
「ちょ、ちょっとお買い物に……」
「そう、それでは家の方は? お連れしますよ」
「……見なかった出来事にしない?」
「いけません、馬車できたんですか? よくお金をお持ちでしたネ」
「わかった、わかったわ。少ししたら帰るから。手持ちのアクセサリー渡したら大喜びだったわ」
あっけない家出だったと私はむくれる。
むくれた私の頬をつついて、ディーゼルさんはひっひ、っと息を吸うような笑い方をした。
私はつつかれた頬をさすり、外気の寒さに少しだけ震えた。ディーゼルさんが上着を貸してくれる。
「そんなにあれが気に入りませんか」
「無礼なのよ、あの人」
「……でもね、カナリアは昔、貴族だったんです。だから、少しは貴方の置かれている境遇は理解してるんじゃないですかネ」
「えっ!? 歌手じゃないの!?」
「あの子は人さらいにあって、そこから最初はサーカス団に売られました。その次はワタシのもとに」
「そんな珍しい人なの? 確かに珍しい見た目だけれど……」
「カナリアの歌は、特別なんです。だから誰もが欲しがる。お嬢さん、貴方はとても。ラッキーなんだ」
「どうして。どうしてみんな何がラッキーか教えてくれないの」
「悪い奴がみんな聞き耳立てて、いつ盗まれるか分からないからだヨ。喉を潰されたらさらに可哀想。昔、カナリアの歌の威力を知った人は、逃がさないように足の腱を切ったんだ」
だから、あの人は自分で歩けないんだよ、とディーゼルさんは花屋さんからお花を買い、私に手渡した。
お花は可愛らしい黄色い薔薇。友情、と、嫉妬、の花言葉だったっけ。
私は壮絶なカナリアの過去に言葉をなくし、落ち込む。
「カナリアは、貴方の力になるよ。貴方の、とっておきにきっとなるヨ」
「普通の鳥より?」
「普通の鳥には出来ない力が、あれにはある。だから買い手が途切れない、うちの目玉商品なんだ」
私はディーゼルさんの言葉に思わず俯いていた顔をあげていて、ディーゼルさんの目を見つめる。
青い瞳は私と同じ色だけど、私と違うのは大人びた貫禄のある生きた色だという話。
どこか、達観している瞳を少しだけ信じても、いい気になってきた。
「ディーゼルさん、送ってくださる?」
「もちろんですヨ、レディ」
私は馬車でディーゼルさんに送って貰うと、庭先に誰かがいるのに気づいた。
庭にはカナリアと執事がいる。
カナリアは体を腕のちからだけで、引きずらせながら前へ行こうとしていて。
執事達はそれを引き戻そうとしている。
でもカナリアの体から黄色い光が触れようとすると弾く。弾かれた執事の一人は火傷を負った。
皆どうしたものかとおろおろしていて、ディーゼルさんは「防衛魔法が発動している。主人以外触れないンです」と笑った。
「動けないのに、健気なこと」
「……そんな」
私はディーゼルさんに上着を返して、カナリアへ大声をかける。
あまり大きな声をあげるのになれてなくて、喉がひりつくし、声がかすれる。
「カナリア! なにしてるの!」
「キャミィ! よかった、帰ってきたんだな!?」
私が駆け寄れば、カナリアはほっとしたように体を引きずるのをやめ。
執事長は私にこっそりと「お嬢様が出て行かれてから、お部屋からここまで脱走されたんです」と告げられた。
「脱走じゃないぞ! キャミィを探しに行こうとしたんだ!」
「貴方歩けないでしょう?」
「すごいだろ! でもお前を迎えにいってやりたかったんだがなあ」
「そんな褒められたがってる顔されてもね? 駄目よ、悪い子」
私が怒ると、カナリアは全身から噴き出している汗を夕日に輝かせ。
私を抱きしめた。汗臭い香りが不思議と嫌にならない。この体温のぬくもりが、どこか暖かい。落ち着く。
私の小鳥だものね、私を心配したのね。
からかってばかりだけれど。いやなことばかり言う貴方だけれど。
