九話
こんにちは。
レオンの話は毎回長いですね~~
「えっと…君はそれで……セリウスのクラスメイトなのかな?」
「は、はい!今年の[A1]クラスで…」
「そうか。優秀なんだね……」
天井のステンドグラスから漏れ出た光がレオン様の穏やかな笑みを照らす。
あのレオン様と2人きりで腰掛けているなんて、こんな状況でなければ大変喜ばしいことだ。
(そう、こんな状況…)
こんなヘンテコな器具をつけていなければ!!
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*
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時は遡ること数刻前。
私達にヘンテコな器具を取り付けたセリウス様は唐突にこう言った。
「じゃあ、出かけてくる。」
「 「えぇっっ!?!?!!」 」
「これはどうするんだこれは!」
そう言ってレオン様が腕につけたが最後、取り外せなくなった輪のような器具を持ち上げる。
「そのまま実験を続けておいてくれ。僕は次の実験のための材料を買いに行く。」
「何言ってるんだ!君の研究なんだから、君が見ておかなくてどうする!!」
「……数刻で戻る。」
「数刻!?具体的な時間を伝えたまえ!それか外し方を…」
「実験の途中で器具を外すなよ。失敗になる。では」
釘を差すように早口で伝えると、まるで逃げるようにセリウス様が部屋を出て行ってしまった。
…そうして取り残された私たちは今に至る……。
*
*
レオン様は都度会話を絶やさないようにしてくれているが、選ぶ言葉はすべてこちらを気遣ってくれていることが分かる。
気まずくないよう、かといって踏み込まないよう、程よい距離感を常に保つように、控えめに微笑んでくれる。
「セリウスは…うまくやれているだろうか。
先ほど叱ってはみたものの、実際の彼の様子は知らなくてさ」
「え!えぇ~っと……でも皆、一目置いているのは間違いないし、すごく…慕っている人もいると思います。」
実力は認められているし、一部の女子生徒は陶酔しているようにさえ見えたし…
……いつも一人きりだし、一部の男子生徒からは疎まれてるみたいだけど…
(って一人きりなのは私もか~~涙)
私の(一応嘘は言っていない)実際のクラスでの様子を聞いて、レオン様が少し安心したような表情を見せる。
「そうか。セリウスはすごく…不器用に感じるところがあるから。
社交界などの場では特に、勘違いされやすい…」
そうセリウス様を語るレオン様の目は青く透き通っていて、どこまでも優しさが広がっている。
「素直なんだよ。セリウスは。
自分の気持ちにも、相手の気持ちにも。
だから、できる限りの綺麗な言葉を並べようとする社交界では、『そんなことをする価値もない』と思われた、って皆考えるみたいなんだ…」
この人は、どこまでも純粋で、そこまでも優しいのだろう。
セリウス様への思いの中に、妬みや蔑みが一つも含まれていない。
五大貴族の第一席の跡取りという立場にいて、悪意に触れてこなかったわけがない。
彼の生まれながらの性格が、その悪意たちをねじ伏せるかのように、育てたとでもいうのか。
いや、むしろ逆かもしれない。
その高貴な立場と、彼の持ちうる才覚が、彼に劣等感や嫉妬などを覚えさせる隙を与えなかったのか。
そうして過ごしてきて尚、ここまで人を思いやる心があるということに驚きを隠せない。
この人がこの国を司る貴族の第一席として将来を過ごすのだ。
これに安心しない人間はいない。
「彼ほど悪意なんて言葉に遠い人間はいないんじゃないかって、私は思うんだけどね。」
突然こちらに向けられた微笑みに、わずかに鼓動が早くなる。
「あ…た、確かに、セリウス様が素直っていうの、すごく分かります。
いつもご自分に嘘をつかないし、思ったことをそのまま伝えてくださる…
私には、セリウス様はそういう人に見えています。」
「…ふふ。ありがとう」
