026 ターゲットは
「いただきます!」
言い終わるや、リーベはラタトゥイユに飛びつく。
トマトの酸味とナスのほくほくとした食感とが調和し、とても野菜料理とは思えない満足感があった。母の手料理なのだから当然と思う一方で、今晩は一段と美味しく感じる。
「はあ……おいし…………」
一瞬、訳を考えたが、干し肉とビスケット、そしてフェア手製の劇薬によって口内が蹂躙された結果、反動で美味しさが倍増しているのだと悟る。
同時に携行食への不満が膨らみ、気付けば愚痴っぽく父に問い掛けていた。
「ねえ、携行食って、もうちょっと、どうにかならないのかな?」
「俺が若い頃から味が変わらねえんだ。一生変わらねえだろうよ」
「そんな……」
がっくりと項垂れるとシェーンがくすりと笑う。
「ふふ。でもその分、お夕飯を美味しく頂けるのだから、それでいいんじゃないの?」
「むう……わたしはどっちも美味しく食べたいの!」
子供みたいに剥れて見せると両親は笑った。
「あらあら」
「はは! リーベは贅沢だな!」
その笑みが嬉しくて、彼女もまた笑った。
食堂の仕事を離れ、両親とは生活サイクルを異にしたリーベだが、それでも朝晩は一緒に食事をするべきだと思い、帰ってきてから今まで何も口にしないでいた。空腹を堪えるのは大変だったが、それでも我慢して良かったと思える。
(やっぱりご飯は家族みんなで食べないとね♪)
食器を片付け終わった時、入浴を終えた両親が帰ってきた。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい」
リーベが流しを掃除しながら呼び掛けると、シェーンが厨房を覗き込んでくる。入浴を終えたばかりの肌は血色が良く、潤っていた。
「ごめんなさいね。あなたは休まないといけないのに」
「いいのいいの。これくらいやらせてよ」
「訓練の疲れもあるだろうし、無理にやることはねえんだぞ?」
エルガーが心配する。
「ありがと。でもさっき仮眠とったから大丈夫だよ」
「そうか? なら良いんだが」
そう言い残して父が背を向けたとき、リーベは大事なことを思い出した。
「あ、そうだ。ねえ、聞いて」
その改まった物言いに両親は悟り、心配そうに歪んだ目を娘へ向ける。
「あのね、わたし明日、おじさんたちと依頼を受けに行くの」
「……依頼って…………リーベは冒険者になったばかりじゃない。大丈夫? 自分の身は守れるの?」
「大丈夫。攻撃魔法は覚えたし、フェアさんに太鼓判も捺してもらったんだから」
気丈に言って聞かせるも、両親の顔からは不安の色が拭えないでいた。
一方で両親の心配を受けるリーベは、その感情が如何に尊く素晴らしい物なのか痛感させられた。だがそれで両親が苦しむのは良くない。気休めでもいいから、今はどうにか両親を安心させてあげなければならない。
「それにね、おじさん言ってたよ。相手にするのはそこまで強い魔物じゃないって」
「……そう、なのね」
今にも消え入りそうな母の答えにリーベは胸が締め付けられる思いだった。
これ以上、どんな言葉を用いれば良いのかわからないでいると、エルガーが妻を慰めるように言葉を添えてくれる。
「大丈夫だ。ヴァールもフェアも、それにフロイデも。みんな優秀なヤツだ。そんな連中と一緒にいるんだから、億が一にもケガはしねえさ」
元冒険者のエルガーがこんな希望に満ちた言葉を使うわけはない。
それは無論、妻子も理解している。
だからこそ、シェーンは夫の気持ちに応えるように健気な笑みを浮かべて、娘に言う。
「ヴァールさんたちの言うことをよく聞いて、危ない真似は絶対しないこと。いいわね?」
「……うん…………!」
一夜明けた今日。リーベはヴァールたちに連れられて冒険者ギルドを訪れていた。
ここには今日も多くの冒険者が屯しており、瀟洒な室内に熱気と喧噪をもたらしていた。
しかし彼女が踏み込んだ途端に静まりかえり、視線が集まる。
「あ、エルガーさんとこの」
「依頼受けに来たんか?」
そんな会話がひそひそと漏れ聞こえてくると、ヴァールが手を払う仕草をした。
「おらおら、見世物じゃねえんだぞ」
その声に視線が散っていくが、彼らの関心が未だに彼女に向いているのは明白であり、当人は甚だしく緊張させられる。
「うう……」
「ほら、そんなとこ突っ立ってねえでこっち来い」
その声に振り向くと、仲間たちは既に掲示板の前にいた。
「あ、うん!」
4人は肩を並べて掲示板を見上げる。
ドアを横倒しにしたくらいの大きさの掲示板にはびっしりと依頼書が張り出されていて、まるで鱗のようだ。
「沢山あるね……」
思わず出た言葉にフェアが反応する。
「それだけ魔物によって苦しめられている人がいると言うことです」
(この紙の1枚1枚がわたしたちに助けを求める声なんだ)
