ブラック工房をクビになった底辺魔導具師ですが、慰めたはずの天才令嬢に「一生養います」と重すぎる愛で囲い込まれました〜期待値ゼロからの痛快ドロップアウト生活〜
毎日徹夜でゴミ魔石を処理する、非正規の底辺魔導具師・トウカ。
ついに理不尽な上司からクビを宣告されて大喜び! ……したのも束の間、以前ちょっとだけ慰めてあげた魔法省トップエリートの天才令嬢・シルヴィアが工房に乗り込んできて――。
「今日から先輩は、ワタクシが一生養います」
ブラック職場から解放されたと思ったら、今度はド級に重い愛情で囲い込まれる!?
底辺×天才が織りなす、ちょっと(かなり)重めで甘い、ドロップアウト・ファンタジー開幕です!
魔法省の地下深く。
太陽の光などただの一度も差し込んだことのない、第十三工房。
そこは、かび臭い空気と、得体の知れない機械油の匂いが染みついた、どん底の吹き溜まりだ。
「よーし! これで徹夜三日目! 睡眠不足のハイテンション、まだまだいくぞー!」
薄暗い石造りの部屋の中央で、私は今日も元気に鼻歌を歌っていた。
私、トウカ。二十八歳。
平民出身で、いつ契約を切られるかわからない非正規の魔導具師だ。
手元には、上階のエリートたちが使い古した廃棄魔石の山がそびえ立っている。
私の仕事は、魔力が空っぽになったこの石を砕き、ちまちまと生活用品に再利用することだった。
美容院に行く気力もなく、艶のない黒髪のボブカットは無造作にはねている。
黒い瞳の下には、くっきりとクマができている。
ここ数日はゼリー飲料しか口にしていないため、体は不健康に細い。
だけど、私は最高に明るかった。
「はい次! 焦げ付いた鍋をピカピカにする魔法陣、セット! 次! 部屋干しの匂いを太陽の匂いで上書きする魔法陣、セット! うはは、私ってば天才的な手際!」
私は、自分の才能のなさを自覚している。
華やかな攻撃魔法や、貴族たちが喜ぶ美しい結界なんて絶対に作れない。
でも、だからこそ、この理不尽な労働ですり減ることに、痛みなんて感じなかった。
むしろ、社会の役に立って使い潰されるなら本望だ。
どうせいつかは捨てられる。私の代わりなんていくらでもいる。
だったら、捨てられるその日まで、派手に燃え尽きてやろう。
誰かのちょっとした役に立って、最後はゴミ箱に放り込まれる。
それが、私の身の丈に合った、正しい生きる術だった。
「おや、ずいぶんと楽しそうだな」
重苦しい声で、私は振り返った。
工房の錆びた扉の前に、恰幅の良い男が立っている。
直属の上司である、ボルゾイ部長だ。
派手な礼服を着こみ、手にはよく冷えた魔力水の入ったグラスを持っている。
彼はコネだけで現在の地位に就いた男だ。
私がたまに暇つぶしで作った便利な生活魔導具を、すべて「自分が開発した」と上に報告し、美味しいところだけを吸い上げている人間だった。
「あっ、ボルゾイ部長! お疲れ様です! どうですかこのゴミの山、今日も元気に片付けてますよ!」
私が笑いかけると、ボルゾイは不快そうに顔をしかめた。
そして、彼が手に持っていたグラスから、冷たい水滴がぽたりと床に落ちた。
水滴。
冷たい汗。
その視覚的なトリガーが、私の脳裏に、数ヶ月前の夜の光景を鮮やかに蘇らせた。
(……冷たい夜風。王都の夜景が見渡せる、魔法省本局の非常階段)
その日、私は押し付けられた膨大な雑務を終わらせ、フラフラになりながら非常階段に出た。
いつものようにゼリー飲料を飲もうとしたときだ。
暗い踊り場で、誰かがうずくまっていた。
月光をそのまま紡いだような、銀白色の長い髪。
その横顔は、魔法省に首席で入省した天才エリート令嬢、シルヴィアだった。
十七歳にして、次期大臣候補とまで囁かれる、光の道を歩む完璧な存在。
その彼女が、コンクリートの冷たい床に膝をつき、激しくえずいていた。
「おえっ……げほっ、うう……っ」
顔は真っ青で、額には冷や汗がびっしりと浮かんでいる。
美しい紫色の瞳は焦点が合わず、小刻みに震えていた。
手すりを掴む白い指先が、限界まで白濁している。
私は迷わず階段を下りた。
「おっ、天才エリート様も、胃袋の構造は平民と同じなんですね!」
シルヴィアはビクッと肩を揺らし、振り返った。
警戒と恐怖の入り混じった目。