貴方の持つ何か「ラッキー」なものを、信じてみようと思ったの。
それに、貴方は。こうやって主人思いではあるから。
すこうしだけ、私の鳥としては可愛く見えた。
*
「余命半年です」
お医者様についに宣告され。
父はこめかみをおさえ、母はぶわっと泣くのを我慢している。
二人は何かに祈るように私に「大丈夫、大丈夫よ」と言い続けてきた。
でも、私のことは私が一番分かっている。
あまり長く起きていられない体。
集中力もなくすぐくる眠気。
全部が、すべての伏線だったかのように感じる。
それでもカナリアは毎朝歌ってくれた。
カナリアの歌声と一緒に起きる朝はとても気持ちよくて好きだった。
この日は夜中に星が少しだけ降り注ぐ前兆のある日だと、お父様が言っていて。流れ星に願いなさい、ときつくいわれていた。
願っても叶わないなんて、何年も思い知っている。
だから私は祈らない。夜空から差し込む窓明かりに、カナリアの美しいプラチナが照らされる。
「キャメロット、大きくなったら何がしたい?」
「もしもの話は嫌いよ」
「もしもじゃないよ、叶うよ」
「叶わないの。カナリア、私ね、もうお医者様に長くないって言われたの」
「うそだあ」
「嘘じゃないの。もうちょっと貴方とお外に出て散歩したり、いつかしたかったな。そうね、街にでて。それでオペラを見たり。ドレスを買うのも見て貰ったり」
「……キャミィ」
こんな話をしている最中だというのに、最近はすぐ眠くなってしまう。貴方がどんな顔をしていたか分からなかったけれど。声は少しだけ悲壮が込められていて。そんな顔しないで、と顔を見ていないのに励ましたくなってしまう。
私はうたた寝している間、ずっとカナリアの歌声が聞こえていた。
カナリアはその日から毎日歌を途切れることなく歌い。
ふと気づく。カナリアが歌うと、カナリアの体はぼうっと青白く少し光って。
一瞬でちょっとずつ髪の毛や肌質が悪くなっていくの。顔色は白から青白いまで不健康になってしまっていって。
少しずつカナリアが命を賭けて歌っているのだと分かってくる。
夜間にまだカナリアが歌う。
「駄目よ、やめて。カナリア、お願い、やめて」
「~♫ ~♫」
「カナリア、ほら、貴方の好きな蜂蜜よ、これだけでも食べて」
「~♫ ~♫」
「カナリア……」
貴方がどんどん不健康を選んでいるのが分かる。命を賭けて歌っているのもわかる。
「歌」に何かがあるの? でも貴方は歌う代わりに、どんどん辛そうに見える。
何故そんなことをするの? 貴方の歌は何がラッキーなの?
その幸運を私に寄せたいの? あげたいの?
そのせいで、貴方まで死んでしまうなんて許さない。
窓辺で星が流れてるのが見えた。今日がいよいよ星降る日だと、お父様が大騒ぎしていて。使用人と一緒に星へ、私の延命を願わせていた。
星明かりが綺麗なのに、それよりも美しい銀色の男から目が離せない。
「カナリア……お願い、だから」
「違うだろ」
喉がかすれて、ぜいぜいと息を切らしているカナリアの声。
やっとこっちを向いて、睨んできたカナリアに私は涙が零れる。
カナリアは黒い鳥かご越しに私を抱き寄せ。
葉巻の香りももうしない、私と同じ死の香り。どこか、つんとする香り。
ちがう、つんとするのは香りじゃない。私が泣いているからだ。
「違うだろ、あんたの願いは。全部、全部言えよ」
「……いいの、むなしいだけよ」
「言えよ」
「どうして!」
「言えよ、叶えてやる。何だって、言え。言ってみろ」
カナリアの体がきらきらと砂金のような光に囲まれて。
私は神秘的な光景に心を奪われる。嗚呼、カナリアはもしかして。魔法使いなの?
とても綺麗な光を操るのね、と微笑んでも涙は零れる。
願って良いの? ほんとに?
