十話
こんにちは。
楽しい!
セリウス様の実験中に器具が暴走したあの日から、一か月ほど経った。
何も知らずに帰ってきたセリウス様は最初実験器具が壊れていたことに文句がありそうな顔だったが、レオン様の普段からは考えられないような鬼説教を受けて、今度はしっかりと最後まで聞き届けたようだ。
私は途中で「長くなるから」と言われて寮に帰してもらったので全容は知らないのだが、人を危険に晒したこと、さらにその始末・対処を自分で行えていないことを徹底的に叱られたようで、翌日何特別なことでもないように「悪かった」「すまない」と言われて、逆にそのなんでもない様子に私が驚愕した。
セリウス様にとっては、読み取りと変換を行う器具によってそのような危険があったこと、あまりに早い動作だったことは想定外だったようだが、『何かあってもレオンなら対処できる程度の器具だ』と考えていたらしい。
それをレオン様に言ったのか?と聞くと、「リスクケアについての対策として話したが?」と返ってきたため、私は恐ろしさに次は恐怖さえ覚えた。
とにかく人が万一危険に合うような実験はやめて、早い結果を求めるのではなく、確実な結果を経て行こう…という結論に落ち着いたらしい。
こうして結果や人の意見(説教?)を聞いてすぐに直すところや、びっくりするくらい普通に謝るところを見ると、レオン様の言う通り本当に素直なんだなと思う。
そして、肝心の学園生活はというと…
「サンベルジュ。来たか。」
「失礼します…。」
セリウス様の実験以外で、人に話しかけられることはほぼないままです…っ!
授業で私の魔力量が多いと分かってから、クラスメイトの態度は以下のようになった。
①巨大な魔力量を適切に操れない私を怖がる人
②私の魔力量は認めているが、だからといって私には興味がない人
…正確には①の中には公に嫌がらせしてくる人もいるし、②の中には私の方がセリウス様より本質的には優秀なんて言って、変な持ち上げ方をしてくる人もいる。
相変わらず孤独な学園生活かもしれないが、最近はセリウス様と、たまに顔を出してくれるレオン様とお話しできることで少し前を向けている気がする。
五大貴族の方と話すのなんて最初は恐れ多いとばかり思っていたけれど、こんな浮き方をしている私に何の気なく話しかけてくれるのがもうその方々しかいないのだから仕方ない。
ものすごく自分の中で葛藤があったけど家族を心配させたくなくて、手紙の中では身分をふんわりぼかして友人ということにした。
そんな学園生活だが、あの日までと比べて、今は断然楽しい。
(あれ、郵便が入ってる)
赤いデザインが入った便箋に、薔薇の紋章を象った封蝋。
(カイル様からだ。)
実はあの二人とは別にカイル様からも何度かご連絡をいただいて、お会いするようになった。
最初に教室へ訪ねてこられた時に私が人目を気にしたことを気遣ってか、以降のやり取りは学内郵便にて行ってくださり、会う際も以前に通していただいた温室でお話しする、といった加減だ。
初めに連絡をくださったのは実験の日のすぐ後で、何があるのかと心臓をバクバク言わせながら向かうと、「友達出来たでしょ?」と意地悪そうに微笑むカイル様がいた。
初め、あまりに的確なタイミングに怖くなったが、どうにも悪意を感じられない態度に絆されて、そのままカイル様とも少しだけ距離が縮まった。
他愛もない話やゆったりした時間を過ごせるという意味では、カイル様が一番の友人と言っても良いのかもしれない。
*
*
*
「失礼いたします…」
「サンベルジュ嬢。いらっしゃい。」
呼び出された時間に温室へ向かうと、丁度温室へと差し込んできた夕日の子供のような暖かい光に照らされたカイル様がいた。
「お待たせしてしまいましたか?」
「ううん。丁度だよ。」
いつも綺麗なこの薔薇たちは、カイル様がご自身で手入れをされているらしい。
薔薇は育つと美しいが、土の状態を維持するのは大変だし、手入れの時に棘が刺さるなど面倒も多いので、貴族の方が全ての面倒を見るということは少ない。
この規模の温室を一人で維持されるのはなかなかに忍耐力がなければできることではない。
*
「そうだ。サンベルジュ嬢が好きだと思って、新しい茶菓子を用意したんだ。」
「えっ!」
「この前はクリームののったお菓子が好きだと言っていたけれど、木苺のジャムがさらに挟まっているものがあって…」
「すごい…!本当に私の好みです!家でも両親に頼んで取り寄せてもらうほどだったんです!」
「ふふ、それじゃあ開けちゃおうか。」
「あ!ちょっと待ってください。
今日は…その、また今度にしませんか?」
「?どうして?外したことないと思ったけど…」
「この後すぐ用事があって…もっとゆっくり味わいたいなぁって。」
「用事?」
「はい。セリウス様の実験室に伺わないと…」
ここ最近は毎日顔を出しているから、なにもお伝えしていないのに突然行かないなんて、いらぬ心配をかけてしまうかもしれない。
「……驚いた。そんなにマメに顔を出しているとは」
「一応、毎日通ってるんです。私なんかが実験の役に立てるなら、って思って。」
「毎日…。そんなに時間があるなら、僕に会いに来てくれたらいいのに。セリウスよりは楽しませてあげられるよ?」
ななな、なんて恥ずかしいセリフを、惜しげもなく…!!
うっすらと浮かべるほほえみは、いつもと違って少し意地悪に見える。
こういった瞬間が、カイル様が社交界のプレイボーイだと呼ばれていたことを思い出させる。
(照れちゃダメミレイユ!こういった方はこちらの反応を見て楽しんでいらっしゃるのよ!)
頬が赤くなっているだろうことは分かっているが、めげずに反論する。
「わ、私は誠意をもってセリウス様のお手伝いをしているだけです!」
そう言って顔をプイっと背ける。
そう。別に楽しいとか楽しくないとかは関係がない。
そりゃあこの綺麗な温室でカイル様とおしゃべりしている方が、この学園の普通の女生徒達の過ごし方として適当だろう。
だが、それでもセリウス様の実験室で、慌ただしく研究するのも悪くない。
むしろ、今はそれが楽しいと思っている自分もいる。
(…いつもならすぐお返事が来るのに、どうしたのかな……)
様子を窺うようにチラッとカイル様を盗み見る
そこにはなぜか放心しているような表情のカイル様がいて、何となく声をかける。
「カイル様?」
「ふっ…いや、ごめん。考え事してたんだ。」
(まさか、私がうまく返せたから、驚いたとか?)
そんな口説き文句に一喜一憂するような軽い人間ではありません!
と言いたいところだが、ドキドキしてしまった事実を思い出し黙っておく。
「ねぇ。君に伝えたいことがある。」
「へっ?な、なんですか?」
もったいぶるようにカイル様が唇に指を当てて、こう言った。
「僕、未来が分かるんだ。」