「……だ、だれ……っ? 見ないで……ください」
「地下工房のトウカです! いやあ、見事な吐きっぷり! 若いっていいですねえ!」
私はあっけらかんと笑いながら、自分のポケットから新しいゼリー飲料を取り出した。
そして、彼女の手に無理やり押し付ける。
「はい、これ。徹夜明けの荒れた胃袋にはゼリーが一番ですよ!」
シルヴィアは震える手でそれを受け取った。
「……ワタクシは、完璧でなければならないのです」
絞り出すような、ひどく脆い声だった。
「親の期待、省内の期待……すべてに、完璧に応えなければ。一つでも失敗すれば、ワタクシの存在価値は、すべて崩れ去ってしまいます……」
完璧な令嬢の、崩壊の瞬間。
彼女の内面は、すでに致死量の重圧で壊死しかけていたのだ。
私は、鼻で笑った。
「完璧? なにそれ、美味しいの?」
シルヴィアが、小さく息を呑む。
「そんなもん目指すから、息ができなくなるんだよ。ちょっとくらい失敗したって、死ぬわけじゃないのに」
「……あなたに、ワタクシの何がわかるのですか」
彼女が鋭い声で反論する。
私は堂々と胸を張った。
「君が失敗して泥だらけになっても、私が全部笑い飛ばしてあげる。私が底辺の泥をかぶるから、君は安心して失敗すればいいんだよ」
シルヴィアは目を丸くして、私を見上げていた。
その紫色の瞳の奥で、張り詰めていた氷のような何かが、ゆっくりと溶け出していく。
彼女は震える両手でゼリーのパッケージを握りしめ、私の作業着の裾を、指の関節が真っ白になるほどの強い力できつく握りしめた。
安っぽいゼリー飲料と、機械油の匂い。
それが、極度の愛情飢餓に陥っていた彼女にとって、世界で一番安心できる匂いになった瞬間だった。
「おい、トウカ。いつまでサボっている」
ボルゾイの怒鳴り声で、私は現実に戻った。
「君に話がある。明日から、もう来なくていい」
「……えっ?」
「上からの命令で、予算を削らなくてはならなくてね。君のような、いくらでも代わりのきく底辺の非正規から切るしかないんだよ。だいたい、女のくせに油まみれで魔導具師を気取るからいけないんだ。さっさと荷物をまとめて出ていけ」
私は数秒だけ、目を瞬かせた。
そして。
「マジですか! やったー!」
私は両手を突き上げて、歓喜の声を上げた。
心の底から、嬉しさが込み上げてきたのだ。
「……は?」
ボルゾイが間の抜けた声を出す。
「ついに私にも廃棄の順番が回ってきたんですね! 長い間、こんな無能をこき使ってくださり、本当にありがとうございました!」
ついにこのブラック労働から解放される。
完全に壊れる前に、社会から捨ててもらえるのだ。
退職金は出ないだろうけど、自由になれる事実だけで足取りが軽くなった。
「……自分が捨てられるという状況を、理解しているのか!」
「してますよ! むしろ今までよく使い倒してくれました! 感謝感激です!」
ボルゾイは顔を真っ赤にして怒鳴った。
彼が何かを言いかけた、その時だった。
分厚い鉄の扉が、凄まじい轟音を立てて吹き飛んだ。
「……誰が、ゴミですって?」
澄んだ、絶対的な零度を伴う声。
銀白色の長い髪を揺らし、シルヴィアが歩み入ってきた。
普段の優雅な微笑みはない。
紫色の瞳は、ボルゾイを塵芥でも見るかのように見下ろしている。
部屋の温度が一気に下がり、壁に美しい霜の花が咲き乱れた。
「シ、シルヴィア様……!? なぜ次期大臣候補の貴女がここに……!」
ボルゾイが悲鳴を上げる。
シルヴィアは美しい指先を軽く振った。
それだけで、ボルゾイの足元から鋭い氷の柱が突き出し、彼の体を壁に縫い付けた。
「ひぃっ! 痛い! なにをするんですか!」
「黙りなさい」
シルヴィアの声に、ボルゾイはカエルのように口をパクパクさせるだけで、声を出せなくなった。
「ワタクシの大切な先輩を解雇する? しかも、彼女の成果をすべて自分のものにし、立場を利用して甘い汁を吸っていたあなたのような人間が?」
シルヴィアは冷酷に事実を告げる。
「すでに監査部にはすべての証拠を提出しました。あなたは終わりです」
ボルゾイの顔から、さぁっと血の気が引く。
私はのんきに手を叩いた。
「おおー! さすがエリート! 仕事が早いね!」
シルヴィアは私を振り返る。
その瞬間。
