五話
五回目です。なんだか楽しい回です。
「ここなら、誰も来ないと思うよ」
場所を変えよう、と提案して連れ出すも、人目につかない場所を提案できない私をカイル様が見かねて、美しく静かな温室に案内してくれた。
温室内には無数の薔薇が咲き誇り、天井から日光が差していて日当たりが良い。
「ここは…?」
「ここはロザリア家が保有している温室なんだ。だから今は、僕が許可しなければ一般生徒がここに入れないんだ。」
穏やかな笑みを浮かべたカイル様は、学園で聞くお噂からは想像もできない。
先ほど教室に訪ねて来られた時は周りを圧倒する大輪の薔薇のようだと感じたのに、今は薔薇の庭園に住む美しい精霊のような儚さを感じる。
「…一人になりたい時に、いつも使っていたんだよ。」
「え…そんな場所にお通しいただいてしまって……よろしかったのですか?」
「もちろん」
五大貴族第三席であるロザリア家は『薔薇公爵』とも呼ばれる。
その理由は家紋が薔薇であることにも由来するが、一家に生まれるご子息皆々の容姿が美しいことも関係している。それはロザリア家の方々に共通する色濃く艶やかな赤髪。その美しい赤髪が暗い夜会でも目立つことから、社交界に咲く薔薇のようだと例えられるからだ。
他の五大貴族が類まれなる奇才を有しているのに対し、文学に武術、魔法においても特に秀でたところがないロザリア家が第三席におられるのは、古くからの各貴族に渡る人脈にある。
この国に根を張るように広がるロザリア家の人脈は、いつしか国がそれに支えられる側になった。
(この優しさはご本人の性格?それともお家柄…なのかしら……)
温室は学園の正面にある広大な薔薇園とは対照的で、こんなにも美しく咲いている薔薇たちなのに、どこか慎ましい。
我が我がと咲き誇る庭園の薔薇も美しいが、この静かな美しさの正体は何だろう?
この薔薇の温室はカイル様の心の温かいところに触れているような、そんな感じがする。
ふわっ
「…!?か、カイル様!?」
つい考え事をしていた私にいつ近づいたのか、私はカイル様の腕の中に収められてしまっていた。
優しく抱きしめてくる腕は痛みなど感じないのに、振りほどこうとしてもなかなか離れてくれない。
な、なんで私、いきなり抱きしめられてるの!?!?
「お、おやめください!」
「…」
カイル様の表情が見えない。
一体何をお考えになってこんなことに!?
自分の鼓動がうるさくて、周囲の音が何も聞こえなくなる。
あまりに煩くて、時間の感覚さえ遠くなる。
それが例え数秒だったとしても、何分もそうしていたように感じるほどに。
「……フフ、かわいい。」
「へぇぇっ!?」
突然耳元で囁かれたことに驚いて、情けない声をあげてしまう。
振り返ろうとすると私を抱きしめていた腕がパッと離れて、そこにはお噂通りのカイル様がいた。
「驚かせたくって意地悪しちゃった♡」
「~~!、~~っ!」
きっと私の顔は真っ赤になっていて、今は到底見れたものではない。
プレイボーイというお噂は紛れもない真実!
世間知らずの田舎娘だと思って、甘く見られてるんだわ!
本当にそういった経験がない私には、この動揺を収める術もない。
「ははは…本当にかわいいな」
「…も、もう揶揄うのはやめてください!」
抗議しようと思って精一杯の声を張り上げる。
これ以上カイル様の玩具にされては本当に心が持たない。
「誰にも渡したくないよ…」
え…
「どうしてそんな、悲しいお顔をされているのですか…?」
「……君と一緒にいるのに、悲しい訳ないだろう?」
嘘。だって今…
「学園生活はどう?」
「ど、どうって…」
「ちゃんと楽しめてる?」
まだ動揺している私に、ん?と返事をねだるみたいに追い討ちをかけてくる。
「ぜ、全然友達ができなくて、うまくいかないです…」
「ははは、そうなんだ。」
なんだか雰囲気に圧倒されて、うまく話をすり替えられちゃった…
なぜ突然、あんな表情を?
「安心して。すぐ友達ができるよ。ワガママで可愛いヤツと、優し~のがさ。」
「え?」
「……ほら、そろそろ行かないと授業遅れちゃうんじゃない?」
そう言われて時間を確認する…
って、もうあと五分しかない!?
「~~~!!私っ!失礼します!!」
「はーい、気を付けてね。」
急がないと間に合わない…っ!
「…っ!あの!」
「ん?」
「素敵な場所に連れてきてくれて、ありがとうございました。
…なんだか嫌な気持ちが晴れたみたい…。」
「…それはよかった。」
あ。笑った。
カイル様はいつも笑顔だけど、今のは本当に、心の底から笑いかけてくれた気がする。
「"お友達作り"、がんばってね?」
「はい!」
元気よく返事すると、カイル様がひらひらと手を振ってくださった。
……どうしてカイル様が私を元気づけに来てくださったのかも、あの悲しい顔の意味も、何一つ分からなかったけど…
(また前を向けた気がする)
こんな軽やかな気持ちで校内を走ったのは、これが初めてだ。