師匠であるヴァールは昨日、自分たちが仕事をしないと余計な被害を生むと言っていた。あれは誇張などではなく、ありのままを言っていたのだ。それを思えば、昨日、さらなる訓練をせがんだ自分が如何に身勝手だったことか。リーベは考えさせられた。
「……いつもこれくらいあるんですか」
「私はテルドル支部の冒険者じゃないので比較はできませんが、この時期はどこも魔物の被害が多くなるんですよ」
「へえ……春先は獣害が増えるって聞いたことがあるんですけど、それと同じなんですか?」
「そうですね。特別視されがちですが、魔物も動物ですから」
フェアは微笑みを解いて、真剣な顔で付け加える。
「先の一件で警戒圏が広がりましたので、それの影響もあるんでしょう」
「あ……」
(そういえば、サイラスさんと会った時、そんなお話をしていたっけ)
「そういうこった」
ヴァールは会話を断ち切ると1番弟子に命じる。
「フロイデ。俺たちは依頼を選ぶから、お前はこいつに依頼書の見方を教えてやれ」
「わかった」
フロイデは掲示板の隅っこの方へ移動すると、手招き代わりの目線を送ってきた。それに応じると、彼は掲示板の隅っこにあった依頼書を指差しながら講義を始めた。
「これ、件名」
「ええと、『サンチク村近郊に現われたラウドブロイラーの撃退』?」
「そう。その下が大体の場所と、その時の状況……見つけた人の勘違いとか、見逃しとかがあるかもしれないから、参考程度に、ね?」
長台詞が疲れた彼はふうっと一息ついた。
「わかりました」
「その下が報酬の額。危険なほど高い」
「じゃあ、この依頼は危険な方なんですか?」
「ううん。比較的、安全。だから、安い」
「へえ……」
依頼書に提示された額は、並の労働者が10日働いて得られる金額と同程度であった。
リーベの目には十分に高価に映ったが――
「高いと思った……?」
「ああ、はい。ちょっとだけ」
「冒険者は1人じゃない、から」
「あ、そっか……人数で割るなら、確かに安いですね」
「ん」
肯定すると、彼は指を依頼書の1番下の欄に滑らせる。そこは備考欄のようで、たっぷりの余白の中、
『五級以上必須』の文字が目を引いた。
「この依頼を受ける冒険者の等級の平均が、五級以上じゃなきゃいけない、てこと。ふう……」
「等級か……あ、それって」
リーベは冒険者カードを取出す。
表の上の方に『第六級冒険者』と記されていた。
「リーベちゃん1人じゃ、受けられない」
彼女のカードを覗き込みながらフロイデが言う。
「なるほど……ちなみに、フロイデさんの等級は幾つなんですか?」
すると彼は得意満面に冒険者カードを掲げた。
「第四級……」
リーベは父に聞いたことがある。
冒険者の等級は、最上位が『特級』で、その下が『一級』。そこから段々と下がっていって、最下位が『六級』だ。
つまり7つの階級があるわけで、相対的に第四級が下から3番目ということで低級に思えてしまうのは人間的思考だろう。
だがフロイデが小鼻を膨らませていることから、彼の年齢(あるいは経験年数)で四級は相当に凄いのだろうと、リーベは推察した。
彼女は若干の後ろめたさを感じつつも、先輩の新鋭っぷりを讃える。
「わー、すごい! もう四級なんですね!」
「むふーっ!」
フロイデが有頂天になる様子を微笑ましく思いながら見ていると、視界の隅でヴァールが依頼書を剥がした。
「ほら、これがお前の初仕事だぞ」
そう言って依頼書を差し出してくる。
リーベは強張った指で依頼書を摘まむと、内心ひやひやしながらその内容を確認した。
「『ライル村の北東に出没したラソラナの討伐』……ラソラナ?」
「馬鹿でかいカエルだ」
その一言に背筋が寒くなる。
「うげ……っ!」
思わず身震いすると、フロイデが不思議そうな顔を向けてくる。
「カエル、嫌い、なの?」
「は、はい……」
「……可愛いのに」
(あの薄気味悪い生き物が可愛いって……)
さすが男の子だと感嘆する一方、自分はとても受け入れられないとため息をつくのだった。
「しかしカエル嫌いとは困りましたね。もしや虫も苦手ですか?」
フェアの問い掛けにリーベはブンブンと頭を縦に振って答える。
するとヴァールがボリボリと頭を搔き回しながら溜め息をついた。
「たく。虫けらに怯えてるようじゃ、話になんねえぞ?」
「そ、それは……」
「まあいいさ。苦手なら克服させてやる。覚悟しておけ」
(覚悟って……いったい何するつもりなの……)
「ひ、ひえ~……」
初任務を目前に控えながらも、リーベは新たな脅威に苛まれるのだった。そんな彼女を余所にヴァールは話しを進める。
「俺たちは受注を済ませてくるから、お前らはここで待ってろ」
フェアとフロイデは頷くと、冒険者カードをリーダーに預ける。