彼女の顔から氷のような冷たさが完全に消え去り、甘く、とろけるような笑みが浮かんだ。
「先輩。お迎えにあがりました」
シルヴィアは私の前にひざまずき、油だらけの私の両手を、大切そうに包み込んだ。
「こんなほこりっぽい場所は、先輩には相応しくありません。今日から先輩は、ワタクシが一生養います」
「えっ? いや、私、クビになったばっかりの無職だよ?」
「だからです」
シルヴィアの手が、私の指を痛いほどに強く握りしめる。
「先輩はもう、誰のためにも働かなくていいんです。息をして、ワタクシの作るご飯を食べて、ただワタクシのそばで可愛く甘やかされていれば、それで完璧なんです」
それは、重たくて、甘い、泥濘のような執着の宣言だった。
私は悟った。
もし私がここで彼女の手を離してしまったら、この完璧な天才は、明日にもプレッシャーで壊れてしまうだろう。
社会から見れば完全なドロップアウトでも、私はこの子の重石になれる。
私は、満面の笑みで彼女を見つめ返した。
「期待値ゼロの人間が、一番自由に飛べるんだよ! これからよろしくね、シルヴィア!」
私がそう宣言すると、シルヴィアの瞳が、最高に嬉しそうに細められた。
*
王都の一等地にある、高級マンションの最上階。
ふかふかの絨毯が敷き詰められた広いリビングに、私は座っていた。
目の前のテーブルには、湯気を立てる豪華な料理が並んでいる。
「先輩、あーん」
エプロン姿のシルヴィアが、スプーンに乗せた温かいスープを差し出してくる。
「いや、自分で食べられるってば!」
「だめです。先輩はワタクシに甘やかされるのが仕事ですから。さあ、あーん」
有無を言わさない圧のある笑顔に負け、私は観念して口を開けた。
野菜の甘みが溶け込んだ優しい味が、口いっぱいに広がる。
「美味しい……」
「ふふっ、よかったです」
シルヴィアは満足そうに微笑むと、私の隣に座り、そっと肩に寄りかかってきた。
彼女の銀髪から、月夜のような甘い香りがする。
シルヴィアは私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「すうっ……ああ、先輩の匂い……安心します……」
私の心臓が、ドキンと大きく跳ねた。
顔がひどく熱い。耳の先まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。
私みたいな底辺がドキドキするなんておこがましい。これはただ、スープが熱かっただけだ。私は必死に心の中で言い訳をした。
すると、シルヴィアはハッとして体を離した。
「……っ! も、申し訳ありません、ワタクシとしたことが」
彼女は顔を赤くして、恥じるように俯く。
「また先輩に触れすぎてしまいました……ワタクシは、先輩を困らせたくないのに……」
自分の重すぎる執着を自覚し、それを必死に自制しようとしている。
そのいじらしさに、私はニカッと笑って彼女の頭を撫でた。
「いいよ、別に。私は君の重石になるって決めたんだからさ」
シルヴィアの紫色の瞳が、潤んで揺れる。
社会の競争から降りて、二人だけの閉じた世界で傷を舐め合いながら生きていく。
誰かに期待されることもなく、ただそこにいるだけで許される世界。
だが、そんな穏やかな泥濘の生活は、数日後に突然破られることになった。
*
王都の中心にある、王立大講堂。
今日は、特権階級の貴族たちと魔法省のトップエリートだけが参加を許される「宮廷魔導宝飾展」の日だった。
シルヴィアは、この品評会の目玉である巨大な魔導シャンデリアの最終調整を任されていた。
私は彼女が心配で、作業着のままこっそりと会場の隅に忍び込んでいた。
天井からは眩い光が降り注ぎ、床には赤い絨毯が敷き詰められている。
ドレスアップした貴婦人たちが、優雅な笑い声を響かせていた。
周囲の貴族たちは「なぜあんな小汚いネズミが」と露骨に眉をひそめ、ヒソヒソとささやきあっている。
でも、私は全く気にせず、会場の端で高級なマカロンを次々と口に放りこんでいた。
「うまっ! これタダなの!? 最高じゃん!」
広間の中央で、シルヴィアがシャンデリアの起動式を行おうとしていた。
しかし、彼女の様子がおかしい。
額には冷や汗が浮かび、指先が微かに震えている。
バチバチッ!