少しだけ期待しちゃう。わくわくしちゃう。そわそわしちゃう。
もしも。本当に。願ったら叶う気がして。
でもそれと同時に何か大事な者を失う気がして。
怖かった。怖くてつい、カナリアの衣服を握ってしまう。
「生き、たい」
「うん」
「生きたいの。たくさん生きて、いつか花のように天命で死んで。最後に良い人生だったなって笑いたいの。短い、わ。みんな、ずるい。欲しい」
「よく言った、キャミィ。俺はあんたの幸運だ、叶えてやる。俺の歌は、やっとあんたに骨まで染みた」
「なんでそんなこと……」
「さよならだ、キャミィ。おてんばもやめろよ、もう」
カナリアの体から眩しく金色の光による翼が具現化し、背中から大きくぶわりと広がった。
あまりに眩しくて、目を瞑ったら、人肌がなくなる。
カナリアが、消えた。
カナリアが消えて、大泣きしてしまう。
どうして、嗚呼どうして。
貴方はいなくなってしまうの、私の小鳥さん。
みんなが貴方は幸運だって言った理由がやっと分かった。
脈打つ体、ガラスに写る健康的なバラ色の肌、息の切れない体。眠気の来ない意識。
痛みのない、心臓。とくんとくんと、確かな強い鼓動を感じる。
カナリアは、ずっと歌で私を「体ごと」癒やしていたんだ……。
私は、カナリアを代償に、健康を貰ったのね。
「カナリア、カナリア、ありがとう」
貴方のくれた、健康を。
私は粗末にしたりしない。
*
あの日から数十年が経つ。
あれから私もすっかりおばあさんになり、今では孫もいる。
カナリアは本当に私の願いをきっちり叶えてくれたのだと、今更ながら思い知る。
両親に感謝している、奇跡を買ってくれてありがとうと。
両親はカナリアの特性について知っていて、ただ他言無用の約束をしていたのだと後に教えてくれた。
もうすぐ孫の誕生日で。孫は昔の私を見ているほどの、虚弱体質だった。
娘達も手を尽くしているけれど、時代が進んでもお医者様も諦めるほどの、病弱さ。
何かあるとすぐ寝込んだりしてしまう。
今ならお母様たちの気持ちが痛いほど分かる。
少しでも体にいいものを用意しては、贈っている。
それでも一向によくはならない。ある日、遠くの街まで出かけたの。
別荘が近くにあって、療養にたまにみんなできている場所。
その別荘から出て、街で何か面白いものでもないかしらと店を探していると。
懐かしい顔に出くわす。
あの日から、一切見目の変わらないディーゼルさん。
嗚呼、なるほど。お父様の言っていた不老不死の薬は、ディーゼルさんが使っているのね、とすぐに把握した。
ディーゼルさんならどんな不思議があってもおかしくない。だってあれだけの奇跡を売り渡せる人なのだから。
ディーゼルさんは私には気づかない。何か休憩をしている様子だった。
露天に「鳥売ってます」と描かれ、雑な看板を広げていた。
貴方ならもっと立派な店も出せるでしょう? 風変わりなのは相変わらずね、と懐かしくなる。
ディーゼルさんの後ろには、見覚えのあるプラチナシルバー。
(ああ、生きていたのね。貴方もディーゼルさんも、変わらないのね)
もう、この二人がどれだけ変わっていても驚かない。
この二人は確かに私の恩人だし。
それに、怖がる理由も一切ない。
ディーゼルさんが此方に目を配った。営業用の微笑みが少しだけ寂しい。幼かった頃は優しく微笑んでくれるときもあったのに。
それだけ私がおばあさんになってしまったのだと実感する。
私の鳥は、どんな反応をするのかしら。
片笑むと、ディーゼルさんは一礼した。
「レディ、何かお探しでも?」
私は頬笑んだ。
「孫に鳥を飼いたいの、蜂蜜が大好きなカナリアを」
私のだった鳥が、振り返って目を見開いた。




