十三話
こんにちは。
ビーバーを干ばつから守るのもいいですね
(あれ?なんだか人だかりがある。)
昼下がりの廊下を歩いていると、多数の生徒が一人を取り囲んでいるのを見つけた。
生徒達はよく見ると女性ばかりで、なにやら盛り上がっている様子。
そしてその中心人物に目をやると…
(か、カイル様!)
どうやら彼の人気は留まるところを知らないようで、上級生から同じクラスの女子生徒まで、数々の有名貴族のご息女達の視線を独り占めしているようだ。
あまりの熱気に押されてつい自分もその様子を眺めてしまう。
そうして少しの間眺めてしまったのが良くないのか、その注目の的であるカイル様と目線が合う。
あっと思った時にはもう遅い。
「…!、サンベルジュ嬢!」
カイル様が私に声をかけたことでその集団の全ての視線が私に集まる。
こうなると無視する方が無礼な人間になってしまう。
ただ、大勢の女子生徒の前で親しい素振りを見せるのも印象的に悪いことはよく知っている。
「…、ご、ごきげんよう、カイル様。」
うっ、よく見ると取り巻きにいた同じクラスの女子生徒はかなり攻撃的なタイプの令嬢で、私のことをよく思っていないタイプだ。
早く離れたい気もするが、カイル様に無礼なことはしたくない。
「どうしてここに?」
そう言ってから、カイル様が辺りを見回す。
「いえ、通りかかっただけです…」
カイル様がこちらに寄ってくると、その隙をつくように女子生徒が私を見てコソコソと話し出す。
この視線には中々慣れることはない。
地方出身だからか社交界などに出席することが少なかった私は、この学園ではかなり浮いている方だろう。
どこの誰ともしれない小娘が、社交界一番の人脈と話しているのが気に食わない、という気持ちを理解できない訳ではない。
「そういえば、魔力量が多いって噂になったんだっだね。皆がざわつく訳だ。」
周りの様子を気にしてか、私の素性を明かすようにカイル様が紹介してくれる。
この話題をわざわざ今出すというのは、「好き勝手言われるだけの田舎娘じゃなくて、実力があるから知り合いなんだぞ」と周りを牽制してくれているのだろう。
「いえ、私なんてそんな…」
そう言って謙遜しようとする私をカイル様が遮る。
「何言ってるのさ。今は成績も上がって、セリウスに次ぐ2番目くらいになってるんだろう?
そんな令嬢をダンスに誘えたことが嬉しいよ。」
そう言って、カイル様は流れるように私の手を取り、指先にキスをした。
「〜〜!?!?!」
突然の出来事に周りからはキャアッと黄色い歓声が上がる。
当の本人である私もパニックで、耳まで真っ赤になっていることだろう。
「かか、カイル様!?!?!!!?」
「祝賀会でダンスができるの、楽しみにしてるよ。」
そう言って美しい赤髪を靡かせて、カイルはどこかへと去ってしまわれた。
(な、なな、なんで急に!?)
嫌な訳がない、嫌な訳がないのだが、普段はあんな風に人前で親しいことを明かすようなことはしないのに、突然わざわざアピールするような行動を取ったことに思考が回らない。
ついカイル様に口付けをされた指先を見つめてしまう。
幸い、カイル様が去ったことで大半の生徒もいなくなったようで、この自惚れた行為は見られていないようだ。
はっと廊下を歩いていた目的を思い出し、授業に向かうべく歩き出す。
カイル様はもしかして、私のこと好いてくれているのだろうか?
そうでなければ、こんな風に特別扱いしたり、皆の前で指に口付けたりしないのでは、そう考えてしまう。
元より交流を深めるにあたって、カイル様が社交界一番のプレイボーイということを念頭に、騙されて遊ばれるのではないかと必死に自我を保っているつもりだったが、もう自惚れてもいいんじゃないか。
(いや、ううううううう、自惚れるとは!?!)
もしかして、なんというか、好意を寄せてくれているのだと自惚れるというのは、そ、そういう関係になれるとでも思っているということなのか!?
身分違いも甚だしい、そんな思考があるから悪い注目を浴びるのだ。
でも、そんな悪い注目をあびても、カイル様はなんとかしてくれるのだろうか。
二人きりで会ってくれるのも、よくお話してくれるのも、全部。
特別
その二文字が頭によぎる。
そう妄想にふける私を打ち砕くように、女子生徒達の会話が聞こえてくる。
「カイル様は誰にでもああいう態度よ。
私は二人きりの時、あれ以上に甘い空気を味あわせていただけますわ。」
咄嗟に柱の陰に隠れてしまう。
どうやら先ほど解散していった取り巻きの内の二人のようだ。
「この間だってわざわざ彼の方からお声がけしてくださったもの。」
『カイル様の方から』?