シャンデリアの中心にある巨大な魔力石から、不吉な黒い火花が散り始めた。
「な、なんだあれは!?」
「魔力が暴走しているぞ! 逃げろ!」
貴族たちがパニックに陥り、我先にと出口へ向かって走り出す。
シルヴィアは青ざめた顔で、必死に魔力を注ぎ込んで暴走を止めようとしていた。
「魔力密度、規定値の百二十パーセントを突破……! 内部回路の三十五箇所でショートが発生しています! このままでは……!」
シルヴィアの悲痛な声が響く。
完璧な令嬢の仮面が、今にも砕け散ろうとしている。
私は、手に持っていたマカロンの皿を放り出し、工具袋から使い古した巨大なレンチを取り出した。
そして、一切のためらいなく広間の中央へと駆け出した。
「ちょっとごめん、通るよ!」
「トウカ先輩!? 危険です、退いてください!」
「大丈夫。私にまかせて!」
私は暴走するシャンデリアの真下へ飛び込んだ。
凄まじい熱風が吹き荒れる。作業着が焦げ、肌がジリジリと焼ける。
でも、怖くない。
地下の暗闇で、来る日も来る日も向き合ってきた回路の束。
どの線を切って、どの線を繋げば魔力が落ち着くか。私の手は、頭で考えるより早く、本能のように動いた。
「やっぱ見た目ばっかり気にしてっから熱がこもるんだよ!」
私はレンチを振り上げ、シャンデリアの美しい金色の装飾を、ガンッ! と躊躇なく叩き割った。
「ひっ! 国宝級の装飾を!」
遠くから貴族の悲鳴が聞こえるが、知ったことではない。
叩き割った隙間から、私は直接、自分の素手を内部の回路に突っこんだ。
バチィッ!
強烈な静電気が走り、指先が焼け焦げる。
激しい痛みが走るが、徹夜明けの胃痛に比べたら大したことない。
「大人しく、しなさいっ!」
私は自分の魔力を、荒々しく、しかし正確に回路の深部へと叩きこむ。
ショートしていた魔力線を強制的に引きちぎり、熱の逃げ道を無理やり作り出す。
洗練された技術なんてない。あるのは、泥臭い直感と度胸だけだ。
キンッ、と甲高い音が響いた。
暴走していた赤い光がふっと消え去る。
代わりに、澄み切った海のような青い光が、シャンデリアからあふれ出した。
それは会場全体を優しく包みこみ、空間を美しく照らし出した。
静まり返る会場。
やがて、誰かが震える手で拍手をした。
それが波紋のように広がり、あっという間に、会場中から割れんばかりの拍手が私に降り注いだ。
「す、素晴らしい!」
「なんという度胸と技術だ!」
華やかな世界の住人たちが、薄汚れたツナギ姿の私に惜しみない賛辞を送っている。
「君、名前は!? ぜひ我が宮廷工房のトップとして迎え入れたい!」
偉そうな老人が、興奮した様子で私に詰め寄ってきた。
社会の頂点からの、圧倒的な評価。
でも、私は煤で汚れた顔をごしごしと拭い、からからと笑った。
「えー、毎日綺麗な服着るとか絶対むり。お断りしまーす!」
「なっ……!?」
老人が絶句する。
私はスタスタとシルヴィアの元へ歩み寄り、彼女の細い腕にガシッと抱きついた。
「私、シルヴィアの部屋で一生ダラダラして生きるって決めたんで!」
*
シルヴィアの紫色の瞳が、周囲の誰よりも熱く、そして暗い光を帯びて私を見つめていた。
彼女の白い手が伸び、私の煤けた頬にそっと触れる。
「……先輩」
とろけるような、甘い声。
「世界が、先輩を見つけてしまいました。……ワタクシだけの、秘密にしておきたかったのに」
彼女の独占欲が、隠しきれずにあふれ出す。
シルヴィアの腕が、私の背中を折らんばかりの力で締め付ける。
「他の誰にも、指一本触れさせません。一生、完璧に飼い殺してさしあげます」
その重たすぎる執愛に、私は嬉しくなって笑った。
「期待値ゼロの人間が、一番自由に飛べるんだよ! これからもずっと、よろしくね!」
私が宣言すると、シルヴィアは氷が溶けるような美しい笑みを浮かべた。
うっとりとした空気が、二人の間を包みこむ。
最高の、甘い余韻の時間が流れる。
私は工具袋をごそごそと漁り、油まみれのくしゃくしゃになった一枚の紙切れを、シルヴィアの鼻先に突きつけた。
「よーし、緊急修理完了! じゃあシルヴィア、今日使った絶縁テープの代金と、徹夜作業の危険手当、ここにサインお願いね! 明日の朝イチで振り込んで!」
シルヴィアの顔から、スッと表情が抜け落ちる。
「……は?」
「あ、ペン貸してあげようか? これ、絶対にインクが切れないけど、たまに爆発するペン!」
「…………先輩」
シルヴィアは深くため息をつき、その重たすぎる愛と呆れを半分ずつ混ぜたような声で、私の差し出した請求書を受け取った。
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