誰かの噂
人の姿を得た、ぼく。
かつて風のように漂いながら眺めていた場所、量販店に通うようになった。
今では足音を響かせ、棚の間を歩くこともできる。
…それだけで、世界が少し違って見えた。
ある日、バックヤードの近くを通りかかったとき、従業員たちの声が聞こえた。
「最近さ、見慣れない人がいるよね」
「ああ、あの静かな人?」
ぼくのことだった。
胸の奥がくすぐったくなるような、不思議な感覚が広がった。
人の姿を得たぼくは、いつの間にか“誰かの噂”になっていた。
噂されるのは…不思議だけれど、嫌ではなかった。
噂は少しずつ形を変えていった。
「あの人、前にも見た気がする」
「いや、急に現れたんだよ」
「でも、なんか落ち着くよな」
ぼくはただ店内を歩いているだけなのに、誰かの記憶の中で、ぼくは別の姿をしているらしい。
人間たちの想像は、風より自由だ。
夕方、店内に、気になる音楽が流れた。
あの日、ぼくを人にした歌に似ている……。
ぼくは立ち止まり、そっと耳を澄ませた。
「あの人のお弁当ね、キャラ弁だったの…」
「知ってる?この人近所に住んでたらしいよ…」
「そう言えば今話題の小説がさあ…」
歌に混じって聞こえてくる、僕の知らない、誰かの噂…。
その中に、名もないぼくの物語が混ざっていると思うと…、胸の奥が静かに温かくなる。
ここは、ぼくが初めて“居場所”と呼べる場所なのかもしれない。