人の話を立ち聞きなんて良くないと分かっているのに、一度隠れてしまったからかその場から動けない。
でも、彼も家の立場がある。
社交界の華とされる彼の家柄なら、有力な貴族のご子息達に関係を求めるのはおかしくない。
「私カイル様と交流を持てたのが嬉しくて、つい先日はお父様達のことも紹介しましてよ。
お二人とも仲を深められたようで、家ぐるみの関係を築いていこうとおっしゃいましたの。」
どうやら二人の内の一人が大層カイル様を慕っているようで、ベラベラと最近の交流を自慢しているようだ。
社交界の繋がりを重視するロザリア家にとって、こんな風に交流を吹聴する人を選ぶようなことをするだろうか?
なんだか焦って隠れてしまったが、別に気にすることでもない。
カイル様に迫られたら、そんな風に勘違いしてしまうのも無理はない。
(私も何度勘違いしそうになったか分からないし)
特別扱いされてる、なんて皆が思うことなのだ。
危ない、騙されるところだった!
と自分を見つめ直す。
それに、私は彼女と違って、お家同士の繋がりを目的に交流を持っている訳ではない。
悪い訳では無いが、私の家の領地は大きな農村で、安定した収入はありつつも、既に多くの領地を取りまとめる五大貴族の方々にとって目ぼしい利益を生み出せるような土地ではない。
私と彼女はライバルでも何でもない。
ただ、お互い大変ですね、なんて心の中で声をかけてその場を去ろうとする。
そんな風に一人で悶々としている私を知らない令嬢達は、自慢話を続ける。
「私地方出身の身ではありますけれど、もう覚悟を決めてもよいのかもと思っていますの。彼の特別なんだって。」
その言葉を聞いて、また足が固まる。
地方出身の、大したことない令嬢が、カイル様に特別扱いされている。
まるでどこかで聞いた状況そのままだ。
「祝賀会でもダンスをしてくださるって…」
そんな風におしゃべりしながら、令嬢達が去って行ってしまう。
祝賀会でダンス
先ほどまで感情を制御できていると思っていた自分が、とんでもない勘違いだったと気付いて、顔が真っ赤になる。
必死に交流を自慢して、自分が特別だと言いふらす彼女を、私はバカにしていたのだ。
お互い大変ですね、私は本気じゃないけど、なんて。
心の表面では否定しているつもりで、心の内では自分だけは自分のことだけを見て、打算的な計画なんかなしに、本当に気に入られているのだと思っていた。
恥ずかしい
選ばれたのだと思って、うまく躱しているつもりになって、でもこの状況に甘んじてもいいかな〜なんて
時折見せる曇った表情も、私だけに弱いところを見せてくれてるのかも、なんて。
そんな弱みを見せてくれるような関係性を、私とカイル様がいつ築いたのか?
一つ不安が生まれると、自分の態度全てが恥ずかしくなってくる。
でも、カイル様が私に近付いたのは、そんな打算的な思考だけじゃないと思っている自分がまだいることが、一番恥ずかしい。
それだけだったら、直接交渉せずに、回りくどく定期的な交流の場を設けるだろうか?
それだけだったら、未来予知ができるなんて言って、私に友人ができることを当てたりするだろうか?
……それだけだったら、
守るなんて言って、真剣に見つめてきたり、するだろうか?
全部カイル様のお芝居だなんて信じられなくて、違和感を訴えてくる自分がいる。
この違和感を訴えてくる自分が、理性なのか、執着なのか、判断できなくて怖くなる。
カイル様が私を好きになる理由がない
会ったその瞬間から好きでいる理由なんてないのに、なんでまだ私は彼に好かれていると思うのだろう?
確かめたい。
でも、こんな自惚れた悩みを本人に聞く勇気は出ない。
モヤモヤとした気持ちと呼応するように、広大な薔薇園を照らす光が、雲へと包まれていった。
前回更新日、なんとランクインしてました!
(物語では不穏な回なのに、めでたい報告とは違和感満載ですね。実際ランクインした前回のお話はキュン♡な回だったからいいか^o^)
いつも見てくださる方々のおかげです、ありがとうございます!
今後もまったり更新していきますので、この物語が終わるまでの間、何卒よろしくお願いいたします。




