十六話
あけましておめでとうございます!
誰が何と言っても、挨拶はあけましておめでとうございますです。
「そう身構えるな。お前の不利になる話ではない。」
「…はい。」
そう言われても、五大貴族の方の執務室で、ましてやこんな形で連れてこられたのに、リラックスなどできる訳もない。
緊張して握りこんだ制服が冷たくて、ここに来た経緯を思い出す。
「緊張する気持ちも分かる。無理に姿勢を崩せとは言わない。
だが一応同郷なんだ。そう警戒する必要もないだろう?」
「…!ご存知だったのですか…?」
「君自体、となると本来は難しいところだが、サンベルジュ家についてなら知らぬわけがない。
大きな穀倉地帯だ。毎年安定した寮の収穫も保っている。
ハウゼン領の中でもサンベルジュ伯爵は優秀な統治者だろう。」
今、ハウゼン卿が言った通り、うちのサンベルジュ家はハウゼン領の管轄だ。
この国は五大貴族それぞれが土地を大きく取りまとめており、その中でまた別の伯爵家が土地を管理するという構造になっている。
うちの領地はハウゼン家の管轄領で、私も何度か父上と共にハウゼン家主催のパーティーに参加したことがある。
もっとも、数年前にハウゼン家の前当主が亡くなられてからそういう機会は減ったままで、目の前のジーク・ハウゼンとはほぼ面識がない。
「お、お褒めにあずかれて光栄です。必ず今のお言葉を父に伝え申し上げます。」
「そうしてくれ。
ところで本題だが…随分注目を集めているようだな。
目的はなんだ?」
「え…?」
目的…って?
「先ほど君自体について知っているか、という話題になった際は濁したが、最近君の名を耳にすることがあってな。
随分カイル・ロザリアに気に入られているようじゃないか。
学園内では君の行動に違和感を持っている者もいるようだ。」
「そんな…!カイル様は私を親しい友人として扱ってくださっているだけです…!
目的とか、理由なんてありません…!!」
まさかハウゼン卿にまで伝わるほどあの悪質なデマが広まっていたとは。
ヘレナが私を追って大衆の目の前ででもいじめてきたのにも納得できる。
「そうか」
それだけ返事をして、ふむ…と考え込む素振りを見せる。
息を吸い込むだけの沈黙。
それなのに、もしや、と悪い想像が止まらない。
湿った制服がまとわりつくようで、なんだか気持ち悪い。
もし、信じてもらえなかったら…
「まぁ、そんなことだろうとは思っていた。
変に気負わせて悪かったな。」
そう言ったハウゼン卿は、緊張の紐をほどくように平然とした態度で椅子に深く腰掛けた。
「え…それ…でよいのですか?」
「あぁ。君は信用に足る。
それよりも聞きたいことがある。この話はこれでいい。
…そういえば濡れたままだったな」
そう言ってハウゼン卿がこちらに手を向けると、ふわっと風が制服をなでる。
「か、乾いた…!」
「濡れたままでは不快だろう。
そのままにしていて悪かったな。」
構内の噂では冷血だとか、非道だとか好き勝手言われていたが、案外いい人なのかも…?
正直高位な令嬢と揉めているところでハウゼン卿に見つかった時は絶体絶命だと思った。
事を荒立てるつもりはないのだと分かっていても、問答無用で私が裁かれるのではないかと…
「ありがとうございますっ…!」
「いい。
…聞きたいことについてなんだが、カイル・ロザリアについてだ。」
「え……私は本当に、なにも…」
何も企んでないです、と言おうとする私に、そうじゃないという意思を表情から汲み取らされる。
「最近、と言ってもここ二年程度か…
ロザリア家が急激にハウゼン領管轄の伯爵家と交流を持ち始めている。
その大半が、嫡男であるカイル・ロザリアが学園内から繋いだ縁だ。
以前から他家の管轄の伯爵家とも交流が多かったロザリア家ではあるが、この二年での増え方には少し違和感を覚えてな。
君もそのうちの一人なんじゃないかと、少し張っていた訳だ。」
「え……」
カイル様が、ハウゼン領に…?
「両親と縁を取り次ぎたいとか、そういった話を聞いたことはないか?」
「いえ、そういった記憶は…」
ない。いろんな話をしたし、実家の領地の話も度々会話に出てきたと思うが、カイル様の方からそういった政略敵な話を聞いたことはなかった。
「そうか。まぁ今から、ということも考えられる。
今後は少し気を配るように。
何を考えての行動かは分からない故、実際には行動の理由などないのかもしれんが…場合によっては考えたくもないことを考えねばならないかもしれん。」
…!
「分かりました…。」
「あぁ、それと…」
立ち去ろうとした私をハウゼン卿が呼び止める。
「あの馬鹿馬鹿しい皆々の態度についてだが…気にする必要はない。」
「え…?」
もしかして…ヘレナや周囲の人々のことを言っているのだろうか?
「みっともない行為だ。相手にするのも憚られるが、ハウゼン家の領地の娘が標的というのは些か見過ごせまい。
何かあったら私を頼れ。」
「あ、ありがとうございます…!」
怖い人だと思っていたが、そういった角度から心配してもらえるのは純粋に嬉しい。
ハウゼン卿が問題と捉えてくれるのなら、もういじめられなくても済むかもしれない。
*
「では、失礼します…」
そう言ってハウゼン卿の執務室を出る。
ここに入ってきた時と比べれば、状況は改善したといえるだろう。
なんせハウゼン卿が他の生徒ににらみを利かせてくれるということだ。
表立ってなにかしてくる、ということが減るだけで、今は十分だ。
…だが、悪いこと…も、起こった、いや、知ってしまったというべきか。
「サンベルジュ嬢…!」
廊下の少し先で待つ、赤い髪の貴公子。
「カイル様…」
ハウゼン卿は、カイル様を敵対視しているのかもしれない。