呆然とその様子を見つめていると、彼女は背中を叩かれる。
「ほら、ぼさっとしてねえで行くぞ」
「……はあい…………」
ヴァールの脅迫にげっそりしている間に受付にやって来ていた。
「あ、ヴァールさん。もしかして、リーベちゃんの初仕事ですか?」
受付嬢のサリーが期待を浮かべて問い掛ける。
「まあな」
ヴァールが鼻を鳴らしてリーベを見ると、サリーの碧眼が彼女を映す。気の弱そうな垂れ目は次第に歪み、その心情を雄弁に伝えてくる。
「具合でも悪いの?」
「うう……」
「はは! 虫けらがダメだって言うから克服させてやるって言ったんだよ」
「ああ、そういう事ですか……」
サリーは『ご愁傷様です』とばかりに瞑目した。
その様子にリーベは酷くがっかりさせられたが、同時に諦めがついた。
彼女は今や冒険者なのだから、カエルだとか虫だとかを恐れているようでは話にならない。それに、虫を怖がってるなんて知られたら、街の人々は失望してしまうだろう。
テルドルの希望になるためにはまず、彼女自身が恐怖を克服しなければならないのだ。
「その意気だ」
彼女の心を見透かしたように、ヴァールが言う。
振り仰ぐと、その視線はすでにサリーの方へ向けられていた。
「それよか、とっとと済ませちまおうぜ?」
言われてハッとしたリーベは依頼書を受付嬢に差し出す。
「お願いします」
するとサリーは仕事モードになり、丁重な手つきで依頼書を受け取った。
「承ります――ラソラナの討伐ですね」
そう口にしながらも彼女は別の用紙を取り出し、手早く記入していく。端整な文字が用紙の上方にある欄を埋めたとき、彼女は顔を上げた。
「今回、参加するのはお2人だけですか?」
「いや。フェアとフロイデも一緒だ」
ヴァールは自分のものと彼らのものと、計3枚の冒険者カードを提示する。
「ほら、お前も」
「あ、うん――お願いします」
リーベもまた、冒険者カードを提示した。
「拝見します」
カードを確認し、用紙の方に氏名と等級などを書き写していく。
程なくして記入が終わり、カードと依頼書が返却される。
「最後になりますが、こちらに署名をお願いします」
そんな言葉と共に新たな用紙を差し出す。
用紙にはギルドの備品を貸し出すに当たっての諸注意や遵守事項が記されていて、それを黙読すると、ヴァールは下方に大きく取られた空欄に署名した。
「ありがとうございます。それではこちらをお受け取り下さい」
差し出されたのは手の平サイズの小箱だった。革張りで頑丈そうなそれは天板に金属板を取り付けられていて、そこには識別番号と共に『アデライド』の文字が刻まれていた。
「あの、これは?」
「こちらは『友呼びの笛』です」
「友呼びの笛っ⁉」
その名を聞いた途端、リーベは嬉しくなってつい大きな声を出してしまった。ハッと口下を押さえると、サリーは微笑ましげに口角を上げていた。
「ふふ。そういえばリーベちゃん。アレを間近で見てみたいって言ってたよね?」
いつか彼女がエーアステを訪れた時のことだ。
「はい! ああ……まさかこんなすぐに叶うなんて…………」
うっとりと溜め息をつくと、ヴァールがイガグリ頭をボリボリ掻いた。
「まさかお前、それが目的で冒険者になったんじゃねえだろうな?」
「そ、そんなわけないよ!」
「はは、どうだか」
笑いつつ彼は小箱を空けて中身を確かめた。リーベは大いに興味を惹かれ、橫からつま先立ちになって覗き込む。
小箱の中にはそこには中指サイズの、牙型の笛があった。
象牙色で、非光沢で、サラサラしている。その特徴から本物の牙を加工したものだとリーベは悟った。
「これが……」
手を伸ばそうとした時、蓋が閉じられる。
「あー」
「そう物欲しそうな顔すんなよ。お前に吹かせてやるからよ」
「え、ほんとお!」
ハッと口を塞ぐとサリーがクスクス笑うのが聞こえて来た。
「まったく、いつまでもガキだから仕方ねえ――んじゃ、借りてくぜ」
ヴァールは友呼びの笛を腰のポーチに押し込んだ。
「手続きは終わりか?」
「はい。無事の帰還を心よりお祈り申し上げます」
彼女の口上には真心が籠もっていた。
それは彼女の眉が垂れていること、下唇を噛んでいることからもわかる。
「……リーベちゃん。ちゃんと帰ってきてね」
サリーは受付嬢として送り出してきた者たちが無事でなかったという経験も少なからずあるのだ。そこにまだ若い少女が含まれるだなんて、恐ろしくて仕方がないのだ。
リーベは彼女の健気な思いを酌み取ると、その名を噛みしめるように呼んだ。
「サリーさん……」
リーベは涙腺を激しく痛めながらも、誓うように答える。
「必ず、無事で帰ります……!」
ご精読いただきありがとうございます。
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