運命?何ソレ美味しいの?
ご訪問ありがとうございます
本作はオメガバースの設定をお借りしています
※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
「β寄りのΩです、ね」
「何それ、新種ですか?」
第二次性徴期と同時期に義務化された、将来を左右するかもしれない検査。
その結果を告げられた思春期の私は、医者の口から出たその歯切れの悪い謎ワードに、ただただ首を傾げるしかなかった。
この世界には、男女のほかに“バース性”というものがある。
細かい仕組みは複雑だから簡単に言うと、α、β、Ωの三種分類で大半の人間はβ。
私の結果がかなり特殊で、β寄りのΩ、という聞いたこともない摩訶不思議な分類だった。
なんなのその絶妙なライン攻めみたいなヤツ。どっちかはっきりしろや。
ベースはΩだけど、βの素質も持っていて、もしかしたらβの質のほうが強いかもしれない、と受けた説明もふわっふわ。
それもうβじゃん?βじゃダメなの?
超絶レアケースなのであまり詳しい事はわかっていないそうなので、あまり強くも言えない。
Ωには通常、ヒートという発情期があるが、私の場合は一生来ない可能性があるそうで。
もう、ややこしいがすぎる。
一応Ωということで、抑制剤というものを処方されてはいる。
飲むような事態になったことは一度もないのに。
保険が適用されるとはいえ、処方箋への無駄金感が強い。
病院にも定期検査で通っているが、Ωなら思春期後半に出始める事が多い統計のヒートがこなかった。
これは絶対一生ないパターン!──これはもう勝ったも同然!と、胸の奥から湧き上がる歓喜に小躍りした私は人として間違っていないと思う。
なにに対する勝ち負けかは気にしないでほしい。若者のテンションだったのだ。
Ωのヒートに悩まされているドキュメンタリーなどを見ていたからこそ、その喜びはひとしお。
もう来るかも分からないヒートに怯えなくていい。
私には縁のないことなのだ、と心の底からの安堵。
自分のバース性はほぼ"β"という認識で、αとΩ特有の『運命の番』なんてものとは無縁だと思っていた。
「αが運命を間違うはずがない。君はオレの運命だ」
カフェの洒落たBGM。
一枚ガラスの大きな窓から差し込む、午後の柔らかな日差しが、彼の端正な顔立ちを一層際立たせている。
まるで、映画のワンシーンを切り取ったかのような完璧な構図だ。
そこで目の前のイケメンが、真剣な眼差しで口にした、とんでもない言葉。
まるで、ロマンス劇の台詞みたいだな。
それが正直な感想だった。
まさかこんな気障ったらしいセリフを、生で聞く日が来るなんて人生とは分からないものだ。
奇妙なバース性認定を受けてから、人生の予測はますます困難になったと思う。
とにかく、相手は白い肌に金髪碧眼の、日本語がお上手な神絵師が描いたようなイケメン。実際に周りの視線集めちゃうほどの完成度。
深い青色にわずかにグレーが混ざった瞳は、静かに輝きながらも冷静さと威厳を纏っている。
完璧に整った顔立ちに、この瞳の奥の確信が加わることで、圧倒的な存在感を放っていた。
脳内で「あの俳優さんなら似合うな」「あの声優さんのボイスで聞きたい」と考え。
って、違う違う。そうじゃない。私の脳内お花畑を強引に引き戻す。
悟られないように唇の隙間から細く息を吐く。
運命って、あれだよね?生粋のαとΩのラブロマンス。
フェロモンに誘われて、魂が震えるような出会いをして、ってやつ。この間もドラマの題材になってたな。
それを、私みたいなポンコツバース性の人間に1ミリだって関係のない、"運命"などという言葉を。
どうしてこの人は、当たり前のように口にするのだろうか。
私のバース性は、正真正銘のポンコツなのだ。
ラブもロマンスも、欠片もない。
なのに、目の前の眼福さんは、どうにも本気らしい。
そのまっすぐな瞳には。
迷いも、駆け引きも、冗談めいた雰囲気も一切ない。
ただただ純粋な"確信"が、その深い青色な瞳の奥で輝いている。
見る角度や光によって、異なる青が浮かび上がり、揺るぎない自信を放っているようだった。
それが私には理解できない。
なぜ、ここまで確信できるのだろう?
「……あの、イケメンさん」
「オレは、アルファード。君の運命の番、アルファード・グランドゥールだ。イケメンと認識してもらえるのは光栄だが、名前で呼んでほしい」
私の言葉を待っていたかのように、わずかに身を乗り出して堂々たる自己紹介。
いやその名前、もうαって言ってるようなもんじゃないか。
いかにもって感じの苗字までついてきた。
テーブルに置かれた私の手に伸びてきた、すらりと長い指から逃げるように手を膝の上に移動する。
「イケメンさん、正気ですか?冗談ですよね?」
「君のほうこそ。駆け引きとかはどうでもいい。君がオレを感じるかどうかなんだ。オレのフェロモンで番だとわかるだろう?」
は? 駆け引き?それこそなんの冗談?
