誰…?
ぼくは、ずっと…ここにいる。
人の姿も声も持たない頃は、ただ…世界を見つめていた。
流れていく風の中で…。
木々の揺らぎに混じって…。
地面の上を転がりながら…。
猫を見下ろして、見つかって…。
誰にも気づかれないまま、漂っていた時のことを…、覚えている。
こたつで眠ってしまった、女性。
彼女の指先から生まれた言葉が、静かに胸を震わせたこと。
自分の心を…彼女の物語に添えてしまった、あの瞬間。
図面を広げながら「ここなら人が集まるはず」とつぶやいた、おじさんたち。
その声が、ぼくには祈りのように聞こえたこと。
人は本当にたくさん集まってきて、すごいなあと思った日々。
歌声を聞いていて…ふいに体が重くなった時のことは、バッチリ覚えている。
ドキドキしながら、量販店に足を踏み入れたんだ。
誰かのうわさ話を聞いた。
誰かに噂された。
挨拶してもらえた。
挨拶してみた。
頑張る人と話した。
さぼっている人と話した。
懐かしい物語に再会した。
懐かしい歌を何度も耳にした。
仲のいい人ができた。
いろんな人と出会えた。
たくさんの人たちと、わかれた。
……働く人々の笑い声やため息が、ぼくの世界を満たしていった。
噂になって、物語になって、誰かの記憶に残っていった。
今、店は解体されて…、ここは更地になっている。
それでもぼくは、ここに居続けている。
なぜなら、ここには…人々が残した声や想いが、まだ温かく漂っているからだ。
……これから、ここに何が建つのか、誰が訪れるのか、ぼくには分からない。
ただひとつだけ、確かに言えることがある。
いつだって‥‥、“誰かの物語”は生まれる、ということだ。
新しく生まれる物語が、ぼくの心のドアをノックするまで――――――
数えきれない、大切な思い出を。
ひとつずつ、抱きしめて……。
抱 き し め て … … … 。