突然の礼を述べられたことに驚いてしまう。
「へっ!…? お、お礼なんて、私なんかに……」
「いいや。君みたいな人がいないと、セリウスも息苦しいだろう。
私は少なくとも、君がセリウスのクラスメイトにいてよかったと思っているよ。」
なんて温かい言葉なのか、と、思わずにいられない。
私の存在を、そのまま認めてくださる言葉。
どうにかしてほしいとか、どういうことをしてくれそうだとか、そんな勝手な希望や想像じゃない。
今いてくれてよかった、と言ってくれる。その言葉に救われたような気持ちになる。
なんだか顔が熱い。
「…私も、セリウス様と同じクラスでよかった、と思っています。」
気持ちを、言葉を、声を出すのがなんだか難しく感じる。
でも今は、この優しい人を安心させる言葉を伝えたい。
「すごい才能があるのに、きっとそれ以上の努力もある。
実際にセリウス様を前にすると、誰もがそう思う。
そんな人だから、皆表に出る態度は違うけど、思っていることは一つなんです。
誰もセリウス様を馬鹿になんて、しないんです。」
熱がこもりすぎだ。
さっきまでレオン様が何気ない話で良い温度感を守ってくれていたのに、それを崩してしまう。
分かっているのに、止まらない。
「私…!入学して、友達ができなくて、勉強もうまくいかなくて…
全然ダメだって思ってたけど、セリウス様を見ると思うんです。
自分だけで行ける場所はまだまだあるって。
私なんかが一人だからって立ち止まってちゃいけないって…!」
「サンベルジュ嬢……」
私ってこんなに熱く話す人だったのかな。
あまり人と話していなかった反動がでたのかもしれない。
頭がぐるぐるとして、なんだか…
「サンベルジュ嬢、大丈夫か!?」
え?あれ?
「顔が赤い!魔力酔いしているんじゃないか!?」
「えぇ…?」
なんだか視界が回って…
「まだ器具が私のマナを吸っている…サンベルジュ嬢の本来の魔力量を超えているのに、止まらず供給し続けているんじゃないか!?」
「へれぇ…どういう…」
「体内の魔力量が急増して許容量を超えると、熱に浮かされたような状態になる。
ずっと続けば命にもかかわる!早く器具をとらないと!」
焦るように自身の手に付いた器具を机へと打ち付ける。
が、なかなか重厚に作られているようで、びくともしない。
「くっ…それなら!」
そう言って自身の怪我を顧みず、手に付いている器具に魔法をかけて壊そうとする。
しかし…
「な、なに…!」
魔法が発動した、ように見えた瞬間、全て器具に吸われてしまった。
ならばと変換器に魔法をぶつけようとするも、中で魔力を扱う器具のため、外部からの魔力を受け付けない魔力除けが施されている。
「ならば…っすまない。だが信用してくれ。」
レオン様がそう言った。
その瞬間、視界が彼の体で覆われる。
(え………ええぇ!?今、どうなってる!?)
舌の付け根に甘さが溜まるような香りがして、呼吸が自然と深くなる。
「レオン様…!?!?」
「大丈夫。君の器具なら、私の魔法でも壊せるはずだ…!
絶対に怪我はさせない。」
そう言って私を覆うような体制で魔法を込める。
パキン!
頭の近くでそんな音が聞こえた。
そう思うと同時に、バラバラと器具だったものが崩れて床へと落ちて行った。
「痛いところはないか!?気分は!?」
「ない……です」
すごい…あんなに頑丈だったはずの器具を、衝撃もなく壊してみせるなんて…
おそらくレオン様ご自身と私の距離を物理的に近づけることで、魔法を使う時に自分まで被害を受けないよう展開する魔力除けの範囲を広げ、衝撃を殺したのだろう。
だから、先ほどの急接近は意図的なものでなく、身を危険に晒さないための最善の行動だ。
そう頭では分かっていても、鼓動が鳴り止まない。
「まだ顔が赤い…過剰な分の魔力を消費した方がいい。」
「はい…」
そう返事をしたけど、顔が赤い理由はまた別にある。
セリウス様が程なくして帰って来られて、レオン様の本気の説教が始まるまで、顔の火照りは収まらなかった。