心の中で盛大にツッコミを入れた。
彼の言葉は、まるで私が高度な心理戦を仕掛けていると思わせるような言い回しだったが、そんな器用な真似がでできようはずがない。
私はラブもポンコツだ。
「駆け引きとかじゃありません。本当に何も感じないんです」
きっぱりと、しかし困惑を隠しきれない声音が出た。
それは嘘偽りない、120%の真実だ。
そもそも彼のいう"フェロモン"がどんなものか。
私には想像すらできないのだから。
香り? 雰囲気? 波長? どの言葉を当てはめてみても、まるでピンと来ない。難問すぎる。
彼はその深い色の瞳で、私をじっと正視した。
ものっすごく、すわりが悪くてムズムズする。
こっちは、こんな眼福に見せられるような顔の造りしてないのに。
どうにかして眼福さんの前から逃げたい。こっちをガン見しないでほしい。穴が開く。
今すぐ立ち上がって、ドアに向かいたい衝動に駆られる挙動不審な私を、じっと見ていた彼はその後すぐに視線を外した。
「……本当に、何も感じないのか……?」
「え?はい、 …ああ、いえ、ええと、いい匂いがしますよね。香ばしくて美味しそうな」
純粋に、素直な感想を口にした。
鼻腔には、パンの香ばしい匂いが充満している。
焼き上がった小麦の甘い香りと芳醇なバターの香りが、妙に落ち着く。
非日常の会話に巻き込まれた私を、少しだけ日常に引き戻してくれる。
そういえば、ここに来てから、ずっと良い匂いだと思っていたんだ。
意識して嗅ぐと、より一層食欲をそそる。
それもそのはず、今話題のパン屋さん併設のカフェなのだから当然だ。
店内を見渡すと窓際の席では楽しそうに話すカップルが、真ん中の大きなテーブルではPCに向かうビジネスマンが。
それぞれ自分の時間を過ごしている。
彼らは皆、当たり前の日常を送っていて。
それに比べ、私は一体何をしているんだろうか。
こんな非日常的な会話に巻き込まれて、ホント帰りたい。日常に。今すぐにでも。
彼の体から一気に力が抜けたかのように肩が、がっくりと落ちるのが見えた。
その落胆ぶりに、少しだけ罪悪感を覚える。
でも、嘘は吐けない。
感じないものは感じないのだから。
そういえば、青いものは食欲を減退させる効果があると聞くけれど、彼の瞳にはどうやら適用されないらしい。
目の保養にはなるが、空腹を忘れさせてはくれない。
「……何か食べましょうか」
「私、食いしん坊ってよく言われるんですけど、」
それよりも帰りたいです、と言い終わる前に、彼はメニュー表を開いた。
自己中がすぎる。意志疎通しましょう。
仕方ない、と大きく息を吐く。
食べて気分を変えよう。
お腹も空いてきたし、この際だから眼福さんは気にせず、さくっと食べて帰ろう。
「オレたちαは、運命のΩを間違えたりしない。だから…君もまだ気づいてないだけで、オレを運命の番だって感じてるに違いないんだ」
その言葉に瞬きを数回。
首を傾げ、彼をじっと見る。
運命を感じてる? どの辺りで??
今度は反対側に首を傾げてみる。
ホントどういう風に??全然分からん。
"運命"という言葉を脳内で何度かリピートしてみても皆目検討もつかない。
彼は私のその仕草を見て、今度は首をがっくりと落として項垂れた。
神以て、皆無と言ってもいい程、運命の『う』の字も感じない。
あれだけ自信満々なのだから、私のポンコツバース性のせいなのかもしれないが、分からないものはどうしようもないのだ。
ついでに言うと、私自身のフェロモンを察知する力もポンコツで、これまで一度だってαのフェロモンを感じたことはない。
そもそも、フェロモンとは何ぞや、という認識レベル。知覚なぞ、夢のまた夢だ。
美味しい物の香りならばっちり分かるが。
だから、彼が『運命の番』とか「フェロモンを感じないのはおかしい」とか言われても、正直ただひたすらに、微塵もピンと来ない。
むしろ、困惑しかない。
「……あの、もし私が本っ当にイケメンさんの運命の番なら、雷に打たれるみたいな?ズビビビッてくるものがあるはずじゃないですか。全然ないけど。お腹がズビビビッですよ。ぐーぐーです」
「……それは、気のせいじゃないのかい?」
「気のせいじゃないです! お腹の虫がガンディーもムンクもビックリなレベルで絶叫してます!!焼きたてクロワッサンのいい香りのせいでフルスロットルなんです!」
お腹をさすりながら力説した。死活問題だ。
それなのに彼は、そんな私を見て深く、深ーく、溜め息を吐いた。失礼な。
「それでもオレの運命は君だと思う」
まだ注文もしてないし、もう帰っていいかな?
家でカレーが食べたい。
ご一読いただき、感謝いたします




