あの人の噂
とある、量販店。
ここでは、年齢も性別も経歴もばらばらな従業員たちが多数働いている。
朝、9時45分。
従業員は全員開店前にバックヤードで集まり、朝礼をする。
眠そうな顔をしている従業員もちらほらいるが、それぞれが気を引きしめ、一日を始める準備をするのだ。
繁盛している、この店舗。
ここで働く従業員は、200人を超えている。
誰もが自分のことで精一杯で、互いのことを深く知る機会はあまりない。
ある日、レジ担当の若い女性が、ふと、休憩室でつぶやいた。
「あの人、いつも静かに働いてるけど、何を考えてるんだろうね」
視線の先には、黙々と棚を整理する中年の男性がいた。
すると別の従業員が、笑っていった。
「あの人、すごくかわいいお弁当箱持って来てるんだよ」
「知ってる!佐伯さんとめっちゃ盛り上がっててさあ、意外って思った!」
そこから、ぽつりぽつりと“知らなかった横顔”が語られ始めた。
どう見てもちまちまとした作業が苦手そうに見える風貌だが、実は毎日弁当を作っていること。
普段は無口だが、料理の話になると水を得た魚のようにイキイキと話し始めること。
話は一人の従業員に関する事から、この場所で働く別の誰かの事へ。
いつも明るいパートさんが、実は夜に資格の勉強をしていること。
おっちょこちょいのパートさんが、大学院出のエリートだということ。
新人の青年が、こっそりギターを練習していること。
青果部の責任者の奥さんが、よく半額のお弁当を買いに来る太ったおばさんであること…。
誰かの何気ない一言が、別の誰かの意外な一面を引き出していく。
……人気を集めている量販店は、毎日とても慌ただしい。
仕事は相変わらず忙しいけれど、ふとした瞬間に「この人にも物語があるんだ」と思えるだけで、店の空気がほんの少しだけ…柔らかくなる。
従業員たちは、互いの横顔をほんの少し意識しながら、今日も働いている。
心がほんのりあたたかく感じられる瞬間を、無意識に…求めながら。




